ローカルから始まる。

Code for Japan 代表理事 関 治之

2025年06月13日

関治之氏は東日本大震災での経験をもとに、ITを活用して地域課題の解決をめざす一般社団法人コード・フォー・ジャパン(以下 Code for Japan )を設立。多くのプロフェッショナルが自発的に参加するこの団体は、コロナ禍に短時間で東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトを開設し、存在感を高めた。現在は地方自治体のCIO(Chief Information Officer)補佐官やフェローとしての顔も持ち、地方自治体のDXに尽力する関氏。行政のDXの課題や可能性について聞く。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)


──コロナ禍で明らかになったのは、自治体のDXの遅れでした。関さんは今いくつもの自治体のDXを支援していますが、自治体のDXの現状と課題をどう捉えていますか。

関:コロナでは、自治体のシステムがバラバラという課題が顕在化しました。現在は、マイナンバーカードの普及で統一の下地が整い、基礎自治体の業務やシステムの仕様の標準化が進められています。

── 同じ仕様のものを入れるとき、何がいちばんハードルになりますか。

関:現在は人材のリソースです。どの自治体も一斉に取り組んでいるので、開発を担うベンダー側の人材が逼迫しています。自治体側の人材も足りません。もちろん先行している自治体には主体的に課題を出せるテクノロジー人材もいますし、総務省はCIO派遣など人材の供給を支援しています。

── ただ自治体のCIOができる人材はそれほど多くないのでは。

関:そうなんです。自治体の仕組みとシステムの両方がわかる人が少ないのが課題です。自治体のなかでも、若手職員は、ITができる人からやめてしまう。転職先がたくさんありますから。

── 今、関さん自身はCIOとしていくつの自治体を支援していますか。

関:人口1200人程度の小さな村から、いちばん大きい東京都まで11自治体です。それぞれ課題がまったく違ってきます。小規模の場合、行政の職員も減っているので効率化すべきなんですが、それが難しい。1人の職員が窓口対応と税務など複数の業務を兼務しており、各業務を効率化しても1人が複数の業務を行っている状態ではインパクトが小さい。財源も少ないなか、最新システムを導入しても投資対効果が見合うかわからないのが現状です。
一方、大規模な都市は事業部がたくさんあって、従業員が何万人もいる企業経営のようなもの。現場の職員の意識を底上げして、やるべきことの優先順位を決めていくことが課題になってきます。

──自治体の規模やDXの進度によって支援の仕方は変わるんですか。

関:私は結局外部からサポートするだけなので伴走しかできません。ある意味、進め方の王道はあるんです。ただ、問題は「わかっているけどできない」ってことなんです。伴走する相手はDX推進課などの部署が多いです。その人たちの熱量が高くても、たいてい現場の事業部よりも立場が弱く、現場ではDXは日々の実務より優先度が下がる。そこでも同じようにやる気になってもらうためには腹を割って話さないといけないし、それが難しい場合には突破口としてワークショップをやったりします。

──うまくいっている自治体はありますか。

関:窓口のDXとして、最近いろんな自治体で行われているのが「書かない窓口ワンストップ」。最初に取り組んだのが北海道北見市で、行政のキーパーソンが地元のベンダーと一緒に作りました。
従来、業務改善はコンサルタントがワークフローを書いて、システム化・効率化を進めています。北見市では職員が窓口での顧客体験実証から主体的に活動を始めたのが特徴です。実際の職員が仮想住民となり、たとえば「転入してきた5人家族。犬を飼っていて親は生活保護と医療助成を受けている」という立場になり、手続きをやってみる。するといろんな課を巡らなければならず、名前を30回、住所を20回書き、手続きトータルで3時間かかるといったことが明らかになり、初めて住民の不便さに気づく。そこから改善すべきポイントを徹底的に顧客目線で考えたそうです。
北見市から始まった窓口DXの流れはさまざまな自治体に広がっていき、現在では国が先行自治体の職員を窓口BPRアドバイザーとして委嘱し、ほかの自治体に派遣して後進を育てています。

──職員の働きやすさにもつながっていますか。

関:住民がやることを職員にすげ替えるだけのシステムでは、職員の業務負荷が増えて意欲が下がり、エラーが増えて、結果的に住民の待ち時間が増えます。そもそも職員が減っていくなか、少ない人数で回せるようにすることとセットにして検討する必要があります。住民だけでなく、職員も楽になるようなDXでないと、持続しません。

住民だけでなく職員も楽になるDXでないと持続しない

多数決に頼らないデジタル民主主義を推進

──今後、各自治体職員の数はもっと減っていく可能性が高い。そうなると効率化と同時に、Code for JapanのようなITで行政とともに地域の課題を解決する取り組みであるシビックテック(Civic Tech)と一緒に活動することも必要だと思います。関さんがCode for Japanの活動を始めるきっかけは東日本大震災でしたよね。

関:本来災害の現場では、シビックテックは生かしにくいんです。物理的な災害ではデジタルのできることは相対的に下がりますから。ただ、東日本大震災で感じたのはデータがバラバラであるということ。各地でどういう被害があって、被災者がどこにいて、避難所はどこにあってというのを対策本部が集約し、状況を把握するのに1カ月かかってしまいました。

──その状況は東日本大震災から13年経って起きた能登半島地震では少し改善されていましたか。

関:少なくともデータがバラバラであるという点は変わっていませんでした。それをいい加減変えようと、自治体同士の相互運用性を持ったシステムによる新しい防災の取り組みを始めようとしています。

