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『ブラックベリー』に学ぶイノベーションのメカニズム

2026年06月29日

映画『ブラックベリー』の情報

2000年代半ば、スマートフォンの原型といえる携帯電話「ブラックベリー」は、その斬新さで北米の市場を席巻した。開発したのはカナダの若者によるガレッジベンチャーだったリサーチ・イン・モーション(RIM)。映画『ブラックベリー』はその急激な成長過程と「iPhone」登場に伴う凋落を描いている。天才開発者と剛腕ビジネスパーソンが手を組み、実現したこの歴史的イノベーションから私たちは何を学ぶことができるだろうか。

『ブラックベリー』の主要な登場人物は3人。RIMの創業者であるマイク・ラザリディス(ジェイ・バルチェル)とダグラス・フレギン(マット・ジョンソン)、そして、後から共同CEOとして経営に参画した凄腕のビジネスパーソンであるジム・バルシリー(グレン・ハワートン)です。それぞれの性格などは大幅な脚色もあるとされていますが、登場する社名や人名はすべて実在の企業・人物そのままです。

開発の中心を担うのは天才開発者であるマイク。しかし、マイクは典型的なオタクタイプのエンジニアで営業センスは皆無です。親友のダグは映画好きのオタク開発者集団を盛り上げるムードメーカーでしたが、この2人だけではスマートフォンの原型といえる画期的なアイデアをビジネスに展開することができませんでした。

しかし、ジムの参画で風向きは変わります。ジムはサークルノリの社員たちを怒鳴りつけて叱咤し、準備も整わない段階で強引に営業をかけます。「完璧は善の敵だ」というジムと、「妥協こそ人類の敵だ」とするマイクは対立もしますが、結局はジムの剛腕が会社を引っ張り、大手通信キャリアであるベライゾンとの契約に至ります。その後、新製品ブラックベリーは北米の携帯電話市場を席巻し、RIMは急成長します。

開発に取り組むマイクとダグのイラスト「明日のプレゼンまでにプロトタイプを作れ」とジムに無茶振りされ、必死に開発に取り組むマイクとダグ。修羅場ではあるが、開発に没頭する彼らはどこか生き生きとして見える。

この作品では、MBAコースの教科書に採用したくなるほど典型的なイノベーションがリアルに描かれています。その1つが「顧客の創造」です。ピーター・ドラッカーは『マネジメント』で「企業の目的は顧客の創造である」と定義しました。まだ誰も見たことがない、欲しいとも思っていない革新的なものを生み出すことによって、そこに新たにニーズが生まれ、新たに市場が生まれる。マイクとジムはこれを実現しました。携帯電話でメールの送受信を可能にし、両手の親指で端末のキーボードをクリックする新たなスタイルを生み出したのです。顕在化しているニーズに合わせるのではなく、顧客のまだ言語化できていないモヤモヤした欲求を形にできたことが彼らの成功の大きな要因です。

また、業界内でマインドブロック(無意識の思い込みで「どうせできない」と行動を制限すること)となっていた技術的な障壁を乗り越えたことも成功要因です。当時のネットワーク技術では、メール受信の同時接続はせいぜい10台程度が限界でした。しかし、マイクは自社の巨大コンピュータをサーバーとする画期的な方法により、50万台の同時接続を可能にしました。

では、なぜマイクはこのマインドブロックを乗り越えられたのか。それには、初期RIMのオタク集団的な組織風土が影響していると考えられます。固定化した考え方に反発し、おもしろがっていろいろと試しているうちに偶発的に打開策を発見する。反逆精神があり、自由を重んじるいわばヒッピー的な文化のある組織ではこのようなブレイクスルーが起こり得るのです。

その組織風土を象徴するのが、仕事を切り上げ、全員でワイワイやりながらオフィスで映画を楽しむ「ムービーナイト」です。遊びと仕事の境目がない自由さが初期RIMの原動力でした。


スティーブ・ジョブスのプレゼンに見入るマイクとダグのイラストスティーブ・ジョブズによるiPhone発表のプレゼンに見入るマイクとダグ。優れた開発者だからこそ、iPhoneの革新性とブラックベリーの危機を直感的に理解した。

このヒッピー的なカルチャーと企業的な効率性がうまく融合できれば理想的ですが、現実的には難しいことも事実です。RIM(2013年からはブラックベリーに社名変更)も成功とともに「企業化」し、初期の自由さは失われていきました。映画の中盤では、マイクはオタク開発者から経営者へとキャラクターをシフトし、髪形や服装もガラッと変わります。


彼らの凋落もまさに教科書通りでした。「イノベーションのジレンマ」に陥ったのです。新たなイノベーションであるiPhoneの登場にマイクは焦りますが、自らが生み出した親指クリックへのこだわりを捨てることができませんでした。その結果、ブラックベリーは「iPhone以前の端末」となり、競争に敗れたのです。

Text=伊藤敬太郎 Illustration=信濃八太郎 Photo=平山 諭

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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