なぜ「学びたい」は「学ぶ」につながらないのか
内閣府調査から考える「小さな学び」の可能性

大嶋寧子

2026年08月05日

夕食のあと、ふと気になったことをスマートフォンで調べる。
通勤中に、動画で専門家の解説を聞く。
家族のこと、健康のこと、地域のこと、趣味のこと。少し詳しい人に「それ、どうやっているんですか」と聞いてみる。

本人はそれを、わざわざ「学び」と呼ばないかもしれない。
けれど、こうした小さな行動も、たしかに学びの一部である。

学びというと、資格を取る、講座に通う、学校に入り直す、といった大きな決意を思い浮かべがちだ。もちろん、それらは大切な学びである。けれど、大人の学びは、もっと手前の、もっと身近なところから始まってもいいのではないか。

2026年7月10日に、内閣府「令和7年度 人生を豊かにするための学びに関する調査報告書」が公表された。この調査は、国勢調査の性×年代×就業状態・雇用形態別人口の分布に基づいて、全国の約2万人から学びに関する状況を広く聴取したものである。

職業人生が長期化し、仕事を巡る大きな変化が到来しつつある日本社会において、人々は学びにどのような関心を持ち、実際にどのように学び、どこに課題を感じているのか。そして、どのような支援が求められているのか。そうした点を明らかにし、生涯学習の推進に活かすことを目的として行われた調査である。

筆者は、この調査の検討委員会に委員として参加する機会をいただいた。その経緯から、報告書に調査データをもとにした寄稿も行った。テーマは、「小さな学び」の可能性である。詳細は報告書を参照いただきたいが、ここでは寄稿内容に基づきながら、今なぜ小さな学びを考える必要があるのか、そしてデータからどのようなヒントが見えてきたのかを紹介したい。

学びたい。でも、踏み出せないのはなぜか

人生100年時代といわれるなかで、成人期における学びの重要性は、これまで以上に高まっている。学びは、職業能力の向上やキャリア形成に役立つだけではない。新しい視点を得ること、人との関係が広がること、自分の暮らしをよりよくする手がかりを見つけることにもつながりうる。

一方で、今回の調査からは、学びの意義を感じていても、実際には学びに踏み出せていない人が多いことが改めて確認された。報告書によれば、「仕事や職業キャリアに関すること」「家庭や日常生活に関すること」「文化・教養に関すること」「地域活動や社会貢献活動に関すること」「健康に関すること」「その他」の1つ以上で学びたいと考える人(※1)は、女性で69.1%、男性で65.2%に上った(※2)。

一方、上記のいずれかについて過去1年に何らかの形で学んだ人は、女性で31.5%、男性で33.6%であった(※3)。学びへの意欲と実際の行動との間には、大きな隔たりがあることが分かる。

仕事や職業キャリアに関すること以外の内容で学ぶ意欲があるのに、過去1年に学んでいない人にその理由を尋ねた結果、目立ったのは「仕事が忙しくて時間がないから」「学ぶための費用がかかるから」「何を学んでいいか分からないから」「身近なところに学ぶ機会・場がないから」といった理由である。
男女で比較すると、男性では「仕事が忙しくて時間がないから」が、女性では「学ぶための費用がかかるから」「身近なところに学ぶ機会・場がないから」が相対的に高かった。また、男女ともに「何を学んでいいか分からないから」も大きな理由として挙がっている。

ここからは「学びとは、ある程度まとまった時間やお金をかけて、きちんと取り組むものだ」「学びは目的を持って行うものだ」というイメージが、学びたいという気持ちにブレーキをかけ、最初の一歩を重くしているように見える。

筆者が「小さな学び」を取り上げたいと思った背景には、まさにこの点がある。学びの入口としての小さな行動には、どのような価値があるのか。それを、調査データから考えてみたいと思ったのである。

仕事や生活の中で自然に得られる気づきや知識も学びである

Lifelong Learning

大人の学びというと、資格取得、大学・大学院での学修、専門的な講座、職業訓練などを思い浮かべる人は多いだろう。もちろん、そうした制度的・体系的な学びには大きな価値がある。

しかし、学びは本来、それだけに限られるものではない。例えば、気になったことをインターネットで検索する。動画で専門家の解説を見る。本を読む。詳しい人に話を聞く。家事や育児、介護、健康、地域活動、文化・教養について、日々の暮らしの中で少しずつ知識を得る。

こうした行為もまた、学びである。
「勉強しています」と胸を張って言うほどではないかもしれない。けれど、昨日まで知らなかったことを知る。少し見方が変わる。次に誰かと話すときの言葉が増える。そうした変化は、決して小さくない。

これはUNESCOの定義とも一致する。UNESCOは生涯学習について、あらゆる年齢の人に開かれていること、家庭・学校・地域・職場といったあらゆる生活の場面で生じうること、フォーマルなもの、ノンフォーマルなもの、インフォーマルなものなど多様な形式が含まれることを指摘している。
この説明が示すように、学びは制度化された公式の場だけにあるものではない。日々の経験や他者との関わり、仕事や生活の中で自然に得られる気づきや知識も、広い意味での学びに含まれる。学びは、日常生活の中に広く埋め込まれているのである。

「小さな学び」から始める人の多さ

そこで注目したのが、仕事や職業キャリアに関すること以外の幅広い学びのうち、比較的低コストで、日常生活の中で始めやすい学び方である。
今回の調査では、広義の学びを過去5年以内に行った人に対し、学び方を11項目で把握している。その中から本稿では、次のような学び方を、便宜的に「小さな学び」と呼ぶことにした。

