Global View From Policy World

第6回 現役世代が享受する介護保険制度のメリット 介護離職を防ぐという観点も財政議論には必要

2025年04月15日

各国の週6時間の訪問介護にかかる費用グラフ出所:OECD (2024) Is Care Affordable for Older People?

財務省が2024年11月29日に開催した財政制度等審議会で、高齢化を背景に介護保険制度の報酬の合理化・適正化などの推進が建議された。

公的介護の財政負担は先進国共通の課題だ。OECDが集計している国民保健計算の体系(SHA)によると、OECDの加盟国は平均して介護にかかる費用のおよそ8割を負担している。これは相応の財政負担がなければ、公的介護を満足に利用できない高齢者が多いからである。

筆者も執筆に携わり2024年10月に公表されたOECDの報告書では、介護にかかるコスト、そのうち公的給付でカバーされる分、高齢者の自己負担分を試算した。上図は、要介護度が軽度(日本基準ではおよそ要介護1)、所得水準は中位、保有資産はゼロの独居高齢者が介護サービスを受ける場合を表している。横軸は65歳以上人口の中位所得と比べた割合を表す。日本では、公的支援なしの場合、要介護1程度でも自身の所得の半分以上を支払う必要がある高齢者がおよそ過半数いるという結果になった。

一昔前に高齢者の介護を担ったのは、もっぱら家族内の女性だった。家族介護は一見「タダ」だ。しかし、これが労働参加の抑制を伴うと経済コストは「タダ」ではなくなる。南カリフォルニア大学(USC)とOECDとの共同研究では、介護離職によるGDPへの損害はヨーロッパでは約0.4〜0.5%にも上ることがわかった。

日本で介護保険制度が施行されてから2024年までの女性の就業率は、47.1%から54.2%に伸びた。この上昇分のすべてではないにしろ、介護保険制度が女性の労働参加を促したことは明らかにされている(*1)。介護保険制度の利用者は基本的に高齢者だが、(特に女性の)現役世代の継続雇用を可能にしているという点で、その恩恵は現役世代にこそあるといえる。

興味深いことに、USCとの共同研究では介護制度が充実している北欧では、親が要介護状態になっても介護離職は増えていなかった。また、スウェーデンが2002年に介護費用の自己負担額を規制した影響を分析した研究では、介護制度を利用しやすくしたことで現役世代が働き続けることが可能になり、結果として2010年頃には累積の財政負担増分を上回る税収増があったことが示された(*2)。介護保険財政の健全化が必要なのは論を俟たない。しかし、現役世代への影響を考慮せずに議論すれば、経済全体としての最適解にはならないだろう。

*掲載内容は個人の見解によるものです。

*1:Sugawara, S., Nakamura, J., (2014). "Can formal elderly care stimulate female labor supply?
The Japanese experience." Journal of Japanese and International Economies. (34), 98-115.
*2:Massner, P., Wikström, J., (2024). "Should Elder Care Be Subsidized? Theory and Evidence from Sweden."

Text=荒木 恵

プロフィール

荒木 恵氏

Araki Satoshi
経済協力開発機構(OECD)にて労働政策・公衆衛生政策を担当するエコノミスト。パリ在住。一橋大学法学部卒業、ジュネーブ国際開発研究大学院(IHEID)国際経済学修士号取得。外資系投資銀行などを経て現職。

Reporter