【対談】マネジメントを個人の問題とせず、「構造」「機能」から捉え直すことの重要性と進め方

2025年09月12日

宇田川元一氏と辰巳哲子

近年、マネジメントの難度が高まっている。事業環境が変化し、個人や組織のシステムが複雑化するなか、既存の枠組みでのマネジメントは限界を迎えつつある。
リクルートワークス研究所では2024年、「マネジメントを編みなおす」をテーマとした研究プロジェクトを実施。これからの時代、マネジメント機能をどのように構造的に変化させ、分化・統合していくのかを探った。
2025年3月に発行した「WorksReport2025」では、企業のマネジメントを取り巻く構造的な問題や10社のケースから読み解くマネジメントの機能を報告している。
プロジェクトリーダーを務めたリクルートワークス研究所主任研究員の辰巳哲子が、経営戦略論・組織論の研究者である埼玉大学経済経営系大学院教授、宇田川元一氏をゲストに迎え、対談を行った。本プロジェクトの報告書やその後のシンポジウムで企業とともに議論を進めてきた事業戦略をベースに、マネジメントを機能から捉え直すことの意味、具体的な編みなおしをどのように進めるかを語り合った。

「マネジメントを編みなおす」とは「経営を再構築する」こと

宇田川 元一氏

辰巳:『マネジメントを編みなおす』の報告書をお読みいただいて、宇田川先生はどのような感想を持たれましたか?

宇田川:「業務改革」や「組織変革」というと、人間関係の改善や心理的安全性といった主に個人間の問題として語られがちだと思うのです。そして、その問題への対処方法として「人材開発」や「能力開発」が真っ先に挙げられてしまう。これでは、本来構造的に起きている問題を「個人の能力の問題」にすり替えてしまう危険性をはらんでいます。報告書を読
ませていただいてそのことを改めて実感しました。

辰巳:組織の問題を個人の問題にすり替えていないか、というのはまさに報告書で大事にしたことです。報告書に寄せていただいた先生のコメントでは、サッカーを例に挙げていらっしゃいましたね。「個人の技量に頼るだけでは限界がある。チーム全体としての戦術のイメージを常に共有しながら動かなければならない」と。

宇田川:そうです。状況の変化に応じ、チームとして機動的に認知を切り替えることが必要。現場で即座に状況認知を切り替えられるようにするには、監督が長期的な戦略と具体的な戦術を構築しなければなりません。監督が戦略を描けていなければ、チームは選手個々の技量に頼るほかなくなってしまいます。

辰巳:企業の部長の方たちに現在のマネジャーが置かれた環境についてお話をお聞きする場を設けました。すると、グローバル化やDXの推進によって、ビジネスの構造そのものの変化の影響が大きく、顧客への提供価値も変わってきていると。こうした劇的な環境変化の中で、「課長クラスに何を求めているのか」を尋ねたところ、事業課題への対応をはじめ、将来に向けての現場の課題や顧客ニーズの把握という点が強調されていました。経営層が戦略と具体的な戦術を構築するためにもファーストラインでの「課題の仕入れ」が必要だと考えられていることがわかりました。

今はこのような環境変化に伴って生じる問題が、中間管理職層のところに集中してしまっているんですね。その後も多くの企業と議論を進めてきましたが、マネジャーがかなり忙しいことの背景にある、ビジネスの構造そのものの変化に着目し、自社の事業を踏まえたマネジメント機能の変革に目を向けている企業は残念ながらそれほど多くないように思います。

宇田川:「マネジメントを編みなおす」とは、つまりどういうことなのかというと「経営を再構築する」ことなんです。現代のマネジメント論は、構造的な課題を見ようとせず、それを個人の能力の問題に還元してしまう慣性力が働きます。これが、戦略や組織の文脈を無視し、一般化された“正しいやり方”に流れてしまう風潮を生んでいます。

特に既存事業の変革が難しい理由として、「お客様とはこういうもの」といった既成の認知にとらわれて、実際の顧客像やその変化に気づけなくなっていることがある。こうした「見ているが見えていない」状態により、経営を問い直す力を失っているのではないでしょうか。

