
【研究報告】マネジメントを“編みなおす”という視点から考える
本記事は、2025年4月24日に開催された「Works Symposium 部長のためのマネジメント再考 ~事業戦略からマネジメントの機能を見直す~」の内容をもとに構成しています。図表はすべて報告書『マネジメントを編みなおす』にてご覧いただけます。
「マネジャーが忙しい」。これは、今に始まったことではありません。私たちがこのプロジェクトを始めた1年前にも、そしてもっと前からも、組織のあちこちで繰り返し聞かれてきた言葉です。その「忙しさ」は表面的なものなのか、それともそうさせている組織構造そのものに起因する問題なのか――。この問いから私たちのプロジェクトはスタートしました。
マネジャーに何が起きているのか
先行研究をたどると、1950年代の時点でマネジャーには「部下の管理・監督」という役割が強く求められていたことがわかります(図表1)。そこから時代が進むにつれ、「組織間の調整」や「プレイング業務」「人材育成」といった仕事が徐々に積み重なってきました。2020年代に入った現在、部長に対して「課長にどのような仕事を期待するのか」を尋ねたところ、マネジャーは事業課題への対応に加え、未来の事業に向けた課題の仕入れと戦略づくりまでが求められていることがわかりました。
図表1 マネジャーの役割の変化(引用:『マネジメントを編みなおす』p5)
参考:リクルートマネジメントソリューションズ『 中間管理職のオーバーワークを乗り越える4つのアプローチ』(2024)
増え続けるマネジャーの負担──その背景にある構造的変化
マネジャーの負担が増しているという感覚は、多くの企業で共有されているものです。しかし、その実態をつかむためには、「忙しい」という印象論を超えて、背景にあるビジネス環境の変化を丁寧に見ていく必要があります。
2023年11月、私たちは10名ほどの部長と「なぜマネジャーの仕事はここまで複雑化しているのか」というテーマで意見交換の機会を持ちました。そこで上がってきたのは、単なる業務量の問題ではなく、ビジネスプロセスそのものの変化でした。
例えば、デジタル化の進展によって、かつての業務フローや意思決定プロセスが大きく変容していること、あるいは、グローバル市場を前提とした経営判断が求められるなかで、日本国内のルールや慣行だけでは立ち行かなくなってきていること、そして、チームメンバーの価値観や働き方の多様性が進み、従来の一律的なマネジメントが通用しなくなってきていることなどです。
これらの話は、マネジャーの仕事の表面的な「負担増加」ではなく、その下にある構造の変化を物語っていました。「課題の仕入れがうまくいかない」「見立てができない」という声も、こうした構造の揺らぎと密接につながっているように思います。
本シンポジウムの参加者の方々に事前に実施したアンケート調査でも、同様の傾向が浮かび上がりました。
・育成と戦力化が高度化しており、戦略の実行に結びついていない
・管理職志向の人材が減少し、育成途中の離職によってナレッジが継承されない
・役割が不明確であり、中長期の価値創造につながる動きが難しい
・新たな価値創出やマネジメントが機能しにくくなっている
つまり、マネジャーの負担が大きくなっているという事象の背後には、事業を動かす上での「マネジメントの機能」そのものが、現代の複雑な環境に適応しきれていないという現実があるのです。これは、個人の能力や努力の問題ではなく、構造的な再設計を求められている状況だと言えるでしょう。
「スキル」でも「役割」でもなく、「機能」から捉える
私たちが今回のプロジェクトで注目したのが、「機能」という視点です。マネジメントとは、特定のスキルやポジションに属するものではなく、組織の目的を実現するために必要な“機能”の集合である。そう考えることで、マネジャー個々人の資質に問題を帰するのではなく、組織構造そのものを問い直すことができるのです。
参考にしたのが、ロバート・バーゲルマンの「戦略の進化モデル」です。このモデルでは、現場の小さな気づき(スモールe)が、ミドルの働きによって戦略的文脈へと翻訳され、最終的に全社的な戦略(ラージE)へと育っていくプロセスが示されています(図表2)。注目すべきは、現場の声をどのように“拾い上げるのか”という中間層のマネジメントの機能の在り方です。
図表2 事業機会の探索と推進のプロセス
出所:バーゲルマンの戦略形成プロセス(Burgelman, 1983:宇田川元一氏改訂),共創し学習する新しい組織論,2017
「万能マネジャー」から「機能分担型」へ
多くの組織で語られるマネジメント課題は、気づけば「マネジャー個人のスキルの問題」へと収束しがちです。「誰がスキル不足なのか」「どの能力が足りないのか」という話に終始してしまう。しかし、私たちがこのプロジェクトを通して改めて強く感じたのは、こうした課題は“構造の問題”として捉え直さなければ、本質的な解決には至らないということです。
例えば、マネジャーが現場で新たな兆しや課題の種を拾ってきたとしても、それが組織全体の中で意思決定や実行に結びついていかないことがあります。そうであるならば、問うべきは「誰がやっていないか」ではなく、「なぜその気づきが組織で活かされないのか」という構造的な問題です。マネジャーを取り巻く構造や仕組みが、彼らの機能発揮を妨げていないか、という視点が欠かせません。
これまでの日本型マネジメントは、「万能マネジャー」モデルとでも呼ぶべきものでした。マネジャーが全ての業務を一手に担い、現場の全責任を負う。人も組織も育てながら、課題を見立て、意思決定し、現場を動かす。そのような“全能型”のマネジャー像は、ある時代までは機能していたかもしれません。
