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『フロントライン』に学ぶ "真のプロフェッショナル"に必要な条件

2026年04月28日

映画『フロントライン』の情報

2020年2月、横浜港に入港した豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスへの集団感染が発生した。この緊急事態に横浜市から最前線での対応を依頼されたのは災害派遣医療チームDMAT。感染症の専門家集団ではないDMATはこの未知のウイルスにどのように挑んだのか。事実に基づく映画『フロントライン』はその姿を克明に描く。そこで浮かび上がってきたのはプロフェッショナルの本質だった──。

『フロントライン』にはさまざまなエキスパートが登場します(本記事の主テーマである真のプロフェッショナルと区別するため、ここではあえてエキスパートと表現します)。DMATのメンバー、厚生労働省の官僚、検疫官、船の乗務員、報道番組のディレクターなどです。

上記の面々は、みな自らの職務を忠実に遂行しようとしている点では共通しています。そのために必要な能力も備えている。そして、それぞれが職務を忠実に遂行しようとするからこそ、数々の衝突が起こります。エキスパートごとに最優先する事項や土台にある価値観が違うからです。

そんなこの作品を通して、私は「真のプロフェッショナルとは何か」を改めて考えさせられました。このテーマに関して、私は大学院のゼミでの議論を経て以下のように定義しています。

  1. 高度な教育訓練を受け、高度な専門知識・技術を有する。
  2. 常に職務遂行能力の向上のために学び続ける。
  3. 特定の専門家コミュニティに属し、厳格な職業倫理に従い職務を遂行する。
  4. 自律的な自己管理を行い主体的に意思決定する。
  5. 自利利他の精神を有する。
  6. 最先端の課題に挑戦し続ける。
  7. 職務に対する高い誇りと職業的使命感を有し、金銭的な報酬よりも仕事の内容やそのパフォーマンスに強い関心を寄せる。
  8. 自らの高度に洗練されたwell-beingを追求する。 

私はこのすべてを満たす人こそが真のプロフェッショナルだと考えています。

一般的には、(1)(2)(3)あたりを満たしていればプロフェッショナルと呼ばれることが多いでしょう。しかし、それでは不十分です。なぜか。先ほど述べたように、問題解決にあたって、(4)(5)などが不十分だと(3)による衝突が起きるからです。

映画「フロントライン」の作品内ストーリーイメージイラスト 搬送先の病院にて。弟が陽性、兄が陰性の外国人の幼い兄弟は隔離が原則だったが、「死んでもいいから弟と一緒にいたい」という兄の言葉を聞いた立松は、同じ病棟で過ごすことを許可する。その後、立松は、(4)の主体的判断から逃げて、少年に結論を委ねた自分を責めた。

作品の序盤で象徴的なシーンがあります。乗客・乗員の早期下船が課題となっている状況で、厚生労働省の立松(松坂桃李)は、病院の受け入れの手続きに時間を要する旨をDMAT指揮官の結城(小栗旬)に告げます。官僚が法律を破るわけにはいかないからです。これに結城は「あんた本気で言ってんのか?(中略)ルールを破れないなら変えちゃうことはできないのか」と反論します。翌日、立松は結城の提案を一部採用することにし、さらに手続きが済んだと病院に嘘をつき、受け入れ体制整備を進めました。そう、立松はこのとき、官僚としての職業倫理を乗り越え、プロフェッショナルとして(4)の主体的な意思決定をしたのです。「僕だって人の役に立ちたくて役人になったんですよ、これでも」という立松のセリフは、本作の1つの白眉です。

(1)(3)に固執するエキスパートは、いわゆる「専門バカ」に陥りがちです。象徴的なのは2時間だけ乗船して現場の問題点を告発した感染症の専門医六合(ろくごう)医師(吹越満)です。彼の告発は感染症の専門家として一面では正しかったのかもしれませんが、問題解決には貢献できず、現場の足を引っ張るだけでした。

映画「フロントライン」の一場面のイメージイラスト 自身のwell-beingを追求することもプロフェッショナルの条件。DMATのメンバーは使命感をもって危険な現場で働きながら、自らの命や自宅で待つ家族の安全を守ることも常に意識していた。

「人命を救う」という、より高次の価値を見極め、そのために行動し続けた結城、仙道(窪塚洋介)などのDMATメンバーは真のプロフェッショナルでした。しかし、彼らとて最初からすべての条件を満たしていたわけではありません。彼らには、東日本大震災の災害対応に参加した際、放射能汚染の危険回避を最優先する方針の下、高齢者施設の入所者に長時間のバス移動を強いて、そのために数名の命を落としてしまった苦い経験があります。彼らも、未知の課題への挑戦を繰り返し、痛い目に遭いながら、多くの葛藤を経て真のプロフェッショナルになっていったのです。

この映画で1つだけ残念だったのは、ステレオタイプな悪役となっているテレビの報道番組プロデューサーの描かれ方です。テレビの制作現場にいた経験がある私に言わせれば、多くの報道関係者にも、業界内・会社内の価値観と、より本来的な使命感との間の葛藤があったはずなのですから。


Text=伊藤敬太郎 Illustration=信濃八太郎 Photo=平山 諭

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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