辰巳哲子

辰巳:事象としてはまさにマネジャーの忙しさの中に表れていますよね。マネジャーがすべてのマネジメント業務をやるべき存在であるという前提の中で戦略が見えないと優先順位のつけようもない。そうしたなかで、従業員は疲弊していたり、辞める寸前まで追い詰められていたり、退職行動に至らないまでも組織から気持ちが離れてしまっていたりする。

宇田川:「静かな退職」と言われているものですね。

辰巳:指示された業務だけ、必要最低限の業務だけをこなし、意欲や主体性が発揮される場がない状態が続くと、せっかく現場の課題が見えていたとしても、部長クラスが描いた事業戦略に現場で仕入れたことが反映されづらい状況になっているという構造的な問題につながっています。

宇田川:構造的な問題というのは、いろいろとアラートが出ているはずなんです。退職者が増えることも、マネジャー昇進を「罰ゲーム」と捉えることもそう。起きている事象に向き合い、構造の問題にたどり着くには、対話で掘り下げる必要があります。

辰巳:そうですね。そのためには「あなたの目から見て、今何が起きているんですか」と聞くことを、ファーストステップとしてやっていかなければ、トップがいくら方針を決めても前に進めるのは難しそうです。

宇田川:だから、トップからでもミドル層からでもメンバー層からでもいいので、「経営を再構築する」ことにそれぞれ取り組まなければならないんです。そうしなければ、基本的には分業が進んでいく。社会学用語で言えば「解体」されていく。バラバラになったものを再統合する活動と解体する活動を繰り返し継続していくのが「経営」ですが、統合の機能を喪失していることが現状の問題につながっているわけです。そして、解体された個人の能力に焦点を合わせ、マネジメント論が語られている。そうではなく、マネジメントを「構造」「機能」から捉え直す必要があるでしょう。『マネジメントを編みなおす』の報告書ではそれが述べられていますが、読者からはどのような反応がありましたか。

新たな視点を得た企業では、経営層や人事も取り組みに着手

宇田川元一氏

辰巳:当初は、「今起こっている問題は個人の問題ではなく、組織の構造の問題である」ということが、なかなか伝わらないもどかしさがありました。

けれど、報告書をリリースしたところ、特に外部環境の変化が速い組織の方々から、「自社が抱えていた問題はまさにここにあったんだ」と言われることが多く、手応えを感じています。シンポジウムを開催したところ、「大変満足」が53%で、「やや満足」も足すと合計97%に達しました。事業組織の「機能」としてのマネジメントを理解し、「機能を定義するのが先で役割や人は後から」という考え方に納得した、という声もいただきました。「マネジャーが忙しすぎる問題について考えるきっかけをもらえた」という言葉も多く寄せられています。「マネジメントを構造と機能から捉え直す」という視点が、企業にとって新鮮であり、強いインパクトをもたらしていると実感しています。

宇田川:なるほど。そうした反響を見ると、やはりこれまでは構造・機能でマネジメントを捉えていなかったということですね。取り組みを始めるきっかけになったのはとても良いことですが、企業としてこの問題をどう捉え直していくのか、部長だけで担うのは難しいでしょう。現状の取り組みで多忙な人たちに変革を求めても、どうしても現業からの慣性力が働きますから。私は著書の中で「変革支援機能」と書いているんですが、経営企画や人事も一緒に考え、ケアしていかなければならないと思います。

辰巳:そうですね。現場の慣性力が働くなかで部長だけで変革を進めるというのは現実的ではないかもしれません。それぞれの視点から見えた課題についての対話がより重要になってくるのだと思います。経営層や人事からも反応があるんです。報告書を読まれた大手企業の部長クラスだけでなく取締役クラスの方々からも「このテーマを社内で議論したい」といったお声がけを多数いただいています。現在、複数社合同での勉強会の企画が進んでいますし、既に人事のコミュニティや一般の方が企画された読書会・勉強会も実施されました。

