【対談】人口減少社会が生みだす新たなステークホルダー

2025年09月12日

山崎史郎氏と古屋星斗

深刻な「人口減少社会」に直面する日本。子育て支援や少子化対策は国の最優先課題に浮上したものの、「令和の転換点」を超え、ついに労働市場への影響が働き手の深刻な不足として顕在化し始めた。「女性の社会進出」や「共働き」への向き合い方が問われたのは1980年代にさかのぼるが、育児・雇用環境の整備や支援が十分ではなかったのではないかという観点に立脚し、社会保障や少子化対策の抜本改革に挑んでいるのが、元厚労官僚で内閣官房参与の山崎史郎氏だ。リクルートワークス研究所の古屋星斗主任研究員と山崎氏の対談を通じ、「令和の転換点」後の社会を持続可能にするための突破口を模索する。

人口減少が招く「分断」

山崎史郎氏

古屋:日本が直面する少子高齢化と人口減少に起因する社会構造の変化は、「前例がない」という意味で、「最後のチャンス」というよりも「最初のチャンス」と捉えるべきだと考えています。現在進行中の事態は、令和の時代における日本社会の新たな挑戦と機会を示唆しているという認識です。

山崎:人口減少は、日本社会が初めて直面する事態であることは間違いありません。まず念頭に置くべきは、人口は若年層から減っていくということで、そうなると、最初に顕在化するのが労働力の不足です。これまで日本の経済社会システムは「労働力は潤沢にある」という前提で設計されてきたと言えますが、これからはそれを全面的に見直していく必要があります。そして、若者の流出・減少は地方で先行しているため、ローカル産業の経営者が人口減少の深刻さに最初に気づく重要な存在であると言えます。日本経済は相当な部分が内需で支えられており、地方経済の存在は大きく、それを支えているのは中小・中堅企業です。日本経済の安定のためには、地域経済の行く末にしっかりとした見通しを立てていくことが肝要です。一方で、東京圏を中心とする都市部に住む人と地方に住む人の間に危機感など認識のギャップが目立っていることを懸念しています。特に地方自治体の間で、地方財政をめぐる意見対立が目立っています。

古屋:若手の労働力不足は地方ほど切実です。全国各地の中小企業の経営者から話を聞くと、危機感がひしひしと伝わります。一方で、そうした危機感を梃子にさまざまな工夫や知恵も生まれていますが、まだまだ全国で共有されているとは言えません。政策面でも少子化対策や教育無償化などをめぐって、都市部と地方で利害の不一致も顕在化していますね。

山崎:都市部は生活物資や労働力を提供するヒンターランド(後背地)があってこそ、その活力を維持し発展できます。にもかかわらず、地方の疲弊になかなか関心が及ばない。その結果、どうしても人口減少問題に対する危機意識に分断やギャップが生じてしまいます。危機に直面している地方の切実さを都市部も共有し、日本全体の問題として受け止められるかどうかですね。まさに地域間の意識格差の解消が求められています。

古屋:人口減少が招く分断はほかにもありますか。

山崎:世代間の意識の分断、ギャップの問題もあります。これから顕在化するのは、生まれた時代によって全く異なる社会環境の中で生きていくという「コーホート世代間格差」です。このまま推移すると、人口減少の進行に伴って撤退やリストラを繰り返すような状態が続き、その中で企業や個人がこれまで以上にフラストレーションを抱えていくおそれがあります。そうすると、特に若年世代の間で、「どうしてこんな社会をつくったんだ」というような先行世代への不満や反感が高まるのではないかと指摘されています。一方で、シニア層において「逃げ切り世代」のような意識が広がると、社会全体の分断やギャップが深刻化していきます。当然ながら、年齢を重ねるほど未来の世代に対する責任があるのですが、それを皆が自覚し、共有することが最も重要な課題となりますね。

「ローカルの先進化」が社会変革の起爆剤に

古屋星斗

古屋:「少子化に歯止めをかける」という強い意思を背景に、全世代型社会保障構築本部(全社本部)が内閣官房に設置され、介護保険の創設に携わるなど「社会保障問題のプロ」である山崎さんが事務局長に就任された、と伺っています。

