ローカルから始まる。

Q0 代表取締役社長 林 千晶

2025年04月15日

林千晶氏は、2000年に世界中のクリエイターとクライアントをつなげることを目的にロフトワークを設立した。2015年からは、飛騨市の官民共同事業体「株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)」を手がけ、地域産業の創出に注力。ロフトワーク代表退任後、設立した株式会社Q0で目指すものは何か。ローカルの活動に真に必要なものとは。林氏に聞く。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)


── 2022年に設立したQ0の事業を、「継承できる地域のデザイン」と表現しています。どんな活動をしていますか。

林千晶氏(以下、林):ロフトワークで展開するクリエイティブコミュニティ「FabCafe(ファブカフェ)」などの活動で出会ったのが、日本各地の「キーパーソン」たち。日本のさまざまな文化やアイデア、技術を次世代に継承する人々です。彼らの活動はとても尊いのですが、東京が持つ知見やネットワークとの断絶があって広がっていかない。その断絶を埋めたいのです。

── 具体的には。

林:まず、キーパーソンをもっと発掘すること。各地域に足を運び、耳を傾けることで、もっと多くの方と出会えるはずです。また、その方たちの横に立ち、支援することも大切です。地域での活動は、人口が減少し、その地域が持つ文化が消滅することによって生じる課題の解決を目指します。ただ、そもそも皆さん地域の外に活動を拡大したいとは考えていません。そこで私は、地域の活動を全国的なムーブメントにするために各地域や都会をつなぎ、次の世代に残していきたいと考えています。

──文化や食、暮らしなどを今のまま残したい、ということですか。

林:そういうわけではないんです。時代が変化するなかで、変えたほうがいいことと変えてはならない文化の根っこを見極め、変えるべきものは変えていきたいと思っています。

時代が変化するなかで文化の根っこを見極め 変えるべきものは変えていきたい

起業家精神を持った人たちが集まるエコシステムを作る

── その考えに至るには、飛騨市のヒダクマでの活動が影響していますか。

林:そうですね。ヒダクマは、3つの拠点をベースに活動しています。1つは、森林資源の活用と森づくりの連動を加速するために開設した「森の端オフィス」です。ここは、飛騨地域の行政・林業関連事業者で推進する「広葉樹のまちづくり」の拠点にもなっています。2つ目は、次世代のものづくりプラットフォームとしての「FabCafe Hida」。そして3つ目は、森を起点とした地域内循環を生み出すための20ヘクタールの自社有林「ヒダクマの森」です。森と日本人の暮らしを継承すること、そこから生まれる新しい価値を創造することの両方に挑戦しています。
飛騨市に関わるきっかけは、知人に「遠いけれど、ぜひ見に来てほしい」と誘われたことでした。2月のとても寒い日に訪れた際、部屋に着くと温かい野草茶が用意されていて、心遣いにすごく感動したのを覚えています。そのとき、飛騨には豊かな生態系によって育まれた広葉樹の森林資源を使った、質の高い木工製品を作る伝統技術が受け継がれてきたことを知りました。それらを大切にしつつも、作るものは時代に合わせて変えなければなりません。時代とともに、人々の暮らしは変わっているのです。

ヒダクマ「森の端オフィス」の写真2022年にオープンした、ヒダクマ「森の端オフィス」。飛騨市産の広葉樹を使用。森の端に位置し、飛騨地域の行政・林業関連事業者で推進する「広葉樹のまちづくり」の拠点となっている。
photo by Shinkenchiku-sha

── Q0の活動としてまず、秋田で「ソウゾウの森プロジェクト」を推進しています。なぜ、秋田だったんですか。

林:ロフトワークは日本全国にクリエイティブなサービスを提供するといいつつ、その拠点は東京、京都、大阪や札幌といった都市でした。いわば日本の「動脈」のみで、地方という「静脈」にも血液を届けたいと思っていました。
ただ、デザイン経営を中小企業に伝えていく事業を立ち上げたとき、東北から「やりたい」という手が一切挙がらなかった。それでむしろ必要とされていない東北で何かやってみたいと思ったんです。秋田は、講演依頼なども1度もなく、ご縁が皆無でした(笑)。

── 秋田にツテなどあったんですか?

