「成果主義」より「処遇の個別性」がジョブ型雇用の本質 中村天江

2020年10月29日

1 ジョブ型雇用に対する個人の期待

1.1 個人からみたジョブ型雇用

 「ジョブ型雇用の種類と、日本企業が進むべき道」「人材育成と生産性、『ジョブ型』制度設計の先にある課題」の2つの論稿では、企業の視点からジョブ型雇用の可能性や課題について論じてきた。そこで今回は、ジョブ型雇用のもう一方の当事者である個人の立場からジョブ型雇用について考察する。
以前、ジョブ型雇用のコラムを寄稿した際、読者から寄せられた感想で目立ったのは3つの点だ。1つ目は、ジョブ型雇用導入により、納得度の高い賃金制度に変わることへの期待。2つ目は、ジョブ型雇用により人材の流動化が良くも悪くも進むというもの。そして3つ目は、雇用制度をジョブ型に変えるだけでは運用(マネジメント)がうまくいかないことへの危惧である。
3つ目の人材マネジメントについては、「人材育成と生産性、『ジョブ型』制度設計の先にある課題」で考察したので、本稿ではジョブ型雇用による待遇への影響について論じていく。

1.2 読者から寄せられたコメント

最初に、「日本企業が『ジョブ型雇用』に飛びつくべきではない、これだけの理由」を寄稿した際、読者から寄せられたコメントをそのまま紹介したい(下線は筆者による)。

人に値段を付けるのでなく、仕事に値段を付ける。そうすれば、皆が納得する。簡単な仕事を量こなして稼ぐ人もいれば、難しい仕事を短時間でこなして稼ぐ人もいる。自分の性格や能力で働き方を選べばよい」

「人を幾らで雇って、人に仕事をつけるやり方だと、人に仕事をさせ放題になるし、同じ給料で、仕事量が全く違う(よう)になる。仕事を幾らというようにしてそこに人をつけていくと、給料同じなら、仕事量も大体同じになると思う。10の量の仕事しても、5の仕事量しても同じ給料という日本の主な給与制度はおかしいと思う。逆に給料めちゃくちゃ高いのに給料の低い人と同じ仕事量の人がいるのは納得いかないし、高いのに仕事できない、問題ばっかり起こす人に擦り付ける人もいる。高いなら高いなりに働いてほしいので、仕事を金額化してそこに人をつけてほしい、高い給料ほしいなら、たくさんの仕事請け負ってね。仕事少ないなら、低くていいよ」

どちらのコメントも、単純に賃金が安いことを問題にしているのではなく、賃金と仕事のバランスが人によってばらつき、仕事内容に比べて賃金が多すぎる社員もいれば、少なすぎる社員もいることを問題にしている。今の日本企業の賃金制度は、働く個人にとって納得度の高いものではないのだ。

1.3 半数が賃金に納得していない

実際に働いている人たちが、賃金に納得しているのか確認しておこう。図表1は、雇用者だけで2万人以上の回答がある「全国就業実態パネル調査」の結果をまとめたものだ。
「仕事への満足」は、「あてはまらない」9.5%、「どちらかといえばあてはまらない」16.0%と、計25.5%が仕事に不満をもっているのに対し、下段の「賃金は仕事内容に比べて」では、「非常に低い」9.4%、「低い」39.6%と、計49.0%もが賃金に納得していない。仕事内容への不満より、賃金に対する不満の方がはるかに大きいのである。
データは割愛するが、雇用形態を正社員とそれ以外の労働者に分けて集計しても同様の結果であり、正社員であっても、正社員以外の雇用形態であっても、賃金は仕事内容に見合っていないと考えている労働者が半数近くいるのである。

図表1 仕事と賃金の満足度
図表1.jpg※雇用者のみの集計
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2018」

2020年4月から正社員以外の労働者に対する「同一労働同一賃金」が義務化されたことからもわかるように、現行の賃金制度には合理性に欠ける部分があるのだ。その証左に、ジョブ型雇用を提唱した経団連の報告書でも、「検討の方向性」として最も記述が厚いのは、処遇制度の見直しについてである(※1)。日本企業がジョブ型雇用導入を検討する背景には、賃金制度や評価制度を見直してきたものの、今もなお年功序列が色濃く残り、人材の任用や降格を柔軟にできない、硬直的な処遇・人事制度に対する不全感がある。

(※1)日本経済団体連合会(2020)「2020年版経営労働政策特別委員会報告」

2 ジョブ型雇用における賃金決定

2.1 日本と他国の違い

ジョブ型雇用のもとでは、職務と待遇が密接に連動するので、賃金制度に対する納得度は高くなると考えられる。
実際、筆者らが日本・アメリカ・フランス・デンマーク・中国の都市部で、大卒30代40代を対象に行った調査でも、日本以外の国々では給与に対する満足度が高い。「給与に満足」している割合は、日本は32%しかないが、アメリカ70%、フランス63%、デンマーク64%、中国75%である(図表2)。