── Code for Japanは現在、何人ぐらいがどんな活動をしているんですか。

関:Slackの参加者は約8000人とたくさんいます。学生など若者と話していると、社会に貢献したいという意識を強く持っていて、シビックテックの活動にも強い関心を持っています。ハッカソンなどをやってアイデアを盛んに出し合っています。
今、力を入れている活動には、3つの分野があります。
1つは、前述の新しい防災システムのような、デジタル公共財を生み出すこと。オープンソフトウエア基盤をどんどん社会に提供し、企業や政府が作るシステムのオープンソース化を推進しています。2つ目が、デジタル民主主義。たとえば、加古川市にはデシディム(Decidim)という市民参加のプラットフォームを提供しています。そして最後は、2つ目とも関連しますが、市民参加型の街づくりです。

── 加古川市のデシディムでは、どんな取り組みを進めているんですか。

関:街づくりのさまざまな政策やテーマにおいて、何をすべきか市民から直接意見を収集できるツールとして機能しています。従来、市に意見を言おうとすると、パブリックコメントを書く、あるいはタウンミーティングに出るなど手段が限定されていました。デシディムはスマホからオンラインで誰でもアクセスでき、双方向性があるので質問に対する答えを職員が返す、というキャッチボールができます。
デジタル民主主義とは、より多くの多様な意見を政治や行政に反映させようというもの。なるべく多くの人の意見を聞いて、一致点を見つけ出し、意思決定をよりよくしていこうとする熟議という考え方も中核にあります。投票や多数決だけが民主主義の方法論ではないんです。

オンラインミーティングの様子2020年のコロナ禍に、Code for Japanが開設した東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイト。同団体に参加するエンジニアだけではない多様なプロフェッショナルたちの力で、誰にでもわかりやすいサイトとして評判になった。
Photo =Code for Japan 提供

多くの人の意見を可視化してポピュリズムを避ける

──台湾の事例を見てもデジタルと民主主義は相性がいいといわれてきました。一方で、SNSやYouTubeの選挙での歪んだ活用など、デジタルによる民主主義の危機のような状態にもなっています。

関:個人の意見がデジタルによって増幅され、政治に影響を及ぼすという状況はもはや避けられません。それに対してデジタル民主主義の考え方は、もっとプロセスをうまく設計して、多様な意見が人々の意識に上がるようにして、ポピュリズムに突き進んでいくのを避けようとします。いろんな意見を集めてAIで分析すると、異常値が滑らかになり、冷静に議論ができます。声は小さいけれど重要な意見、目立たないけれど多くの人が言っている意見がきちんと反映されます。本当に人々が必要だと思っていることを可視化して政策決定に生かせるので、SNSを直接摂取するのとは違う力学が働くんです。

── 今、極端な意見に左右されたり翻弄されたりしがちなところを、もう少しこっちの意見を聞いてみよう、大きな声は全員の意見ではないから別案も検討しよう、みたいな使い方ができるということですよね。

関:それが1つの希望だと思います。ポピュリズムや極右の台頭に関していえば、どんどんSNSに飲み込まれ、大きな流れを変えるのは難しいと正直感じます。でも、だからといって私たちの活動をやめるということにはなりません。大きな流れは止まらなくても、緩やかにはできますし、最悪の状態に至る前に別のアプローチを見せることができるかもしれません。代替案を持つことはすごく大事です。

── Code for Japanに集まる人はそこに希望を持っている人が多いですか。

関:そう思います。アメリカはトランプ政権が誕生しましたが、得票率で見る限り、大多数の有権者がトランプ大統領を積極的かつ主体的に支持しているわけではないことも事実です。8割以上いるかというと、そういう状態ではありません。選挙というシステムが分断を生んでいるのであれば、システムを補完したり直したりしていけばいい。Code for Japanに参加する人の多くが、前向きな対応や対策に向けてアクションを起こしたいと考えているのではないでしょうか。
同時に、抽象的な議論をするだけでなく、目の前にある課題に対してできることから変えていく行動に意味を感じている人が多い。隣人のために良きことをしようと。
たとえば、ディスインフォメーション(特定の人を貶め社会に害を及ぼす偽情報)対策プロジェクトでは、Xのコミュニティノート(利用者同士で誤った投稿を指摘し合い、情報を補足する仕組み)のAPIからデータを抜き出して、東大の研究者などにAIを使って分析してもらっています。何が起きているかを印象で語るのではなく、ファクトで示そうと。

──プラットフォーマーだけではできないことを、市民でやっていこうという動きですね。一方で、AIはディスインフォメーションを大量に生産する装置にもなっています。AIについては楽観的、悲観的のどちらですか。

関:エンジニアとしては楽観的です。うまく使えば武器になるし、生産性も上がる。でも、放っておくと特に倫理面で大変なことになるという意味で悲観的です。SNSと同様に進化・浸透する流れは止められませんが、最悪の事態を避けるためのガードレールを引いておかなければなりません。
専制的な国家がAIをどんどん使っていき、経済的にも強くなっていったときに、人権が無視される構図は容易に想像できます。民主主義国家が専制国家化するトレンドのなかで、民主主義という遅くて非効率な体制をどう守るのか。個人を犠牲にしても組織や国が儲かったほうがいいという論理にどう対抗するのか。私たちはそういう議論を、もっとする必要があるのです。

システムが分断を生んでいるならばシステムを補完したり直したりしていけばいい

Text=入倉由理子  Photo=稲垣純也       

関治之氏の写真

Profile
2009年 Georepublic Japan設立、代表社員に就任
2011年 東日本大震災後に情報収集サイトsinsai.infoを立ち上げ
2013年 コード・フォー・ジャパン設立、代表理事に就任
2014年 HackCampを設立、代表取締役社長に就任
2020年 東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト立ち上げ
現在 東京都デジタルトランスフォーメーション フェローなど多くの自治体を支援