一連の反応の中で私が面白いと思ったのは、この報告書をきっかけに、組織設計や人事制度に関する新たな問いも浮かび上がってきていることです。たとえば、報告書の企業例で紹介されている「ゆめみ」のように、個の強みや自律性を活かして分権的にパフォーマンスを発揮する組織において、従来のジョブ・グレード制度が本当に機能し得るのか、むしろ組
織変革を阻害することになっていないだろうか……といった議論が生まれています。

2010年代初頭、組織のサイロ化やマネジメント層の肥大化といった課題に対応するために、ジョブ・グレード制度が導入されました。約10年を経たこの制度は、役割と責任の明確化に寄与してきましたが、「マネジメントの編みなおし」によって「非定型・横断的」な役割が新たに生まれてくる可能性があるわけです。それらの役割が、制度の網の目からこぼれ落ちてしまう懸念もあります。そうすると、今の制度が、柔軟な組織運営や役割設計にとって逆機能的に働く可能性もあります。制度的補完性の観点からも報告書が提示した「構造から見るマネジメント」の先にある制度の在り方そのものの議論も進めていく必要があるのかもしれません。

マネジメントの編みなおしには「変革支援機能」が必要

対談風景
辰巳:
ここからは「マネジメントを機能から捉え直す」という発想を、現場でどのように実践していくかについて考えたいと思います。これにはいくつかの重要な前提と工夫が必要となりますが、まず「変革の担い手を誰に設定するのか」というテーマがあります。私は、部長層が変革の旗振り役となりつつ周囲と対話しながら進めていく必要があると考えていましたが、先生は先ほど「部長だけでは難しい」と指摘されていましたね。

宇田川:そうですね。現場で日々の業務に追われている当事者に変革を一任すれば、既存の慣性に引き戻されてしまうリスクが高いですから。先にも挙げた「変革支援機能」が必要だと思います。

辰巳:プロジェクトを始めた当初、一体誰に対してこの報告書を届けたらよいのか、事業の観点からマネジメント機能を見直しているのは、誰なのかがわからず、各社の役員や部長クラスの方々と議論を重ねました。本来、本部長クラスにはこの視点を持っていてほしいとおっしゃる企業も多く、「自組織の事業について構造的な問題を捉え、組織を変える力を持つ層」へのアプローチが欠かせないと考えています。ただし、だからといって上層部だけがこの問題に取り組めばよいというものではないとも思うのです。現場に密着し、リアルな課題感を持つのはファーストラインのマネジャーです。企業変革には、現場の実感や知見を持ち寄って「何が起こっているのか」を言語化する必要があります。

宇田川:各部門のマネジャー以下のメンバーが全社方針と事業戦略の関係を理解して、事業推進上の課題を洗い出したうえで、日々の戦略に具現化させるプロセスが欠かせませんね。

辰巳:変革を進めるうえでは、両者のあいだで構造的な問題を共有し、そうした問題がどのような環境や仕組みの中で起こっているのか、互いの認識を交換し合い、再文脈化(※1)するための対話の場をつくることが必要ですよね。現場で起きている離職・疲弊・役割の不明瞭さといった「事象」を、個人の資質やスキルの問題として片づけるのではなく、それらの背後にある組織構造や戦略との齟齬を丁寧に解きほぐしていく。それがマネジメント機能を見直す第一歩となるのではないでしょうか。

宇田川:「静かな退職」が増えているといった事象は、エンゲージメントサーベイなどである程度はわかると思うんです。でも、そこで何が起きるかというと、数値が低い部署に対して「改善しなさい」と指示を出す。それが人事の仕事になってしまっている。問題が何によって起きているかまでは踏み込まないんです。たとえば、事業戦略が刷新されていないことで起きてくる問題は結構あります。目先で起きているさまざまな具体的現象と、戦略や必要な役割が複雑化している状態とを整理していくことが、なかなかつながらない。

辰巳:外部環境がこう変わって、事業戦略をこのように変えたからこそ、マネジメント機能はこう変わっていかなければならない……という事業戦略と組織戦略のつながりがうまくいっていないということなのかもしれません。