図表2 給与の満足度
図表2.jpg※週労働20時間以上のみの集計
出所:リクルートワークス研究所「5カ国リレーション調査」

2.2 「成果主義」より「個別交渉」に特徴

日本と他国で、給与に対する満足度がなぜこれほどまでに違うのだろうか。その要因を探るべく、人々が何によって賃金が決定すると考えているかをまとめたのが図表3である。図表3から指摘できることは4点ある。

図表3 賃金の決定要因図表3.jpg※賃金決定要因だと思うものの1~3番目の割合を足している
※週労働20時間以上のみの集計
出所:リクルートワークス研究所「5カ国リレーション調査」

日本の特徴の1点目は、日本は賃金決定要因が「わからない」が33%と突出して高いことである。これは他国のように人材の流動性が高くないため、各企業の賃金水準を他社と比較する機会がないことも要因だろう。賃金に不満があったとしても、賃金が何によって決まるのかわかっていないのでは、対処のしようがない。

2点目は、日本はむしろ成果主義の国であるということだ。「個人の成果・貢献」が賃金に影響するという割合は、日本46%、アメリカ47%が2トップで、残りの3つの国ではせいぜい37%にとどまっている。企業がジョブ型雇用を検討する背景には、成果主義のさらなる推進があるが、この調査結果からはそこに大きな伸びしろがあるとはいいがたいものがある。

3点目は、日本は賃金決定における労働組合の関与が認識されていないことである。日本的雇用の三種の神器の1つは企業内組合であり、春闘は風物詩にもなっている。企業内労働組合による賃金交渉こそが、賃上げメカニズムの基盤だとみなされてきたにもかかわらず、そのような認識をもっているのは20%だけで、残りの80%は労働組合の役割を認識していない。
日本では50年以上にわたり労働組合の組織率の低下に歯止めがかかっておらず、もはや労働組合の組織率は17%のため、ほとんどの労働者にとって労働組合は無縁の存在になっているのだろう。しかし、組合の組織率だけをみれば、アメリカも11%、フランスも8%と低い(※2)。フランスは労働組合の組織率は低いが、労働協約の適用率は高い国であり、アメリカでは労働組合が地域やNPOの活動と連携し、労働条件の向上以外の分野でも存在感を発揮している。それに対し日本では、労働組合の活動が一般の労働者からは理解しにくいのだと思われる。

4点目は、賃金決定において「個人と会社の個別交渉」が影響するとの割合が、他国では5割を超えているのに、日本はわずか2割しかないということだ。ジョブ型雇用のもとでは職務と待遇が連動し、個人ごとに職務が異なるため、個人単位の賃金交渉が活発に行われることは「人材育成と生産性、『ジョブ型』制度設計の先にある課題」の4章で論じた通りである。
日本的雇用では職能資格制度のもとで賃金が決まるため、生涯その企業で働き続けるつもりであれば、賃金や仕事内容の決定については受け身で応えざるをえない面がある。ところが日本と違い、海外では賃金の個別交渉は当たり前のことなのだ。ジョブ型雇用の国々では、職務は個人によって異なるため、賃金の個別性もおのずと高くなり、職務と賃金のバランスが労働者にとっても使用者にとっても認識されやすいからだろう。

以上をまとめると、日本企業の賃金制度は年功賃金が土台にあり、労働者にとって賃金の決定メカニズムがブラックボックスになっている。成果や評価をあげるしか賃金を上げる方法はないと、日本では考えられている。それに対して、諸外国では、職務と賃金が連動しているがゆえに、職務と賃金のバランスについて、個人単位で交渉し、すりあわせることができ、労働者にとって透明性が高い賃金制度になっている。
ジョブ型雇用のもとで、労働者の賃金の納得度を引き上げる要因は、成果主義ではなく、むしろ、個人単位の処遇決定にあるのである

(※2)労働政策研究・研修機構(2019)「データブック国際労働比較2019」労働組合組織率(ILOデータベース)の2015年の値

3 成果主義の教訓をいかす

3.1 MBO(目標管理制度)は9割が導入済み

図表3の結果は、日本にはすでに成果主義が浸透していることを示している。また、ジョブ型雇用の導入により日本企業が成果主義を強化しても、少なくとも労働者の納得度は高まらない可能性も示唆している。
日本では1990年代から成果主義が広がり始め、今では社員それぞれの目標を定め、その達成状況を管理する「MBO(目標管理制度)」の導入率は89%に達し、大企業に限れば94%になっている(※3)。また、成果を賃金に反映する企業も全体で約4割、大企業に限れば5割になっている(※4)。

