【座談会・前編】AI活用やマッチング形態の多様化 時代に合わせて法制度やビジネスも変化を

2026年03月16日

リクルートワークス研究所は、AIの普及やマッチング形態の多様化に対応するための、新たなルールのあり方を考える「『デジタル時・世代のマッチング』に係る研究会」を7回にわたり開催し、報告書を取りまとめた。報告書の公開に当たり、研究会の委員である3人の有識者に報告書の内容を振り返りつつ、現行制度の課題やAIの活用に伴い生じるリスクへの対応策などを話し合ってもらった。

【出席者】
学習院大学名誉教授 今野浩一郎氏(写真左から2人目)
東洋大学名誉教授 鎌田耕一氏(写真右から2人目)
全国社会保険労務士会連合会専務理事 鈴木英二郎氏(写真左)
聞き手・リクルートワークス研究所客員研究員 松原哲也(写真右)
(以下、敬称略)

デジタル化で地殻変動する人材ビジネス

松原:皆さんには研究会を通じて、HRビジネスそのものがデジタル化するという大きな変化の中で、これからのマッチングシステムについて、つまり求職者が適職を得て、企業も最適な配置を実現するためにはどのような仕組みが求められるかを議論していただきました。議論を通じての気づきや、認識の変化などについてまずお聞きしたいと思います。

鈴木英二郎氏の写真

鈴木:これまで人材業界では、求人・求職に関する情報や、誰をどの職場にマッチングするかの決定権が職業紹介事業者に集中していたため、法律も事業者を規制することに軸足が置かれていました。しかし今や求人企業が自力で情報を集め、採用に乗り出すことも珍しくありません。研究会でヒアリングした箱根の旅館を営む会社も、かつては外国人材の受け入れ支援を登録支援機関に委託していたが、コストと時間を抑えるため自社で行うようになったと話していました。外国人材の分野については、業界団体と連携してパイプをつくるという手段が当然と考えていましたが、自社で手掛ける方が合理的という判断になっていたのはインパクトがありました。

このように、かつての中小企業なら外部に頼るしかなかった人材獲得業務は、DXや情報のアクセス向上によって自前化が進みつつあります。さらにAI技術が進展すれば、マッチングの決定権がAIにシフトする可能性すらあります。研究会を通じて、人材ビジネスは我々が考える以上に変化しており、人材サービスの介在そのものが情報技術によって根本から変わりつつある。それに合わせて法制度やビジネスの姿も変えていかなければいけない、と実感しました。

鎌田:私が認識を改めたのはAIの影響の大きさです。研究会の前は、AIは求人票や履歴書の整理、スクリーニングなどを手伝う程度と考えていましたが、実際にはその技術は思っている以上に進んでいる。ただ、現状では求人・求職者の最終的な相性や、個人のキャリア希望の微妙なニュアンスなどを判断する領域には対応できていません。AIが個別最適化を加速させるのは間違いなく、スキル・職種データの高度化、求人・求職の行動履歴の解析などによって、数年前には不可能だったレベルでのマッチングが可能になると思っています。

職業安定法などマッチングに絡む法律は、仲介事業者に対して不適切な求人情報の提供を禁じるなどの義務を課しており、これまでも一定の役割を果たしてきました。しかし近年、求人企業がSNSなどを通じて求職者に直接アプローチする「ダイレクトリクルーティング」や知人の紹介・推薦による「リファラル採用」など、仲介事業者を介さないマッチングが普及するようになりました。こうした動きに伴い職業安定法だけでなく、男女雇用機会均等法、障害者雇用促進法などの法的な枠組みも考慮することが必要となっています。また研究会の議論を通じて、規制だけでなく効率的なマッチングを促すインセンティブの付与など、雇用対策的な観点からの対応も大切と考えるようになりました。

今野:AIマッチングは現時点ではまだ発展途上ですが、研究会のヒアリングでAIの専門家に話を聞き、開発中の技術が急速に進化していることに驚かされました。

近年はスポットワークのプラットフォームが整備されて「その日数時間だけ働きたい」というニーズが可視化されるようになったり、専門職の求人・求職情報がデータベース化され、個別化したマッチングが可能になったりと、テクノロジーの進化が人材ビジネスに大きな変化をもたらしています。人事部門でもDXが進み、採用後の人材が適正に配置されたかなど、従来はデータ化することが難しかった情報、入社後の定着率、初期パフォーマンス、配置転換の効果などが可視化され、仮説検証を行うようになっています。これによって人事管理のPDCAが回るようになり、データと検証により改善もしやすくなりました。人事がどこまでAIやデータに依存するのか懐疑的だったのですが、研究会のヒアリングを通じて「かなり遠くまでいける可能性がある」と感じています。テクノロジーが今後、人材の需給調整機能の高度化にどれだけ貢献できるのかが、非常に楽しみになりました。

多様化する課題とニーズ マッチングの高度化も

松原:研究会では、AI活用などのデジタル化がさまざまなマッチングの形を生んでいる中で、仲介事業者を中心とした制度設計のあり方、労働市場におけるベストマッチとは何か、AIの導入に伴い個人情報などのデータをどのように取り扱うか、などといった幅広いテーマを取り上げて議論いただきました。特に関心が高かったテーマや、議論に補足すべき点などはありますか。

