ローカルから始まる。
CNC 代表取締役 矢田明子

島根県雲南市を起点に始まった「コミュニティナース」は、CNCが提唱する新しい相互扶助のあり方だ。既に全国約10万人が参与する大きなネットワークになっている。地域住民と顔の見える関係を築き、日常生活のなかで小さな変化に気づき、本人の意欲や望みに沿って支え合う関係性を育て、病気や要介護状態になる前の段階からのケアの実践を重視する。従来の医療や福祉の枠組みを超えたアプローチをビジネスとして立ち上げた代表取締役・矢田明子氏が描く未来、戦略とは── 。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)
──「コミュニティナース」は聞き慣れない言葉です。どんなものか、まず教えてください。
矢田:世界各国のコミュニティナーシングという看護の実践にヒントを得てCNCが提唱してきたコンセプトで、暮らしのなかで社会的な健康を、地域に住む人々と一緒につくっていく実践のあり方です。「人とつながり、まちを元気にする」を目指して活動しています。
── 看護師とどう違うのですか。
矢田:私たちの国では病院に行ってはじめて看護師に会う、つまり病になり治療や療養、介護が必要になったときに看護サービスを受けます。一方、毎日の生活のなかで不調や異変に気づき、人と人との関係性のなかでケアを実践し、病気や要介護状態を防ぐ健康づくりの側面もあるのがコミュニティナースです。特定の資格というよりも、この実験のコンセプトとしてコミュニティナースと呼んでいます。
── 具体的な活動は。どうやって日常に溶け込んでいくんですか。
矢田:まずはその地域のことを知り、自然な形で知り合い関係を構築する。そのために、接点の場としての活動拠点をつくります。雲南では古民家を改装して拠点にしたり、地域の郵便局や商店街のお店、ガソリンスタンドなど人が集まる場所と連携したり、ヤクルトのような移動販売業者やガス会社などのメーター計測についていくこともあります。
顔見知りになって、挨拶するようになって、と積み重ねていくと、ふだん醸し出している雰囲気や発する言葉から、「本当に楽しそうだった」とか、「言葉にならないけれどこれが好きそうだ」というような「インサイト」が出てきます。そうしたら必ず本人に確認して、その人にできることややりたいことで扶助してもらう。助け合う関係性をつくっていくんです。生活者の自分として、安寧さや喜びを伴う時間が持てているか、自らの存在意義を実感できているか、人間は無自覚に探しています。
──「自分が必要とされている」と実感することが大切なんですね。
矢田:何かをやりたいという動機があっても言語化できていない人が多い。「やりたいことをやって」と言われて、動ける人はほとんどいません。本人のなかに眠っていた誇りや意義が、ある出番をきっかけに立ち上がってくる。その“面(ツラ)が立つ”瞬間を捉えることが、コミュニティナースの技術の核になっています。
── 面が立つ?