MBOによって仕事内容と達成目標をはっきりさせることと、ジョブ型雇用により職務要件を明確にすることは、労働者の果たすべき役割を明確化するという点ではよく似ている。にもかかわらず、現行のMBOの仕組みでは不十分で、新たに職務記述書が必要という話になっているのだ。
日本企業が直面している問題の本質は、仕事内容をMBOや職務記述書で言語化できないことではなく、成果主義の制度を導入し、仕事内容を言語化しても、ポストのオンオフが柔軟にできないため、結果的に仕事内容と処遇を十分に連動できなかったという人事制度の硬直性にある。成果主義を導入したにもかかわらず、賃金・人事制度が硬直的なままになっている背景には、労働組合と合意できなかったこともあるだろう。
だとすると、日本企業がジョブ型雇用を検討する真の目的は、事業を取り巻く環境変化に応じて社員が担う職務を変えることでき、処遇も職務に合わせて上げ下げできる柔軟な人事制度に変革することだ。それを実現する鍵は、雇用制度改革に対する労使合意を得ることと、職務記述書の整備などジョブ型雇用の制度導入後の日々の運用、つまり人材マネジメントにある。

3.2 ジョブ型の本質は処遇の柔軟性

まとめると、日本では現状の賃金制度に対して、労働者も企業も納得度の高いものだとは考えていない。
その原因は、伝統的な年功賃金と職能資格制度が今なお色濃く残り、柔軟に人材の任用や降格ができず、また、仕事内容が変わっても賃金を上げたり下げたりできないという、人事制度の硬直性にある。すでに成果主義は浸透しており、MBO(目標管理制度)の導入率も9割になっているにもかかわらず、日本企業は柔軟な人材活用ができておらず、結果的に仕事内容と処遇の乖離が大きくなってきている。
日本企業はこれまで、全社でほぼ一律に整備された賃金・人事制度の機能不全に対しさまざまな対策を講じてきたが、十分な解決にいたっていない。そして、改革の突破口としてジョブ型雇用への転換を掲げるにいたった。
ジョブ型雇用の本質は、成果主義ではなく、職務と賃金の整合性にある。その結果、職務が異なれば待遇は異なって当然という、賃金・人事制度の個別性が実現するのだ
ただし、ジョブ型雇用では賃金・人事制度が柔軟になる分、職務と賃金のすりあわせの重要性が増す。人材を採用する際も、入社した後も、繰り返し職務と待遇のすりあわせが発生する。

3.3 個人も企業も交渉リテラシーを

日本企業の全社で一律に整備された賃金・人事制度のもとでは、仕事ぶりの評価をめぐって、労働者と管理職の間ですりあわせは発生しても、賃金に関するすりあわせまでは発生しない。しかし、ジョブ型雇用になると、賃金も含むすりあわせが求められるようになる。
労働者が、ジョブ型雇用のもとで納得度高く働くためには、賃金や仕事内容に関する交渉力を身に着ける必要がある。賃金交渉では、自身に対する評価や言い出すタイミング、組織の人件費のゆとりなどによって、要望が通ることも、通らないこともある。上司や人事を納得させるための材料を用意して臨むなど、交渉リテラシーを身につけることが必要だ。
一方の企業側も、優秀な人材を惹きつけるためには、労働者に正面から向き合う必要がある。個別の賃金交渉が増えれば、労働者側も賃金水準が許容範囲なのかそうではないかの判断がしやすくなり、魅力的な企業には人材が集まるが、逆の場合は離職を誘発するようになる。加えて、労働者が待遇に関する説明や対話を求めただけで、「面倒くさいことを言う」と不利益な扱いをすることは、すでに法律で禁じられている(※5)。日本企業がジョブ型雇用を健全に運用するためには、企業の管理職や人事もまた、説明力や交渉力を高めなければならない。

日本では、現状、労働者と企業が待遇をめぐって個別に交渉する風土はほとんど根づいていない。しかし、ジョブ型雇用で仕事と処遇の連動性を高めていくためには、個人単位での労使コミュニケーションを活性化させることが不可欠である。企業は、管理職の権限や裁量についても再考していく必要がある。
個人・企業双方の交渉リテラシーを高めていくために、労働者教育の強化などの政策も推進していく必要があるだろう。

(※3)労務行政研究所(2018)「目標管理制度はどう運用されているか」『労政時報』3952号
(※4)基本給の決定要素に「業績・成果」が入っている企業の割合(厚生労働省「平成29年就労条件総合調査」)
(※5)短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律第十四条3項など

中村天江

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。

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