「独学(書籍、テレビ、ラジオ、インターネット検索など)」
「独学(動画配信サイトなど)」
「詳しい人に話を聞く」

これらは、比較的低コストで、日常生活の中でも始めやすい学びと言える。つまりここでいう「小さな」とは、最初の一歩に必要な時間や費用、心理的な負担が比較的小さいことを指している。

一方で、それ以外の学び、例えば、「通信教育、オンライン学習ツール」「同好者が自主的に行っている集まり、サークル活動」「カルチャーセンターやスポーツクラブなど民間の講座や教室」「自治体や公民館など公的な機関における講座や教室」「学校(高等学校、大学、大学院、専門学校、オンラインスクールなど)の講座や教室」「大学・大学院等の教育課程」「職場での教育、研修」「その他」を、「その他の学び」とした。これらは、時間や行動、場合によっては費用面で、より負荷の高い学びと捉えることができる。

その上で、過去5年以内に広義の学びを行った人を、次の3つの群に分けた。

  1. 「小さな学び」のみを行っている人
  2. その他の学びのみを行っている人
  3. 「小さな学び」とその他の学びの両方を行っている人

3群の構成比を見ると、①「小さな学び」のみが56.4%、②その他の学びのみが21.7%、③両方を実施している人が21.9%であった。

図表1 広義の学びをする人の学び方(グループ別の構成比、%)

図表1 広義の学びをする人の学び方(グループ別の構成比、%)
(注)広義の学びを過去5年以内に行った人の内訳。①「小さな学び」のみを行っている人、② その他の学びのみを行っている人、③「小さな学び」とその他の学びの両方を行っている人。①~③の定義は本文参照。
(出所)大嶋寧子(2026)「学びにどうやって踏み出すか -「小さな学び」の役割の検討-」(内閣府『令和7年度 人生を豊かにするための学びに関する調査報告書』)

これは重要な結果だと思う。多くの人にとって、学びは講座に申し込むことや、学校に通うことから始まっているわけではない。むしろ、日常の中で、自分の関心に沿って、小さく始められる形の学びが、大人の学びの重要な入口になっているのである。

小さな学びは、暮らしの充実や役割・居場所感と関係している

では、「小さな学び」は、どのようなことと関係しているのだろうか。

今回確認したのは、学び方と、現在の暮らしの中で自分の役割や居場所があると感じているか、また5年後にもそのような役割や居場所を持っていると思うかとの関係である(図表2)。

その結果、①「小さな学び」のみを行っている人、そして③「小さな学び」とその他の学びの両方を行っている人では、役割・居場所感を持つ人の割合が相対的に高い傾向が見られた。特に、両方の学びを行っている人では、その傾向がより強かった。

図表2 3つの学び方と自分の役割・居場所がある感覚の保有率

図表2 3つの学び方と自分の役割・居場所がある感覚の保有率
(注)「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の合計割合(%)。
(出所)大嶋寧子(2026)「学びにどうやって踏み出すか -「小さな学び」の役割の検討-」(内閣府『令和7年度 人生を豊かにするための学びに関する調査報告書』)

もちろん、この結果は慎重に読む必要がある。今回の分析は、一時点の調査データに基づくものであり、学びが役割・居場所感を高めたと断定できるものではない。

それでも、年齢、性別、就業形態、仕事以外の活動参加の有無などの影響を統制して統計的な分析を行っても、「小さな学び」と役割・居場所感の間には一定の関連が見られた。ここからは、小さな学びが、単なる知識の獲得にとどまらず、自分の暮らしや社会との関わり方を見直すきっかけになっている可能性がうかがえる。

何かを学ぶことは、新しい知識を得るだけではない。

自分の関心に気づくこと。
少し違う視点で日々の生活を見ること。

そうした小さな変化が、「自分には役割がある」「ここに居場所がある」という感覚と結びついているのかもしれない。

「学びを小さく捉える」という戦略

改めて、「学びたい」と「学ぶ」の間の壁は、なぜ高く感じられるのだろうか。
その一つの理由は、学びという言葉を、私たちが少し大きく捉えすぎていることにあるのかもしれない。

「目的が明確でなければならない」
「机の前に座ってやるものである」
「集中しなければいけない」
「まとまった時間や費用をかけなければならない」
「成果につながらなければ意味がない」

こうしたイメージが強くなるほど、学びは忙しい日々の中で後回しにされやすくなる。「今の自分には無理だ」と感じてしまう人も少なくないだろう。

だからこそ、学びへの参加を広げるには、最初から大きな学びを目指すのではなく、学びを小さく捉え直すことが重要になる。

検索する。本を読む。動画を見る。誰かに聞いてみる。

大きな学びではなく、こうした小さな行動こそを大切にしてみる。その中で、関心が深まれば、講座や教室、通信教育、職場での研修など、より体系的な学びにつなげていく。

小さな学びを、学びの外側に置かないこと。むしろ積極的に価値を認め、楽しむこと。

「学びたい」と「学ぶ」の間にある壁を低くするには、こうした発想の転換が必要なのではないか。

(※1)いずれか1つ以上において、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」を選択した人の割合。
(※2)内閣府『令和7年度 人生を豊かにするための学びに関する調査報告書』P23図表
(※3)内閣府『令和7年度 人生を豊かにするための学びに関する調査報告書』P25図表

大嶋 寧子

東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる政策調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。