矢田:たとえば、北海道の村で、ある高齢男性の家をコミュニティナースが訪問したとき、玄関に飾ってあるハンチング帽からその方が以前東京でコーヒーショップを経営していたことを知り、「次の集会でコーヒーを淹れてくれませんか」と提案したそうです。張り切ってコーヒー豆を街に仕入れに行って、おいしいコーヒーを振る舞ってくれました。
誰しも「助けてあげる」と言われるよりは、「助けてもらえませんか」と言われたほうが嬉しい。普段から生き生きとやってくれていると、元気がなくなっていたり、「行くのがちょっとつらい」と言い始めたりなど、様子が変わったときにコミュニティ全体で「いつも」との違いに気づけるようにもなるんです。
── どんなふうに広がっていますか。
矢田:直営モデル型とパートナー型のコミュニティナースがいます。直営は今、全国に6カ所。参与している住民数は約10万人です。雲南市でいえば、CNCのチームは5人。扶助の掛け合わせで、3000人くらいと日常的に関わる構造ができています。パートナー型では自治体や企業などがオーナーとなって、3カ月のトレーニングを受けたコミュニティナースたちが、研修で学んだことをもとに各地で展開してくれています。今、オンライン講座などを修了した人を含めると、1400人くらいいます。
── 5人で3000人見るとは驚きです。
矢田:テクノロジーを基盤とした形式知化を進めているのが大きいですね。社内にエンジニアチームがいて、経理や管理の支援はもちろん、情報共有などはAIを活用しているんです。
コミュニティナースがそれぞれの地域のバーチャルオフィスに出社、つまりSlackにログインして、日報でその日に起こったことを書くと、「今日はここでこういう技術を発動していますね。でもこの部分はどうですか」と、網羅的に実行すべき技術と照らし合わせて漏れがあるところをフィードバックしてくれます。もちろん、難しいところは人が集まってケースワークをしますが、それも音声をとってそのままAIに入れて更新されます。現場の情報が毎日溜まり、ほかの現場でやっていることを学習できる仕組みになっています。
「いつも」の共有で様子が変わったとき コミュニティ全体で違いに気づける
1カ月半スーパーで募金活動 集まった賛同の証の100万円
── テクノロジーは相当早い段階から活用を進めたんですか。
矢田:かなり労働集約的な事業なので、利益構造を確立するには簡易化や効率化に人が増える前に着手すべきだと考え、社員が12人の頃にCTOに入ってもらったんです。
── そもそもなぜコミュニティナース
を始めようと思ったんですか。
矢田:父の死がきっかけでした。なぜ医療専門職が多くいるのに、その人たちは病院にいるだけで、私たちが生きているまちのなかに関わる人がいないのか。構造に対して憤りを感じていました。
当時私は27歳で子どもが3人いましたが、まずは島根県立大学の看護の単科大学に入学しました。でも、私が関与したいと思ったのは地域コミュニティです。看護学部では、病気になった人に対する関わりとして学問を活用する実習がほとんどで、ここにいるだけでは足りないと思いました。元気な人の見立て、コミュニティのメカニズムなど人間や人間社会について知りたくて、再度受験して国立の島根大学で公衆衛生やほかの学部の授業を学びました。
── コミュニティナーシングという概念にどのように出合ったんですか。
矢田:看護学科1年次に、コミュニティでの予防や健康づくりについて調べていたときに、タイのヘルスケアボランティア、ヨーロッパではヘルスケアプロバイダーという存在を知ったんですね。国によっては、日本の民生委員のように公的なポジションとして一部の人件費を政府が負担していました。こういう制度があることを知ったことで、国によって何が当たり前かはまったく違う、日本の暮らしの実態にあった「元気なうちから」働きかけのある取り組みが広がっていないのは「仕方ない」と構造的に理解できました。
日本の福祉や医療制度は、①市場を形成するための税の再分配、②その上に成り立つ専門職の存在、③法制度によるルールの整備。この3つの仕組みによって、人々の行動や意識が形づくられてきたんです。それを踏まえ、コミュニティナースも同じ3つに挑戦すればいいと考えました。
── CNCは株式会社として運営されていますが、当初から営利企業として展開しようと考えていたのですか。
矢田:実は雲南市で起業家支援のためのNPOを立ち上げたときに、「NPOなのにお金を取るの?」と言われたんです。NPOのイメージが社会にどう根づいているかを実感し、既存の認識を覆すというアプローチよりも、一般市場で勝負することが前提の株式会社で挑戦しようと決めました。