宇田川:つなげるために論点を整理しても、「それに対するソリューションは何か」となり、「ソリューションを試したがうまくいかない。なぜか」という元の木阿弥に陥りがちです。人事が人事の用語で定義するといったことになるので、問題がよけいにこじれてしまう。「見ていても見ていない」ことが起きるわけです。だから、起きている一つの事象を、戦略や構造といったものに再文脈化する作業が必要なんです。

事業にとってファーストラインにこそ必要な短期・中期の機能を考える

辰巳哲子

辰巳:「起きている事象」について企業の方とやり取りをするなかで強く感じているのは、「課題の仕入れ」がうまく機能していないという点です。特にファーストラインのマネジャーは、日々の業務や短期的な対応に忙殺されており、既存事業の見直しや、中長期の戦略を描くための材料を探索する余裕を持てていない。結果として、現場で顕在化している構造的な不具合が、経営の論点として拾い上げられる前に埋もれてしまっているケースが多く見受けられます。

今回の報告書では、マネジメントの機能を分解し、その一つとして「課題の仕入れ機能」を明示しています。これは、現場に近いからこそ見える“兆し”を拾い上げ、戦略や構造の再設計へとつなげていくためにも欠かせない機能です。この機能が不在のままでは、いかに構造的な見直しを試みても、宇田川先生のおっしゃるように変革の実効性は担保されないでしょう。今まさに、こうした機能を誰がどのように担い、どのように仕組み化していくのかが問われていると考えます。

宇田川:「企業組織の中に環境変化を捉える機能が備わっているか」という問題がある気がしています。断片から見ることはできるけれど、パズルのように組み立てていったとき、「ここのピースは抜けているけれど、これはおそらく○○の絵だね」と判断する機能が失われている。だから、環境変化が認知できない、事業戦略がうまく描けないという問題が起きている。事業戦略を立てたつもりでも「それは“目標”であって“戦略”ではないでしょう」というものがよく見られます。戦略を描けていないから、機能の見直しにまで踏み込めていないのではないでしょうか。

では、上層部が戦略を見直さなければ現場は何もできないかというと、そんなことはありません。戦略を見直すための「論点の整理」が、ファーストラインのとても大事な役割です。課題を仕入れて整理し、とりあえずやってみて考える。そうして事業部門から部門長・コーポレート部門へ、さらに経営層へ。起きている課題から機能の問題、戦略の問題へと昇華させられるよう、機能させなくてはなりません。それぞれの段階での再文脈化を、コーポレート部門はしっかり支援すべきであると思います。

辰巳:同感です。それがコーポレート部門の存在意義であると。

宇田川:加えて重要なのは、既存事業の中にこそ変革の契機が潜んでいるという視点ですね。これまでの経営論では「探索と深化」「新規と既存」が分断されがちでした。実際には既存事業においても、顧客像や価値提供の前提が大きく変化しており、その再解釈が求められています。過去の成功体験の中にあった「ナラティヴ(※2)」を再構築することで、「本来の強み」や新たな方向性が見えてくる場合もあるでしょう。

辰巳:ここまでお話ししてきて改めて思うのは、マネジメントの見直しを進めることは単なる制度変更ではなく、組織の文脈を再構築し、変化に対する認知と解釈の枠組みを共有していくプロセスであるということですね。そしてそれはトップダウンでも現場任せでもなく、「両者の接点」における対話を通じてしか立ち上がってこないものだと思います。

(※1)再文脈化/再文脈化(recontextualization)とは、ある言葉・行為・出来事・知識・情報などが、元の文脈から切り出され、新たな文脈の中に置き換えられることで、意味が変容(再構築)するプロセスを指す。
(※2)ナラティヴ/「物語・語る行為」と「語りを生み出す解釈の枠組み」、2つの意味を持つ。ここでは「語り手の解釈の枠組み」として使用。仕事上の役割・社会的立場・社会的職業規範・身を置いている環境の文化などによって形成される。

執筆:青木典子