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第7回 教育でトップ、でも職場でストップ 日本のジェンダー格差を乗り越えるには
女子の教育水準は高いが、労働市場に参入すると途端にジェンダー格差が顕在化する。これが平均的なOECD加盟国と比べた日本の特徴だ(表参照)。日本のジェンダー格差の根本原因はどこにあるのか。
経済学では統計的差別による説明がよく用いられる。賃金や昇進の機会などは、働き手の能力に応じて決めるのが合理的だ。しかし、雇い手が働き手の能力をうまく見定められないと、「男性は長く勤務する、女性は早く辞める」といった属性に基づく統計情報に依拠して人事判断をするようになる。2018年に露見した医学部不正入試事件はこの典型例だ*1。統計的差別は経験則に基づく判断として一見「合理的」にみえるために社会的に受容されやすいが、構造的に格差を生み出すという意味で差別には違いない。
差別のさらに厄介なところは、差別を受ける側が期待値の低さを内面化し、格差を再生産してしまうことだ。たとえば、女性のOFF-JTの受講率は正社員・非正社員ともに男性よりも低い*2。また、前述の不正入試事件以降、医学部の女子受験者数は少子化にもかかわらず漸増し、2024年度には初めて5万人を超えた。女子受験生がそれまで自主規制していたことが窺える。
「合理的」に差別をする雇用主に自浄作用を求めるのは現実的ではない。仮に労働者が一念発起して雇用主を訴えても、EU諸国と違って日本の裁判所は統計的差別に合理性があると認めることが少なくない。挙証責任も原告が負うため、立証のハードルは高い。そのため、政策による積極的な取り組みが鍵になる。
2025年度提出の女性活躍推進法改正案には男女賃金格差と女性管理職比率の公表義務を常勤労働者101人以上の企業に拡大することが盛り込まれた。前者は、配偶者の有無や企業内性別役割分業といった要因を十分に加味できていないとの批判もあるが、米英加などで賃金格差縮小に一定の効果を上げている。後者は「ガラスの天井」の可視化で、人事管理の実質的な公平性を計測する指標として有用だ。将来的には、家事・育児の公平負担を促すためにも、男性の育児休暇取得状況の公表義務化も検討すべきだ。
無論、日本のジェンダー格差の是正には職場環境の改善や保育所の整備といったほかの大きな課題に継続的に取り組むことも必要だ。今後は、こうしたジェンダー格差の可視化の取り組みが、企業に人事管理を見直させるナッジとして機能しているかを検証することが求められるだろう。
*掲載内容は個人の見解によるものです。
*1:医学部と受験生の関係は、労働市場における採用企業と就活生のそれと相違ない点につき留意
*2:厚生労働省「能力開発基本調査(令和5年度)」参照
Text=荒木 恵
プロフィール
荒木 恵氏
経済協力開発機構(OECD)にて労働政策・公衆衛生政策を担当するエコノミスト。パリ在住。一橋大学法学部卒業、ジュネーブ国際開発研究大学院(IHEID)国際経済学修士号取得。外資系投資銀行などを経て現職。
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