日本の賃金は上がっているのか

主任研究員 古屋 星斗

2026年09月30日

「約35年ぶり」の賃金上昇?

日本においても労働市場の需要超過が続くなかで、長らく変化がなかった賃金に動きが出始めており、職種別等の変化に注目したレポート(※1)などを提示してきた。
あまり実感がないという声も聞かれるなか、足下の統計でさらに大きな変化が出はじめているためこれを簡単に整理しておく。確認する統計は、厚生労働省,毎月勤労統計調査である(※2)。今回は月次統計を扱うため、賞与の支給タイミング等により単月の結果が影響を受けることがあるため留意が必要であり、本稿でも比較や時系列の観点で整理する。

現金給与総額の名目値の前年同月比(規模5人以上)を1991年1月~2026年7月について、図表1に整理した。
最新の2026年7月(確報値、2026年9月28日掲載)は+4.3%となっており、高い水準となった。この名目+4.3%を超える上昇率は、2024年に2回(6月+4.5%と12月+4.4%)あったことに続いて、2000年以降3番目の上昇率である。
さらに重要なのは、+4.0%以上の上昇が2か月続いたことであり(2026年6月+4.0%)、それは1991年12月-1992年1月まで遡る必要がある、34年6か月ぶりの事象である。
長らくデフレが続いたこともあり、低い賃金上昇率が続いてきたなか、2026年に入ってからの値の高さが際立っている。34年ぶりと考えれば、現在50代半ば以降の社会人がギリギリ経験したことがあるかどうかという感覚であり、あくまで名目ベースとはいえ、この水準の賃金上昇局面を経験したことがない社会人が日本では多数派と言えよう。
なお、厚生労働省はこの状況について、「6ヵ月連続3%以上は34年4ヵ月ぶり」と表現している(※3)。

続いて図表2に実質ベース(※4)での1991年1月以降の増減率を示した。直近の2026年7月で+2.1%とこちらも近年では高い水準にある。2026年6月の+2.2%から引き続いて高く、コロナ禍突入直後の急減からの反動増があった2021年4月(+2.9%)・5月(+3.1%)を除けば、2010年7月(+2.4%)まで遡ることになる(これもリーマンショックによる急減からの反動増であるが)。
また、7か月連続のプラスとなっている。2021年のコロナ禍2年目に10か月連続増があるが、それ以来ようやくの、5年ぶりの実質賃金上昇局面となっている。

図表3に、近年の動向をピックアップした(2023年1月以降)。名目での増加率がコロナ禍明け以降で最も高い水準となりつつあること、また、実質での増加率ではコロナ禍明け以降の物価高(インフレ)に押し負けてほとんどプラスになっていなかったものが、2026年に入って以降一気にプラス水準に浮上していることがわかる。物価上昇水準が2025年に比べて落ち着いた(2025年7月は前年同月比+3.1%、2026年7月は+1.9%)ことと、名目ベースの賃金上昇率の高さが、足下の実質賃金の上昇の継続に寄与している。

図表1 現金給与総額(名目)の前年同月比増減率(規模5人以上、就業形態計)図表1 現金給与総額(名目)の前年同月比増減率(規模5人以上、就業形態計)
出典:厚生労働省,毎月勤労統計調査

図表2 現金給与総額指数(実質)の前年同月比増減率(規模5人以上、就業形態計)図表2 現金給与総額指数(実質)の前年同月比増減率(規模5人以上、就業形態計)
出典:厚生労働省,毎月勤労統計調査

図表3 現金給与総額名目・実質の前年同月比増減率の推移(2023年1月~)(規模5人以上、就業形態計)図表3 現金給与総額名目・実質の前年同月比増減率の推移(2023年1月~)(規模5人以上、就業形態計)

出典:厚生労働省,毎月勤労統計調査

どこで上がっているのか?