林:まったく。でも、秋田には先進的なグローバル教育をやっている国際教養大学(AIU)があり、いつか何か一緒にできたらと思っていました。縁がなかったので、秋田に移住した元社員でAIUの出身者にお願いしてつないでもらいました。副学長とすぐに意気投合し、AIUが応募を検討していた科学技術振興機構の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に参画することになりました。副プロジェクトリーダーは民間出身という規定があり、私がその役割を担うことに。2024年には本格型に採択され、秋田の森林資源を活用した人材育成や産業創出に取り組んでいます。

── それが「ソウゾウの森会議」につながっていくんですね。

林:秋田の公立3大学が核となって、森を活用した研究開発や人材育成を通じて、地域社会の自律した豊かさを実現しようという取り組みです。「空間・木材・まち・技・人」の5つの分野で活動しているのですが、そのなかの「人」にAIUとQ0がコミットしていて、その活動の一環として「ソウゾウの森会議」を行っています。秋田各地でミートアップを開き、秋田で暮らしながら、世界のどこでも通じる仕事を生み出す起業家精神を持った人たちが集まるエコシステムを作ろうと、年8回を目標に開催しています。

── どんな人が参加できるんですか。

林:学生や社会人、県内外在住を問わず参加したい人は誰でも。たとえばVOCA展*で、日本でいちばん注目されているアーティストに選ばれた秋田公立美術大学出身者や、南米と日本をつなぐ活動をしているコーヒーロースタリーの経営者など、次世代のキーパーソンも参加しています。また、国内外の大学教授や著名な起業家などを招いて講演してもらい、最後はワールドカフェ形式で議論を深めます。参加者それぞれの考えを付箋に書き、「木」に貼っていく。最初は1本の木でも、それが増えて「森」になり、やがて生態系が生まれる。そんな未来を期待しています。
プロジェクト期間の10年で、地域が発展しているかを問われます。今後は、ハンズオンのプログラムや秋田県のスタートアップ支援、それらを横断的につなぐ会議の開催など、さまざまな展開を考えています。

*The Vision of Contemporary Art。全国の美術館学芸員、研究者などに40歳以下の若手作家の推薦を依頼し、その作家が平面作品の新作を出品することで、毎年未知の優れた才能を紹介する現代美術展。

ソウゾウの森会議の様子「ソウゾウの森会議」は、地域起業家を育てることを目的とした対話の場だ。秋田各地でミートアップを開催している。
photo by Satoru Hoshino

「We’re on the same page」 納得までの時間が必要

── 東京と地域を埋める役割は果たせていますか。

林:正直、簡単ではないというのが実感です。ヒダクマで実感したのは、スピード感の違い。2022年夏に完成した活動拠点「森の端オフィス」は、2021年11月に完成するはずが、大きくずれ込みました。何度も説明したつもりでも、地域の方々から「聞いていない」と苦情が寄せられました。これはつまり、「納得していない」ということ。地域の人たちとしっかり歩調を合わせられていなかったんです。

──どうやって合わせたんですか。

林:ヒダクマ1社だけでなく地域全体のエコシステムとして黒字化し、次世代へつなげていく仕組みづくりが私たちのミッション。地域にとってなぜこのプロジェクトが必要なのかを改めて説明しました。ただ、実際のところは時間が解決してくれたように思います。最終的には「よし、じゃあやるか」と。

── そのときまでは全員の納得よりも優先すべきはスピードだと考えていたのですね?

