人事は映画が教えてくれる

『ラストマイル』で描かれる 効率主義の徹底がもたらす人間疎外

2025年12月18日

映画『フリーダム・ライターズ』の情報世界規模のECサイト・デイリーファストから発送された荷物が届け先で爆発する事件が起きた。時は流通業界最大のイベントであるブラックフライデー前夜。爆発はその後も続き、日本中が恐怖に陥る。爆発した荷物の発送元はすべて西武蔵野ロジスティクスセンター。犯人はセンター内にいるのか、それとも──?

映画『ラストマイル』は、この事件の謎に迫るサスペンスを軸に展開しつつ、効率化が進んだ物流業界の現実をも浮き彫りにしていく。

『ラストマイル』の主要な舞台であるデイリーファスト西武蔵野ロジスティクスセンターの延床面積は200万平方メートル。この広大なスペースにベルトコンベアが張り巡らされ、大量の非正規労働者が機械の一部のように黙々と荷物のピッキング業務に携わっています。一方、それを管理する社員はごくわずか。作品中には、赴任したばかりのセンター長、舟渡エレナ(満島ひかり)と部下の梨本孔(岡田将生)が登場するのみです。
 
1日で扱う荷物は約3億個。徹底的に集約化・効率化が進んだこのシステムがもしストップすることがあれば、莫大な損失が生まれます。稼働率70%以上を維持することはこの職場において絶対的なルールであり、それは管理する社員にとって多大なプレッシャーとなります。
 
作品中では、ラストマイル(届け先までの最後の1マイル)を支える現場の配送業者の苦労も描かれます。委託ドライバーの親子が、1日に荷物200個を運び、月に50万円稼いだ“やっちゃん”の思い出話をするシーンがあります。父親は「お前も見習え」と息子にハッパをかけますが、息子は「今はそれだけ働いても稼ぎは半分。それに結局やっちゃんは死んじゃったじゃないか」と反論します。効率化・低コスト化のしわ寄せは現場の彼らに行っているのです。彼らがどれだけ「日本の物流は自分たちが支えている」という誇りをもって仕事をし、工夫や努力を重ねても、そのプラスアルファが金銭的に報われることはありません。
 
もちろん、企業が利益を追求する存在である以上、効率化を推し進めること自体は否定できません。では、デイリーファストの問題点は何か。それは、人間がシステムに従属させられていることにあります。現場のアイデアや工夫がシステムに影響を与えることは一切なく、目標達成のために粛々とシステムに従って働くことだけが求められる。究極のゲゼルシャフト(利益や機能で結びついた集団)です。効率主義の先にある人間疎外がこの映画ではまざまざと描かれています。

生徒の一人、マーカスのイラスト住民が不在で荷物を持ち帰る配送業者の親子。報われない徒労が繰り返され、心が削られていく。

では、そんな職場で人はどのように働くことができるのでしょうか。1つの典型例が孔です。「日本の悪いところを集約したような会社」に嫌気がさし、転職してきた彼にとって、デイリーファストは希望に適う職場でした。ウェットな人間関係の下で過剰な仕事を押し付けられることもなく、結果さえ出していれば働き方も自由。給与も恐らく悪くなく、何ら不満はありません。しかし、同時に働く喜びもありません。孔は仕事を通じた成長も、仕事のやりがいも求めません。いわば「静かなる退職」に近い状態です。

孔のような「情熱なき優等生」といえる働き方は日本では批判的に見られることが多いですが、私は彼が間違っているとは思いません。与えられた役割はきっちりこなしているからです。報酬や昇進・昇格で報いることなく、プラスアルファの頑張りを当然のように求める日本的経営は、孔が逃げ出したように今や成り立ちません。


生徒たちの日記に目を通すエリンのイラスト休むことなく粛々と稼働するシステムを見下ろすエレナと孔。大勢の人が働いているはずなのに話し声は聞こえず、寒々しい空気が漂う。

しかし、「情熱なき優等生」が集う組織は個人の成長は期待できず、組織の活力が失われるのも事実。そこでポイントになるのは、プラスアルファの頑張りのとらえ方です。与えられた役割以上の頑張りは個人が自分のためにする成長への投資。デイリーファストに必要なのは、成長への動機付けにつながる「何か」なのです。

さらにいえば、組織に本当に必要なのは「真面目な不良」です。物事の本質に目を向け、与えられた役割をはみ出して現状の問題点を告発・改革する存在こそが組織にイノベーションをもたらします。エレナは物語の後半に向け、事件の真相に迫り、配送業者の現状を理解するなかで、「真面目な不良」になろうとしたように見えました。しかし、結局は退職の道を選びます。果たして、この先デイリーファストに「真面目な不良」は現れるのでしょうか。


Text=伊藤敬太郎 Illustration=信濃八太郎 Photo=平山 諭

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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