山崎:全社本部として最初に取り組んだのが、子育て支援の抜本的な強化です。日本は欧州の福祉先進国と比べると、子育て支援などに充てられる「家族関係社会支出」はいまだにOECD平均より低く、立ち遅れていることは否めません。政府はこの問題に正面から取り組み、キャッチアップの道筋をつくることができたと思います。今後もこの子育て支援の強化プランをしっかりと進めていくことが大事です。

一方、直近の厚生労働省の人口動態統計で、2024年に生まれた日本人の出生数は68万6061人で過去最少を更新し、女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率も1.15と過去最低になりました。現下の少子化の流れを変えていくには、子育て支援だけでは不十分で、若者や女性の経済雇用環境そのものを変えることにも取り組む必要があります。子育て支援対策が「第一ステージ」とすると、経済雇用対策は「第二ステージ」として位置づけられます。この働き方改革のような取り組みは、どちらかというと少子化を受け止める“受動的”な政策ではなく、持続可能性のある本来の社会の姿に変えていくという点で“能動的”な政策だとも言えます。

古屋:足もとで進む人材獲得競争に起因する若年層の賃金上昇の動きも、雇用環境そのものを変えうるのではないかと考えています。子育て・若者世代が将来展望を持つことができれば、未婚率の低下や少子化対策にもつながるはずです。構造的な賃上げによって国民所得の持続的な向上がもたらされれば、社会保障制度の持続可能性を図るメリットもあります。

山崎:そうした経済雇用政策の進展とともに、「第三ステージ」とも言える教育や文化、価値観も含む社会全体の意識を変えていく取り組みも重要となっていきます。少子化対策で求められているのは、結局、若者や女性の意識にどれだけ寄り添えるかですが、そのためには、私たち先行世代がつくり上げてきた、雇用の仕組みや社会意識の変革を進めていくことが求められています。

私は、人口問題をよく駅伝にたとえます。第一走者がしっかり走ってタスキを継がないと、第二走者のスタートが遅れ、不利な状況を強いられます。後継走者になるほど、先行走者の努力の蓄積によって有利・不利が固定されます。タスキをつなぐように社会をどうつないでいくか。現役世代はいわば第一走者です。将来世代も今の私たちの行動を見守っているという気持ちで、課題解決に向き合う必要があります。社会変革が起きるとき、社会全体は一斉に動くのではなく、まさに「カナリア」のような強い危機意識を持つ人たちが先導していくのが常です。この危機意識もつないでいかなければなりません。

古屋:文化や価値観も含めた社会全体のメカニズムは急に変わるものではなく、ゆっくり変えていくことが重要ですね。そのために、意識から行動につながる危機感をどれだけ社会で共有できるかがカギだというわけですね。

山崎:そういう意味では、民間企業の経営者が先導役になるのではないかと考えています。少子化対策の必要性を最も痛切に感じているのは、労働力不足の危機感を募らせている経営者の皆さんですから。例えば育児に関しては、これまでは子育てをしている当事者が窮状を訴えてきましたが、今後は、子育て期の社員を抱える企業が声を上げ、実際にシステムを変えていく局面になってほしいと願っています。深刻な働き手不足にある地方でその動きが加速すれば、社会全体の地殻変動が起きる可能性があります。

古屋:そうした変化の胎動は私も実感しています。実際、少子化を解決する手立てについて地域の経営者の皆さんに尋ねると、ほぼ全ての経営者が賃金アップと長時間労働をなくすことだと答えます。これはつまり、最も切実に人手不足の危機に直面している地方の経営者が若手の賃金を上げたり、女性の採用を増やしたり、継続的に働きやすいシステムを率先して構築していく、「ローカルの先進化」が社会変革の起爆剤になりうることを意味していると思います。これはある意味、受益者負担の原理の拡大とも言えるかもしれません。若手の労働環境を良くすることが少子化問題だけでなく、企業の経営課題の解消にも直結しているわけですから。「令和の転換点」が、人口減少問題につながるステークホルダーを、子育て世代以外にも広げたということです。

山崎:少なくとも万策尽きたと諦めるような段階では全くありません。まだ対応可能な段階にあります。危機の現実に早く気づき、行動を変える人が増えれば増えるほど解決につながります。

