人事は映画が教えてくれる
『教皇選挙』に学ぶ “疑念”に基づくマネジメント

カトリック教会の最高指導者であるローマ教皇を選出するコンクラーベ(教皇選挙)。映画『教皇選挙』は、投票権をもつ枢機卿がバチカン市国のシスティーナ礼拝堂に集まり、外部と隔絶された環境のなかで執り行われるこの厳粛な選挙の模様を描いた作品だ。カトリックの伝統を重んじる保守派と多様性を尊重するリベラル派が対立するなか、枢機卿たちの思惑が錯綜し、選挙は紛糾する。この作品が私たちに示唆することとは──?
カトリック教会の使徒は全世界で約14億人に上ります。その最高指導者であるローマ教皇を選出するコンクラーベは、世界中から多大な注目を集める一大イベントです。投票が外部の情報に左右されてはならず、途中経過が外部に漏れることも許されないため、情報統制は極めて厳密です。システィーナ礼拝堂に集まった枢機卿たちは、選挙が始まると外部との通信や接触を完全に禁じられ、ドアや窓は完全に閉じられるのはもちろん、通信機器の電波も技術的にシャットアウトされます。
そして、何より特徴的なのは、誰かが投票者全体の3分の2の票を得るまで、候補者全員を対象として投票が繰り返されるそのシステムです。トップを投票で選出する場合、日本の政党の首班指名選挙などがそうであるように、1回目の投票の後は、上位の票を得た候補者に絞って決選投票に入るのが一般的です。「決めること」を最重要事項とするなら、その方法が効率的だからです。
しかし、コンクラーベは効率を優先しません。最後まで、有権者に「ローマ教皇にふさわしいのは誰か」を一から考え抜くことを強いるのです。「とりあえず今回はこの人でいいか」という選択が許されないこの選挙制度は非常に示唆的です。私たちがトップを選ぶ際、そのまま同じようなシステムを導入することはできなくても、決めることを最優先にしないコンクラーベの精神は参考にすべきところがあるのではないでしょうか。
そのようなシステムを採用していることもあり、『教皇選挙』で描かれるコンクラーベは混迷を極めます。有力な候補は、多様性を重んじるリベラル派のベリーニ(スタンリー・トゥッチ)、伝統的カトリック教会への回帰を主張する超保守派のテデスコ(セルジオ・カステリット)など。裏側でスキャンダルの曝露や買収によるせめぎ合いが行われるなか、選挙を取り仕切る首席枢機卿ローレンス(レイフ・ファインズ)は終始苦悩します。しかし、ローレンスには、この混沌とした状況に左右されることのない強い思いがありました。

そのローレンスの思いが吐露されるのが、選挙に先立って行われるミサでの説教です。私はこのシーンこそ作品の白眉であると思います。
「私は長年教会にお仕えしてきて、何より恐れるようになった罪が1つあります。“確信”です。確信は一致を阻む敵であり、寛容の大敵でもあります。(中略)信仰は生き物です。疑念と手を取り合い歩むものです。もし確信だけで疑念を抱かねば、不可解なことは消え、信仰は必要なくなる。求めるのは疑念を抱く教皇です」
これはまさしくマネジメントの本質でもあります。私は、この説教を聞いて、大学院時代の恩師から聞いた「いいか野田、マネジメントとは矛盾の解消なんだよ」という言葉を思い出しました。
コンクラーベの開幕を告げるミサの冒頭、ローレンスは定型的な説教を始めるが、「つまらんな」と自ら中断し、自分自身の思いを語り始める。
もし、ある組織が1つの確信で統一されているならマネジメントなど不要です。そこには何の矛盾もないのですから。しかし、確信の先には妄信があり、その先には排他があります。ですから、ひとたび組織内で“確信”対“確信”の対立が起きると、お互いの正義をぶつけ合い、相手を否定・排除することに終始します。その結果として、新しいものは何も生まれず、生き物としての組織は歩みを止め、硬直化してしまいます。
さまざまな矛盾や対立を孕む多様性を受け入れた組織が、正と反の対立から合を生み出し、前へ進もうとするなら、トップが“健全な懐疑心”をもってマネジメントすることが不可欠です。そして、この映画で描かれるローレンスの苦悩を見れば明らかなように、疑念に基づくマネジメントは苦しい。「これが正解なんだ」と確信に逃げれば楽でしょうが、そうなれば組織にイノベーションは起きません。
ローレンスの疑念に基づくマネジメントは、確信に基づく候補者たちから多くの反発を受けます。しかし、粘り強く対話を続けることで、選挙に新たな流れを生み出し、教会の未来につながる前代未聞の結末を迎えることになるのです。
Text=伊藤敬太郎 Illustration=信濃八太郎 Photo=平山 諭
野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。
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