林:地域では、それでは納得してもらえません。英語で「We’re on the same page」という表現があるように「みんな一緒のページに来ているよね」という感覚を意識することが大切なんです。

── 林さん自身は、すぐに切り替えられましたか。

林:最初はそうではなかったと思います。ヒダクマを立ち上げたばかりのころ、別の自治体から「うちでもできませんか」と声をかけられることもあり、なんとなくうまくいっている気がしていました。そんなとき、飛騨の街中で「ヒダクマなんてうまくいくわけない」と罵声を浴びせられたんです。当時は東京での仕事がメインで、気持ちも「東京モード」だったので、「私、何か悪いことしている?」と納得がいかない気持ちでいっぱいでした。
ただ、当時は飛騨市が財政難で第3セクターの整理を進めていた時期。整理された側の人たちがヒダクマに対してよくない感情を持っているのは当然ですよね。だから、ざわざわする気持ちをグッと抑えて、10年後に「ヒダクマができてよかったですか?」と聞こう、と決めました。それくらい時間がかかると覚悟したのです。そして、ヒダクマからの地域の木工職人さんへの発注がどれだけ増えたかを1つのKPIとして、飛騨全体がうまくいくことを目指し、活動を続けています。

── KPIは達成できていますか。

林:初年度の約30件から、8年目には120件まで広がりました。そして、約10年経った2024年12月、飛騨市の人々に向けた事業説明会で「ヒダクマができてよかったですか?」と質問すると、全員が手を挙げてくださったんです。

人口減少時代を生き抜く若い世代に伴走していく

── ヒダクマの経験が秋田では生きていますか。Q0では、「Listen」を大切にしていると聞きました。

林:大切にしていますが、まだまだ足りない。地域で頑張る人たちの背中を押すためにさまざまなことを試みると、場合によってはCOI-NEXTプロジェクトとは別の動きをしたほうがいいケースも出てきます。すると、「発展を見せる」という行政や大学の目的とズレが生じることがあります。

── それは、地域課題を解決するときの難しさでもあります。たとえば国からの予算だと、結局国のKPIに合わせなければならず、地域のためというゴールだけに目線を合わせられません。

林:だからこそ、「プレイヤーそれぞれの言葉をもっと聞きなさい」と自らを叱咤激励しています。

── 聞いてばかりだと進まないという矛盾はありませんか。

林:まさに今、試行錯誤中です。「聞かなきゃ」と思うと進めないことが不安になる。でも、「進むためには聞かなきゃ」と。どちらか一方ではなく、振り子のようなものでバランスを取るべきだと思っています。

── そんな試行錯誤のなかでも、地域の仕事はやりがいがありますか。

林:あります。苦労があったうえで、「あ、進んだ」と感じる瞬間がある。それは東京では味わえないものです。ロフトワーク時代、たとえばカフェを手がけたとしても、その変化はその空間のなかだけで、渋谷全体への影響はわずかなものです。

秋田では、2年かけてキーパーソンを発掘しました。その人たちの横に立ち、「困ったときに相談に乗るよ」と少しずつ背中を押して、まずは秋田の1つの街に変化をもたらすことを目指しています。たとえば、大館で古民家再生に取り組む人がいます。地方の空き家は、日本全国共通の課題。私は地域で古民家再生を手がける第一人者に声をかけ、大館に呼ぼうと動く。また、「R不動産」のツールボックス(建材・部材の通販)と連携して、ハンズオンでリノベーションを手がけていく。秋田の取り組みを、日本全国レベルに引き上げるために一緒に走っています。

── 地域のキーパーソンとして望ましい人はどういう人ですか?

林:基本的には、私たちの世代ではなくもっと若い人たちです。日本の人口密度は、私たちが憧れる北欧の20倍も高い。空き家対策というとネガティブに思えますが、それぞれが自由に使えるスペースが増え、使い方の多様性が生まれると聞くと魅力的に思えませんか。人口が減少するなかでも、豊かさや余裕、楽しさを追求できる社会へとどう変えていくか。そのアイデアは、これから人口減少時代を生きていく若い世代に委ねたい。そのとき経験を積んできたミドル世代が支え、伴走することが求められていると考えています。

苦労のうえで「あ、進んだ」と感じる瞬間にやりがいがある

Text=入倉由理子  Photo =伊藤 圭       

林千晶氏の写真

Profile
1994年 花王に入社
1999年 ボストン大学大学院修了
2000年 ロフトワークを起業、代表取締役に就任
2015年 ヒダクマ設立
2022年 Q0設立、代表取締役社長に就任