「女性はいずれ家庭に戻る」という刷り込み

対談風景
古屋:
共働きが前提の社会に移行した今、女性だけでなく男性の働き方も変えていく必要がありますね。

山崎:本格的に女性就労が始まったのは1980年代からです。そうした社会的な変化を踏まえて、女性が働きながら子育てできる労働慣行と子育て支援策の整備が優先課題であることを、国や社会全体がしっかり受け止め、改革に取り組んでいたならば今とは異なる状況が表れていたはずです。当時を振り返れば、女性の社会進出の動きを「社会構造の変化」と認識していた国と、「景気の問題」だと受け止めた国で分かれていました。日本は後者に属するのですが、当時は景気が回復して企業業績が戻れば、つまり、家計を支える夫の雇用状況が回復すれば、女性たちは家庭に戻るという、いわば刷り込みがあったとも言えます。そして、そうした国では出生率が低下し続けたのに対して、前者に属するスウェーデンなどでは出生率は回復しました。

古屋:労働市場の変化をめぐる話題で必ず出てくる議論ですよね、景気循環か社会構造か。数年前に労働供給制約の話をした際にも、「今の人手不足は景気が良いからだ」と「構造的な人手不足でまさに供給制約だ」、この2つの反応に分かれたことを思い出しました。その議論についてぜひ伺いたいです。

山崎:90年代になって女性就労が加速し、90年代後半からの経済不況時には非正規雇用が広がり、その大半を女性が占めました。このとき政府は公共投資を中心とする景気刺激策で対応しました。先述のように、景気が回復すれば女性は家庭に戻る、という考えが根底にあったと言えます。そして、今もって多くの女性が非正規雇用で育児休業給付金の受給対象外となっています。本来は共働き社会への移行という社会構造の変化の趨勢を受け止めて、それに沿って政策の優先順位を設定すべきであったと言えます。

実際は社会保障分野でも、子育て支援政策の優先順位は長らく年金、医療、介護のより下に置かれてきたと言えます。トップランクの政策課題に浮上したのは「こども家庭庁」が発足した2023年4月、ほんの2年前からだと言えるでしょう。

そして、雇用や働き方の問題は、ようやく本格的な対策が始まった段階と言えます。今は、「年収の壁」や「時間の壁」という点で、社会保障制度が働き方の自由度を弱め、歪めているのではないかということが大きな問題となっています。この点では、社会保険の適用を拡大し、勤労者皆保険を目指すべきことは言うまでもありません。そうした社会保障サイドの改革が必要であるのは言うまでもありませんが、それと同時に、これまでの労働慣行や働き方のほうも見直していくべきと思います。日本になぜ「年収の壁」や「時間の壁」があるのかというと、正社員は長時間労働であり、短時間労働の場合はパートだという労働慣行も関係していると言えます。労働法制上は、短時間の正社員がいても法的に何の問題もありません。そして、そうした「短時間正社員」は年収や労働時間にかかわらず社会保険の適用を受けますので、「年収の壁」や「時間の壁」は存在しないのです。実際に、短時間正社員が普及している欧州では、そうした社会保険からくる制約は存在していないのです。従業員サイドも、「フルタイムで働きたい」と思っている人もいれば、「パートがいい」という人もいる中で、個人の働き方の選択を尊重した対応が可能となります。そして、業務を切り分けることによって企業の生産性も上がる可能性があります。そうなれば働き方が一気に変わり、子育てや社会保障などの面でさまざまな波及効果を期待できます。

古屋:そう考えれば「年収の壁」の議論が進む今は、新たなメカニズムにシフトできるか否かの岐路でもあるわけですね。地方では、短時間正社員を実際に採用している会社もあります。例えば、定年退職した68歳のドライバーに復職してもらい、週20時間だけ短時間社員として雇用しているバス会社など、地方のほうが短時間社員への関心や活用は進んでいる印象です。

