フランス・トラヴァイユに学ぶAI時代の人事戦略

オーレリアン・フナール(Aurélien FENARD)氏

2026年09月15日

プロフィール

フランス・トラヴァイユ(France-Travail:仏公共職業安定機関)のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)・人事データ担当ディレクター。アクセンチュア、ペルノ・リカール、LVMHで企業人事のDXなどに携わった後、2016年から現職。「人間中心」を原則として組織人事・業務でのAI活用を積極的に主導する。ソルボンヌ大学などで教鞭を執る。
生成AIの普及によりフランスの人事や組織はどう変わるのか。公共職安でデジタル変革を推進するキーパーソンに、AIと共生する人と組織の未来像を聞く。

オーレリアン・フナール氏が描くFuture of Work

  • AIハイブリッド組織の中心は人間
    AIによるタスク代替の第一原則は人間主導であり、人の利益になる変革であること。AIへの不安解消には人間的信頼感の基盤が不可欠である。

  • 重要性を増す人事機能とデータ管理
    AI導入に伴う絶え間ない変化へ対応するうえで、第一線に立つ人事機能は重要性を増す。現代の経営戦略には鮮度の高いデータ伝達が必須であり、バリューチェーン構築に拙速は禁物である。
  • 生産性向上分は人的サポートへ還元
    AIによる事務作業軽減で生まれた時間は、人から人へのサポート強化に再投資する。包摂的な公共サービスの発展が公共職安としての究極目的である。
  • 幅広いソフトスキルとセルフケア
    基本スキルに加え幅広いソフトスキルを身に付けるとともに、メンタルヘルスにも留意するバランスと適応努力が必須である。
  • 人間中心の規制・倫理は不可欠、国際競争を乗り切る舵取りは至難
    EU型規制や人間中心の倫理は不可欠だが、国際競争での軋轢は免れない。適切な落とし所を見出す難度の高い舵取りが求められる。

AIとのハイブリッドワーク、中心はあくまで「人間」

オーレリアン・フナール氏は、フランスの国家機関フランス・トラヴァイユにDX・人事データ担当ディレクターとして2016年に入庁した。フランス・トラヴァイユは求職者への公的支援と失業保険給付を引き受ける公共職業安定機関であり、同氏は職員6万人の大組織で10年来、組織内人事と求職者支援業務の両面からAI導入に注力してきた。

自他ともに認めるギークの同氏がAI活用の基本に据えるのは「人間中心」の原則である。フランス・トラヴァイユでは、AIとのハイブリッド化を職員と利用者が「信頼感を持って」受け入れるための基盤として「AI利用のための倫理憲章」(※1)を定め、AI活用は「人に有益でなければならない」「職員および利用者が主導権を維持する」と明記している。憲章を支持し、その推進に邁進してきたフナール氏は、憲章が、人間はAIに従属しないという「人間中心」の理念をいわば「憲法」として掲げたものであることを強調する。

一方、労働市場では求職者がAIを求職活動に取り入れ始めている。求職者を対象としたフランス・トラヴァイユの2024年の調査(※2)によると、77%が求職活動でAIを活用し、62%がポジティブに評価している。50歳以上でも69%がAI活用に積極的で、年齢、学歴、性別による壁は見られない。他方、AI活用に不安や留保を示す回答も40%に上り(理由は「人間的交流の不足」「データの秘匿性と安全」)、AIによる効率化と人間的交流や倫理上の不安という両面が浮かび上がった。

ハイブリッド化で重要性を増す人事機能。データガバナンスの鍵は「鮮度」

多くのデータを扱う人事機能は、データに一層密着し、データドリブン、スキルベースの組織へ進化する必要がある。年間6万件の職員面談を行うフランス・トラヴァイユでは、匿名化したコメントの機械学習を進めることで非常に有益な傾向分析ができるようになった。
しかし、データさえあれば人事責任者が不要になるわけではない。AIとのハイブリッド化がもたらす恒常的変化に枠組みを与え、人間的共感と判断力を持って伴走するのは人事であり、神経科学やバイアス管理の観点からもその重要性はますます高まる。