実感があるかないかは別として、上がっているのは間違いなさそうである。その上で、「ではどこで上がっているのか」を把握しておこう。
2026年1月以降の傾向として、統計からは以下のことが指摘できる。

  1. 一般労働者の賃金上昇率がパートタイム労働者の上昇率よりもおおむね一貫して高い。2026年1月以降で一般労働者が上回っていないのは2026年7月のみ(ただし、2026年7月は一般労働者+3.7%、パートタイム労働者+4.5%と大きく逆転)。
  2. 企業規模による上昇率の差異は、大きい事業所の引上げ率がやや高い(ただし、統計上“企業規模”は事業所規模「5人以上」と「30人以上」での比較である)。
  3. 業種別の傾向差が見られる。

この③について詳細に見ておこう。図表4に直近の値を掲載した(※5)。「教育、学習支援業」(-0.3%)以外はプラスとなっている。もちろん、単月で検討しても賞与支給タイミング等の影響があることから正確な分析とならないため、2025年1~7月と2026年1~7月の同期間について比較をする。

ここでは単純に、両期間における業種別の現金給与総額増減率の平均(※6)を比較した(図表5)。
2025年の同期間(1~7月)の平均(調査産業計)は+2.4%、2026年は+3.5%となっていた。
2025年よりも2026年のほうがはっきりと高いのは、「建設業」「運輸業、郵便業」「学術研究等」などである。「建設業」では+2.4%から+5.0%、また、「運輸業、郵便業」では-2.2%から+4.8%へと正負が逆転した。

逆に2025年のほうがはっきりと高かった業種もあり、「鉱業、採石業等」「電気・ガス業」「飲食サービス業等」「生活関連サービス等」が該当する。「製造業」(+4.3%→+4.5%)「情報通信業」(+4.3%→+4.1%)「医療、福祉」(+2.9%→+2.8%)はほぼ変化がなかった。

さらに、2025年、2026年と続けて賃金上昇率が高くない業種が存在していることがわかる(「飲食サービス業等」や「医療、福祉」など)。労働供給制約のなかで待遇面での停滞は業界全体の採用力を押し下げていく懸念が大きい。生産性向上・省力化、サービスの優先順位づけなどを含めた総合的な試行錯誤による賃上げ余力の創出が求められつつある。公定価格領域においては、賃金決定メカニズム自体の議論が避けて通れないだろう。

図表4 2026年7月の業種別現金給与総額及び増減率(前年同月比)(就業形態計、5人以上規模)図表4 2026年7月の業種別現金給与総額及び増減率(前年同月比)(就業形態計、5人以上規模)
出典:厚生労働省,毎月勤労統計調査

図表5 産業別現金給与総額増減率(前年同月比)の比較(就業形態計、5人以上規模)図表5 産業別現金給与総額増減率(前年同月比)の比較(就業形態計、5人以上規模)
出典:厚生労働省,毎月勤労統計調査より筆者分析

賃金上昇は持続的か

いずれにせよ、統計的には30年以上ぶりの賃金上昇局面であることは間違いない。ほとんどの日本の社会人が経験したことがない状況と言え、それは中長期的に労働のインセンティブ構造を大きく変えていくことになるだろう。他方、小規模企業の賃上げが限界であることが指摘されており、最低賃金引き上げ幅が前年ほどの水準とはならなかったことは2026年10月以降の賃金上昇の持続性に対してマイナスに働く可能性が高い。

働き手が稀少資源となっているなか、労働市場が強く反応している状況が顕在化しつつある。この動きの足を引っ張らずいかに持続可能にしていくのか、現状を正確に認識したうえで、行政、企業、そして個人も選択を求められる時代がやってきたのかもしれない。

(※1)「稼げる仕事」の変化(2026年版)―伸びる現業職・専門職、停滞する公定価格職種
https://www.works-i.com/column/labor-market/detail014.html など
(※2)執筆時点で最新の2026年7月のみ速報値を用いる
(※3)厚生労働省,2026年9月8日,毎月勤労統計調査 2026(令和8)年7月分結果速報を公表します
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2607p/dl/houdou2607p.pdf
(※4)消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で実質化したもの
(※5)なお、これは業種であり、職種(ホワイトカラー/ブルーカラー等)別の検討を行うことはできない。現場仕事のイメージがある業種の企業でも、デスクワーカーもいれば管理職もいるためである
(※6)1月から7月までの増減率を足して、7で除した。公式の数値ではなく、あくまで検証用の概算値

古屋 星斗

2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、現場職、若年人材研究を専門とする、ひととしごとの研究者。著書に「ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社)、「なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか」(日本経済新聞出版)、「『働き手不足1100万人』の衝撃」(プレジデント社)など。