「雇用を守る」から「人生を守る」へ

山崎史郎氏

山崎:人手に余裕があった時代は雇用の安定を重視し、「社員の雇用を守ること」が使命と考える経営者の方々が多かったように思います。もちろん雇用は重要ですが、これからは雇用だけではなく、「社員の人生を守ること」も考えてくださいと申し上げています。なぜなら、10代後半~20代で入社した若手のその後の人生を決定づけるのは企業での働き方だからです。経済・生活・健康面でも若者は会社に大きな影響を受けます。社員の生活や人生を配慮する経営者が増えれば、若者、特に女性がもっと元気になっていくはずです。地方にもそうした働き方が普及すれば、両親や友人・知人もいる地元のほうが子育て環境に有利なのは自明で、女性が地方に帰ってくるケースも増えるはずです。

古屋:転勤制度への関心が高まっていますし、働く時間から働く場所へ議論が進んでいますね。また、先ほど、最も切実に人手不足の危機に直面している地方の経営者が新たな「受益者負担」のステークホルダーになる可能性を指摘されましたが、もう一つ、私は人口動態変化による担い手不足が「生活維持サービスの縮小」を顕在化させる中で、より多くのステークホルダーを生みつつあるように感じています。生活が困るのは万人にもたらされるため、「困りごと」でつながる共同体が生まれつつあるというか。

山崎:それは冨山和彦さんの著書『ホワイトカラー消滅』(NHK出版新書)で取り上げられていたテーマに通じますね。つまり、エッセンシャルワーカーの人たちの仕事を積極的に評価していく流れです。これまでは、そういう仕事は「誰にでもできる」という誤った思い込みもありましたが、実は生成AIによっても代替のきかない「希少性」の高い仕事であることに多くの人が気づき始めています。社会を維持するうえで欠かせないというだけでなく、社会的な評価が高まれば、働く人たちにも働きがいのある仕事だという認識が共有されていくでしょう。

古屋:全く同感です。最近、特に医療・介護関係者によく申し上げるのが「新3K」です。かつての「3K」は、きつい・汚い・危険の略でしたが、今は「関心」「共感」「感謝」。私たちが行った調査では実に85%ほどの人が「荷物を届けてくれるドライバー・配達員に感謝の気持ちを伝えたい」と回答しています。エッセンシャルワークの担い手不足が広がった結果、「自分ではできないこと」だという認識が社会の共通認識となり、日本に新たな労働観を生もうとしているのかもしれません。

山崎:想起するのは、厚労官僚時代に携わった介護保険制度の導入時のことです。介護はかつて家事労働の一環として家族が担うのが常識でした。このため、家事を公金で負担するような仕組みだということで批判を浴びました。「介護は家族の絆の証しだ。それを破壊するのか」という声もありました。これまで無報酬の「家事」として行われていた介護を、対価を伴う「仕事」として新たに設計し直すことへの反発は大きかったのです。しかし、介護は「専門性のある仕事である」と規定したことによって、いかに貴重な仕事であるのかを社会全体が認知する方向へ流れが大きく変わっていったと思います。このように、労働の価値は生産性のみによってはかるものではなく、ほかに代わってする人がいないという「代替性」や「希少性」によっても意義づけられる、という「仕事の価値評価の再考」が進めば社会は大きく変わるはずです。

古屋星斗

古屋:代替性を考えた際に「その仕事のことをよく知らない」ことが、エッセンシャルワーカーの仕事の過小評価の背景にあると感じます。先日、受配電設備点検の仕事を手伝ったのですが、自分には4年や5年でできる仕事ではないと痛感しました。自分ができないことを代わりにしてくれるのが「仕事」なんですよね。この共通認識の広がりが、労働供給制約社会において他者の仕事の価値をますます高め、そこに感謝やリスペクトが芽生えるのも自然な流れと言えるのかもしれません。

山崎:私たちが目指すのは、単に少子化に歯止めをかけることではなく、人口減少という現象を足掛かりに持続可能な社会のあり方を模索することです。そのために最も大事なのは、若者と女性の思考や行動様式を的確に把握し、少しでも生きやすい社会へと再構築を図っていくことだと考えています。若者と女性の行動の仕方を規定しているのは、社会のリーダー層であり、主に私のようなシニア男性です。私たちは、未来に向け、当事者意識を持って責任を果たすことが求められています。

古屋:私も責任を果たしていきたいと思います。本日はありがとうございました。

執筆:渡辺豪