データガバナンスにおいてはデータの「鮮度」が鍵となる。組織が迅速な意思決定を迫られる現在、時間を経たデータは劣化したデータとなり、意思決定に必要なリアルタイムの的確さを失う。適切に入力したデータを厳密なルールに則って管理し最速で意思決定者へ届けるには、食品の「低温物流(コールドチェーン)」のようなバリューチェーンが必要だが、それを機能させるのは関係者のマネジャー的意識とスキル、信頼感である。そのためにもバリューチェーン構築は拙速を戒め、透明性に留意して進めなければならない(※3)。

AIによる生産性向上、浮いた時間は人から人へのサポート拡充に再投資

フランス・トラヴァイユは職員と利用者向けに、ChatFT、MatchFT、CoachFTといった、さまざまな内製AIツールの試験導入と本格展開を進めてきた。

ChatFTは相談員による文書の作成・要約を支援する安全な対話型アシスタントで、その派生機能であるChatFTEcouteは求職者や求人者との面談時の対話を記録して要約を作成し、システムへの入力を自動化する。熟練職員がChatFTを利用すれば、週3時間以上の業務効率化が実現することも確認された。MatchFTは生成AIによるセマンティック検索と会話を組み合わせることで、求職者に適した求人やトレーニングの機会を特定し、求職者側の関心や日程、応募条件を確認するツールである。MatchFTを利用することで求職者からの回答のほとんどが1時間半以内に寄せられるようになり、トレーニングの応募数が17%上昇、利用者評価も5点満点中4.75という高い満足度を記録した。CoachFTは求職者がウェブサイトの自分のマイページやスマホのアプリから利用できるサービスであり、求人検索、履歴書作成支援、模擬面接、各種制度の案内などさまざまな個別サポートにアクセスできる。

ChatFTに加えて、Néo(登録求職者情報の検索エンジン)、Panoptes(画像資料の自動分類ツール)といった事務作業軽減ツールの展開により、2026年には約800人分の生産性向上効果が見込まれている。ただし、フランス・トラヴァイユは職員の配置転換を計画しているわけではなく、AI利用により創出される時間をあくまで「人間的価値の高い業務の拡充」に活用する立場である(※4)。

多角的なソフトスキルと持続的ラーナビリティ(Learnability)

オーレリアン・フナール氏オーレリアン・フナール氏

AIとの共生時代には、ハイブリッド態勢を支える多角的な「ソフトスキル」が戦略性を増す。
まず、AIに適切な指示を出すための「質問設計力」、AIの出力を検証して真偽やバイアスを特定する「批判的判断力」があらゆる職種で基本スキルとなる。ほかにも、AIが関与できない人間固有の領域に関わるソフトスキルの価値も高まる。目に見えにくい人々の状況や関係、チーム内のバランスを考慮し、組織内をまとめる対人スキルである。職場での何気ない交流に組織のチームワークと信頼関係は支えられ、各人が人間的・知的孤立から守られてきたが、在宅勤務やAIの介在で希薄化するこうした絆を、対人スキルを通じて補強していく必要がある。

もう一つの不可欠なスキルとして、持続的な学習能力「ラーナビリティ」がある。求められるスキルは刻一刻と変化し、蓄積したギャップは一朝一夕に埋められない。絶えざる変化を見越して適応していくメタ能力が必須になる。
フナール氏は、専門知識や技術、経験といった「ハードスキル」がAI時代に不要になるとの見方には懐疑的である。適切なAIガバナンスに必要なハードスキルの水準はむしろ上昇し、その基盤なしにはソフトスキルの発揮もままならない(※5)。

認知機能の低下 vs ヒッティングパートナー

AIの多用に伴う人間の認知機能や集中力の低下、AI依存、スキル喪失といった懸念についてフナール氏は、決定的な回答は持ち合わせないとしながらも、従来どおり基本能力を習得して磨き続け、そのうえで、AIとのハイブリッドワークに必要なバランス感覚を身に付けるよう説く。自身のメンタルヘルスをセルフケアする視点を失わずにAIを活用するバランス感覚こそがAI時代の必須リテラシーであり、それを子どもの頃から習得させるべきだという(※6)。

AIには人間の認知能力のコーチとしての活用法もある。テニスの壁打ちのように「ヒッティングパートナー」のような存在としてAIに特定の役割を担わせることで、自分の知識や判断に揺さぶりをかけ、定着・進化させることができる。クエスト(冒険)や報酬獲得を設定した「ゲーミフィケーション」もトレーニング方法として有効である。同氏が制作したトレーニング用のAI生成ビデオは、トレーニングのモジュールをゲーム体験に変えることで受講者の意欲が向上し、楽しみながら目標を上回る成果を上げることができた。

規制・倫理が市場・地政学的覇権競争とせめぎ合う世界での立ち位置とは?