鎌田:研究会で議論されたように、求められる「ベストマッチ」の姿は多様化しています。労働市場を外部・内部・テンポラリーの3つのセグメントに分けた上で、それぞれの課題やニーズを整理して議論できたことは、研究会の成果の一つだと考えています。また例えば外部労働市場の中でも、求人企業のニーズは細分化され、正社員には一定の質と定着・長期雇用を求めるでしょうし、専門職ではスキルの質を重視し、パート・アルバイトなどについては量的な確保が優先されます。同じテンポラリーでもパート・アルバイトと単発のスポットワークではニーズがやや異なります。さらに求職者、求人者という主体によっても違いますし、求人者について言えば、大手と中小という企業規模に応じてニーズや課題は異なります。求める要件や対応に求められる緊急性の度合いも異なることを整理できたのは有効だったと思います。一方で、デジタル化が進む中で、求職者データが横断的に流通しマッチングの精度が上がると、“市場ごとの差”が薄れる可能性があり、これはHRビジネスにとっては、非常に大きな変化だと思います。

今野浩一郎氏の写真

今野:人材と企業、双方のマッチングのニーズが高度化していることも、大きな変化の一つです。外部労働市場では「優秀な人材」といったあいまいな要望しか出せなかった企業側が、経営戦略に合わせて求める人材像を明確化し、求職者側も希望職種にとどまらず、自らが望む働き方などのニーズを言語化するようになりました。内部労働市場でも、ジョブ型的な人事管理の仕組みを導入して仕事に合う人材を当てはめる「適所適材」が進み、個人も公募などを通じて自らキャリアをつくる動きが広がっています。さらに、AIをはじめとしたデジタル化が強く作用したことで求める情報の粒度が上がり、マッチングで活用されるデータの精度も高まっています。これからのマッチングは、高度化したニーズに応えて最適な人材配置を行い、生産性を高め経済成長に結び付けるという役割が求められていることも見逃せません。

鈴木:大企業と中小企業の「情報格差」は依然として大きいと感じています。中小企業の多くは「とにかく応募してくれる人がほしい」という状態で、だからこそ紹介事業者や公的機関の支援など、地域労働市場を整備していく役割は今後ますます重要になるでしょう。特に、外国人材の採用や超短期労働は、中小企業にとって今や生命線となりつつあります。AIやプラットフォームなどによるマッチングがベースになると、中小企業が置いていかれるリスクもあります。

採用後の情報利用 保護と活用のバランスが課題

松原:近年はマッチングに当たって、求人・求職情報にとどまらず定着率や初期評価の情報といった採用後の情報まで使われるようになり、仲介事業者によるマッチングで活用できるデータの範囲をどのように考えるのかも、研究会の大きなテーマとなりました。選考段階を超えた情報がマッチングの改善に活用される状況の中で、情報の濫用を防ぎつつ最適なマッチングを実現するための線引きについて、どのように考えますか。

鎌田耕一氏の写真

鎌田:実務ではスポットワーカーの勤務評価が、他社とのマッチングに利用されています。これに限らず、採用後の情報はすでに一定程度、マッチングに活用されているのが現状で、全否定するのは現実的ではありません。

最も大きな問題は、ネガティブ情報の取り扱いです。例えば雇用主による勤務評価には、差別につながるような情報や一方的な評価があります。こうした評価がそのまま次の選考に影響を与えてしまうような事態は防がなくてはなりません。また、実際にスポットワークでは、不当な評価を付けられた労働者が就労開始前に解約されたというトラブルも起きています。プラットフォームの運営事業者が、苦情を受け付けて削除・訂正する仕組みも十分に整備されているとは言えません。さらに求人企業も、匿名の誹謗中傷をウェブに書き込まれるといったことが起きています。だからこそ、プラットフォーム事業者が苦情受付・訂正の仕組みを実装するなど、最低限の手当てを早期に整える必要があると考えています。また最終的には、ネガティブな情報、特に虚偽や差別につながる情報などについては、本人の同意にかかわらず労働市場に流通させない仕組みを用意すべきです。

今野:個人情報については、用途の線引きがカギだと考えています。AIモデルの改善に使うケースと、個別のマッチングに使うケースが想定されますが、AIモデルの更新には、すでに定着率のデータが取り入れられています。また実際に、離職率などの集計値をAIモデルの精度向上に用いるのは有効であり、この領域で匿名化された集計統計を活用することは、許容されるべきだと思います。

一方で、個々のマッチングについては、個人の勤務態度などの生データを本人の同意なく使うべきではなく、ルールを設ける必要があります。特に差別につながる可能性の高い情報は、本人同意の有無にかかわらず、事業者側で遮断する発想が必要でしょう。

ただ求職者の中には、人材ビジネス側が個人情報を積極的に活用することで、より精度の高いマッチングを実現してほしいというニーズも存在するので、データを守るだけでなく活用する視点が求められます。

鈴木:両委員のご指摘の通り、例えば人材ビジネスと二人三脚でキャリアビルドする高度人材の中には、職業紹介事業者に全ての情報を伝え、適した仕事を紹介してほしいという人もいるでしょう。ただ単発の転職の場合、採用後は情報を外に出さないでほしい、と考えるのが一般的です。求職者側の方が求人者である雇用主よりも立場が弱いので、自分から「情報を使わないで」とは言い出しづらい人も多い。このため個人情報を利用する場合は、求職者側の同意を取るというルールが適切でしょう。

また最近、ある企業が新卒採用の選考に使った履歴書を数年後に再利用して、別の会社に就職した人をヘッドハントした、というニュースを見ました。企業が中途採用に当たって、前職で退職代行業者を使った履歴があるかどうかを人材サービス会社に調べてもらうという話も聞かれます。マッチングの時に限らず、職業紹介全体を通じた情報管理の規範についても考える必要があります。

座談会後半では、AI導入に伴うデータガバナンスのあり方、民間と行政の役割分担などについてさらに議論を重ねる。

執筆:有馬知子
撮影:刑部友康

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