著者と読み直す

『過疎ビジネス』 横山 勲

国見町で起きたことは『お任せ民主主義』の結果であり、 氷山の一角

2025年12月18日

『過疎ビジネス』 横山 勲

『ケアと編集』書影2022年、福島県の小さな町で、企業版ふるさと納税を財源とする「地方創生事業」が始まろうとしていた。内容に疑問を感じた「河北新報」の記者は、地道な取材を開始。浮かび上がってきたのは、住民そっちのけでコンサル企業と民間企業が公金を食い物にする「過疎ビジネス」の実態だった。重要施策を外部に丸投げする役所、機能不全の議会、住民の無関心。多くの自治体に共通する「地方創生」の危機に警鐘を鳴らす。「コンサル栄えて国滅ぶ。」という帯文も強烈だ。(集英社刊)

生活に困窮する人の弱みにつけ込み、不当な利益をむさぼる事業を「貧困ビジネス」と呼ぶのなら、人口減少に悩む自治体に地方創生の夢を語って近づき、公金を食い物にする事業は「過疎ビジネス」。タイトルはそんな発想から生まれたという。著者は宮城県に本社を置く「河北新報」の記者。プロローグは「ああ、頭に血が上る」という一文から始まる。原因は、自身が入手した録音データ。過疎ビジネスの仕掛け人のコンサルタントが「(狙うのは)誰も気にしない自治体」「(財政力が乏しい自治体の職員は)ぶっちゃけバカ」「(地方議員は)雑魚」などと言い放っていた。この決定的証拠を入手するまでのスリリングな取材過程が、本書の前半だ。

「熱血漢のベテラン記者」を想像していた。だが、目の前の横山勲さんは穏やかな空気感をまとった30代。「よく勘違いされるんですが、ジャーナリズムとか調査報道に情熱を持っているわけではないんです」と頭をかく。でも、「一旦ハマるとしつこいタイプ」ではあるらしい。

本書が描く「過疎ビジネス」の舞台は、福島県北部に位置する人口約8000人の国見町。2022年、町では官民共創コンソーシアムという組織が作られ、コンサルティング会社「ワンテーブル」がその事務局を受託する。当時の社長(報道後に辞任)は、総務省所管の「地域力創造アドバイザー」の肩書きを武器に、さまざまな自治体に食い込んでいた。やがて町では、企業版ふるさと納税による寄付金を財源に、高規格救急車を12台購入し、自分の町では使わずほかの自治体にリースするという不可解な事業が始まる。匿名で4億円超を寄付したのは、IT大手のDMM.com(以下、DMM)と関連2社。事業の委託先は、公募に1社のみ応じたワンテーブル。救急車の製造はDMMの子会社、ベルリングが受注した。

コンサルと企業が利益を囲い込み

企業版ふるさと納税では、企業は寄付金の最大9割を税額控除できる。つまり、DMMは寄付金の大部分を後から回収でき、子会社は救急車製造で利益を得られる。ワンテーブルには国見町からのコンサルフィーと、救急車のリース事業による儲けが入る。これは町民そっちのけの3社による利益囲い込みではないか。追及の決定打となったのは録音データ。コンサルタントは「(企業版ふるさと納税は)超絶いいマネーロンダリング」と言い切っていた。横山さんは粘り強い取材で、ワンテーブルが公正であるべき町の公募プロセスを歪めていたことまで突き止める。

横山さんの真骨頂は、駆け出しの頃の裁判取材で叩き込まれた緻密な論拠の積み上げ方だ。「法曹界の方々にお世話になったのですが、忘れられないのは大阪市立大の教授に言われた一言です。3時間にわたり私の質問に答えてくださった最後に『これが本質、核心だと思ったら、握りしめて離さないことが大事。君にはそういう記者になってほしい』と。今回も、民事裁判の場面を想像して、原告・被告はどんな主張をするのか、当事者の立場になりきってシミュレーションし、被告側の主張を最大限酌んだとして、第三者の裁判長が客観的に『ここだけはおかしい』と考える核心はどこか、考え抜きました」

健全な地方自治を取り戻す

横山さんは、国見町で起きたことは「お任せ民主主義」の結果であり、氷山の一角だと語る。企業の寄付であろうと「公金」=住民の財産であるはずなのに、その意識を持たない自治体。チェック機能を果たせない議会。無関心な住民。ほかの自治体にも共通する根深い問題だからこそ、横山さんは国の規制強化や警察に頼るのではなく、健全な地方自治を取り戻すことで、町が問題を解決することを願っていた。

実際、報道を受けて「雑魚」とコケにされた国見町議会の議員たちは百条委員会を立ち上げ、町の責任を追及。責任逃れに終始していた当時の町長は次の選挙で落選した。本書の後半では、メディアの役割にも言及した。

「コンサルタントは『誰も気にしない自治体』を狙うと言いましたが、『誰も』にはメディアも含まれていた。特に地方新聞は『雑魚』と見なされていたんじゃないかと。でも今回、頑張っていれば見てくれている人はいると実感しました。報道を見て、身元が割れるリスクを恐れず情報提供してくれる人が次々と現れましたし、東洋経済新報社や全国紙がメディアの垣根を越えて取り上げてくれたことで、光が当たった」

本書の出版後、「自分の住んでいる地域の新聞をとろうと思う」という声が寄せられたことが、何より嬉しかったと横山さん。思えば今回の報道も、住民からの「町役場がおかしくなっている」というタレコミがきっかけだった。「住民の疑問に丹念に耳を傾ける。そういう仕事をこれからもしていきたいと思います」

白石正明氏の写真Yokoyama Tsutomu
河北新報編集部記者。青森県生まれ。自ら中心となって取材し、本書のベースとなった「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は「第29回新聞労連ジャーナリズム大賞」「第5回調査報道大賞・優秀賞」を受賞、個人として「第73回菊池寛賞」を受賞した。本書の執筆にあたっては、ニーチェの『善悪の彼岸』を読み直したという。

Text=石臥薫子 Photo= 今村拓馬