AIによる雇用への影響は各職種のAI影響度により大きく異なり、複合的であるため、本格的な伴走支援が必要となるだろう。雇用削減の主因がほかにある場合でも、AI活用が削減に拍車をかけることは間違いない。ただし労働者保護の規制が強いフランスや欧州諸国では、米国や英国のような急激な雇用削減はないと思われる。

EUでは個人情報保護の強力な枠組みであるGDPR(一般データ保護規則)が2018年に施行、2024年にはAI法が施行され、「人事でのAI活用はハイリスクなデータ処理」と規定された。フナール氏によれば、EUによる規制は正しく、AI導入は労使対話や規制遵守を適切に行いつつ進め、AIへの信頼を担保すべきである。過度なプロファイリング、ディープフェイクの作成、大量監視といった望ましくない利用の防止にもつながる。個人データのEU域外への流出は特に警戒すべき課題である。

問題は、一部の国が必ずしもEUと同じルールに則って市場でプレーしないという現実である。結果、AIツールの一部がEUで利用できず、欧州企業が世界市場でハンディを負う。AIの軍事利用に伴う地政学的覇権の問題もある。残念ながら、人間の一般的利益よりも地政学・財政面での野心がAI開発を突き動かしているのが現状であり、これをより人間中心的なものに軌道修正する必要がある。組織の倫理憲章にはウェルビーイング、健康、社会・環境責任などCSRのすべての課題が含まれ、そのバランスが重要である。しかし、規制が厳しすぎればユーザーは規制のかからないツールへ流れるのも現実であり、適切な落とし所を見出すための舵取りは容易ではない。

(※1)「Charte de France Travail pour une éthique de ses usages de l’intelligence artificielle(フランス・トラヴァイユにおけるAI利用のための倫理憲章)2025年1月版 https://www.francetravail.org/files/live/sites/peorg/files/documents/Publications/Charte%20france%20travail%20IA%202025_DCE-jan25.pdf
(※2)「Intelligence artificielle et recherche d’emploi(AIと求職活動)」フランス・トラヴァイユ登録求職者調査(2024年10月実施)対象者5万人。回答者数7700人。https://www.francetravail.org/accueil/actualites/infographies/2025/intelligence-artificielle-et-recherche-d'emploi.html?type=article
(※3)IDC AI & Data Summit 2026インタビュー「IA au service des RH chez France Travail(フランス・トラヴァイユでの人事活用AI)―Aurélien Fenard」https://www.youtube.com/watch?v=glJPN2ygbrw
(※4)広報資料「VivaTech 2025」(France Travail公式発表) / ギリュイ(Thibaut Guilluy)総裁インタビュー / 会計検査院報告書回答PDF
https://rh.newstank.fr/article/view/402362/vivatech-2025-ia-peut-liberer-temps-ecoute-thibaut-guilluy-france-travail.html
https://drh.ma/france-travail-deploie-coachft-une-ia-accessible-a-75-millions-de-demandeurs-demploi-pour-accelerer-le-retour-a-lemploi/
https://www.ccomptes.fr/sites/default/files/2026-01/20260108-S2025-1558-France-Travail-et-intelligence-artificielle-rep-DG-France-Travail.pdf
(※5)インタビュー「À l’ère de l’IA, quelles soft skills pour faire tenir le travail hybride?(AI時代のハイブリッド就労を支えるソフトスキルとは?)」https://formation.lefebvre-dalloz.fr/actualite/lere-de-lia-quelles-soft-skills-pour-faire-tenir-le-travail-hybride-linterview-daurelien-fenard-france-travail
(※6)インタビュー「FOMO, perte cognitive : ce que l’IA nous fait vraiment perdre / Prompt Fiction #6(FOMO、認知能力の低下 : AIによって私たちが失うもの)」https://www.youtube.com/watch?v=bE-O8nk1SJE

TEXT=義江真木子

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