ただし株式会社である以上、活動の世界観に共鳴してくれる人がいなければ成り立ちません。そこで私は、地元のスーパーの店頭に立ち、1カ月半ほど募金活動を行いました。「こうした取り組みが、皆さんの暮らしのそばにあったらどう感じますか」と問いかけ、賛同の証として100万円を目標にしたんです。その金額が集まり、「未来を楽しみにしてくれる人がいる」と実感し、決意しました。
学生が企画した竹鉄砲づくり(写真左)や、トイレットペーパーの芯を使ったアートづくり(写真右)など、地域の人々の「得意」や「やってみたい」を一緒に叶えるイベントを開催している。
Photo=CNC提供
地域の課題に長期的視点で投資できる「公益経営者」と連携
── 株式会社として、CNCはどのようにマネタイズしているんですか。
矢田:自治体からの業務受託、民間企業からの受託、そしてコミュニティナースの研修事業の3つの柱があります。ただ、従来の医療制度のように国や自治体の財源を活用しようとすると、目的が医療費や介護保険料の削減など「旧来の医療福祉から見た成果」に定義されがち。一方で現場が目指すことはそれにとどまらず、一人ひとりの生きがいや活躍が相互扶助によって増えていくような暮らしです。結果として費用の削減につながったとしても、目的やプロセスが異なります。この実態を共有し、長期的な視点かつオーナー的な立場で取り組んでくれる「公益経営者」と連携することに軸足を移しました。
──「公益経営者」とは、具体的にどのような方たちでしょうか。
矢田:地域を支える存在としての誇りと責任を持ち、経営判断の軸に“社会的な意義”を据える経営者のことを、私たちは「公益経営者」と呼んでいます。地方で家業を継いだ方に多いのですが、重要なのは“何代目”かではなく、“自らがこの地域の未来をつくる1人である”という覚悟と美意識を持っていること。事業の利益だけでなく、人の笑顔や地域の未来など目に見えない価値にも投資し、それをイケてると思って力を貸してくれる経営者たちとの協業が、全国に広がりつつあります。
── どんな企業と協業していますか。
矢田:たとえばヤオコーは埼玉県小川町発祥の小売業で、「私たちのモデルが完成したら全国のスーパーに広げたい」とおっしゃっていますし、北九州市の岡野バルブ製造の社長、岡野武治さんは、多くの公益経営者を紹介してくださいました。明石市の兵庫ヤクルト販売、福岡市の西部ガスなどとも連携しています。大手都市銀行の会長さんが立ち上がってくださって、全国の地方銀行との連携の話も進んでいます。
現在は3年間で10法人との連携を目指し、公益性のある企業だけでなく文化的な法人にも入ってほしいと思っています。コミュニティナースの本質は「お金ではない関わり」なので、営利企業だけで展開すると「結局お金の話か」と受け取られてしまう。文化的な組織と連携することで、バランスが取れると考えています。
1社だけが勝つのではなく、日本の課題解決に向けた価値を集合知として体現し、その関係性自体が「日本人らしい美しさ」だと感じてもらえるような世界をつくりたいと思っています。その実現に向けて、「飛行石戦法」を取ろうとしていまして。
──『天空の城ラピュタ』に出てくる「飛行石」ですか。
矢田:はい。ラストシーンで、空に飛び立つラピュタの中心で光り輝くエメラルドグリーンの飛行石がありますよね。CNCという組織が飛行石のように存在し、「CNCがいるから、私たちも飛べた」と思ってもらえるような状態を目指しています。自分たちだけでこのモデル全体を展開するのではなく、純度の高い技術・哲学・システムを保ちながら、ほかの企業や地域が社会的な事業を展開するきっかけになりたい。
── その純度を守り続けるのが、矢田さんの仕事なんですね。
矢田:そう思っています。皆さんがもっと自由に、軽やかに活動を始められるように。そのために、私たちは常に自分たちの純度を保ち、整えておきたいです。
課題解決への集合知の体現を日本人の美しさとして伝える
Text=入倉由理子 Photo=伊藤 圭

Profile
2008年 父の死をきっかけにコミュニティナースを着想
2014年 島根大学医学部看護学科卒業。コミュニティナーシングの活動開始。地域起業家支援のNPO法人おっちラボ創業
2016年 訪問介護を担う株式会社Community Care 創業
2017年 CNCを設立し、社会実装を本格化