しかし、変化のスピードが増し、業務の複雑性が高まった今、もはや1人のマネジャーが全てを担いきることは現実的ではありません。マネジメント機能を可視化し、分解し、それぞれの機能に適した役割と担当を再設計する。そのための構造的な見直しが必要とされているのです。
「マネジャー=全てのマネジメント機能の遂行者」という前提を捨てること、それこそが、今私たちが直面するマネジメント課題に向き合うための出発点なのです。
部長アンケートから見えてきた、「機能の見直し」
マネジャーの業務負担が増しているという前提のもと、私たちは部長の方々を対象に、「マネジメントの機能や役割は、現場でどのように見直されているのか」についてアンケート調査を実施しました(図表3)。
その結果、まず見えてきたのは、マネジャーの仕事の複雑化に対して、何らかの見直しに取り組んでいる企業と、そうでない企業とで二極化しているという実態でした。特に、見直しを「していない」と回答した企業は16.6%に上り、その多くが比較的規模の小さい企業であることも明らかになりました。
図表3 各社で進む“見直し”(引用:『マネジメントを編みなおす』p6)
一方で、何らかの対策を講じている企業においては、主にマネジャーの権限を見直す、仕事を分担する、担当しない仕事を明確にするといった方向性で進められていました。
こうした対策は確かに有効ですが、私たちが本プロジェクトで提案したいのは、その一歩手前の問い直しです。すなわち、「この組織にとって、そもそもどのようなマネジメント機能が必要なのか」「その中で何を優先すべきなのか」を明らかにした上で、役割分担や権限委譲の議論に進むべきではないかということです。
シンポジウムに参加いただいた皆さんから寄せられた事前アンケートへの回答でも、この問いに対する企業の対応は分かれました。「機能の見直しはしていない」と答えた方は68.8%と多数を占める一方で、「役割・責任・階層の見直し」「組織文化・育成支援の見直し」「権限委譲・決裁構造の見直し」さらには、「人事・報酬制度の見直し」に着手された組織もありました。
加えて、注目すべきは「制度・構造改革」として挙げられた動きです。例えば、役割給の導入や処遇制度の見直しです。これは、マネジメント機能を可視化し、それぞれの機能に応じた役割を定義した結果、「この役割に見合う処遇とは何か」という発想が必然的に求められるようになっていることの表れでもあるでしょう。
他にも、「権限委譲」「決裁範囲の再設定」といった統治構造の見直し、さらには「サーバントリーダーシップ」「DX型組織への移行」といった文化的な転換を目指す取り組みも報告されました。これらの実践例を見ていて私が強く感じたのは、マネジメントの機能の在り方は、企業ごとに全く異なるということです。業種、企業規模、事業のステージによって、求められる機能やその優先順位は大きく変わります。かつては「マネジャーの役割とはこうあるべきだ」という一般論が語られがちでしたが、これから求められるのは、「自社におけるファーストラインのマネジメントの機能とは何か」を言語化し、構造化していく力です。これには、一律の「正解」はありません。あるのは、それぞれの事業と組織の文脈に即した、“自社なりのマネジメントの機能設計”です。この視点に立ち返ることこそが、これからのマネジメント改革の出発点なのだと、今回のアンケート結果を通して改めて実感しました。
この組織に必要な「機能」は何か
今回のプロジェクトでは、事例研究として10社へのインタビューを実施し、それぞれの企業がファーストラインのマネジメントにおいてどのような機能を重視しているのかを探りました。
図表4 10社から見えてきたマネジメントの10の機能(引用:『マネジメントを編みなおす』p26-27)※クリックで拡大します
その結果、明らかになったのは、「正解」と言える共通モデルがあるわけではないということです。紹介した機能は10項目に及びますが、それらが全て1つの企業にそろっていたわけではありません。むしろ、企業ごとの置かれた環境や戦略、組織課題によって、重視される機能には大きなばらつきがあるということがはっきりと見えてきました。
例えばある企業では、「環境変化の予測」にマネジメントの重心を置き、変化に柔軟に対応できる構えを重視していました。別の企業では、「課題の仕入れと見立て」に焦点を当て、事業機会の発見とそれに基づく行動の構築をマネジャーに求めていました。また、「個の自律支援」や「チーミング」といった、人材開発や関係性の構築に注力する企業も少なくありません。
これらの多様な機能をもとに自社の事業戦略を実行していく上で、今どの機能を優先的に整え、強化すべきかを見極めることが大事なのです。
環境が変化し、働き方が多様化する今だからこそ、自社の戦略や価値創造の文脈に即して、「この組織に必要なマネジメント機能とは何か」という問いに立ち返る必要があります。そして、その問いに言葉で答えられること自体が、マネジメント再設計の第一歩だと言えるのではないでしょうか。
マネジメントをどう「編みなおす」のか──部長が担う、組織変革のハブ機能
これまでに見てきたように「マネジメントを編みなおす」とは、単に現場の業務配分を見直したり、マネジャーのスキル開発を強化したりすることではありません。重要なのは、外部環境の変化にどう応えていくかという視点から、事業の中核とマネジメント機能の再設計を進めていくことです。
ただし、それは「明日からマネジメントの機能を見直しましょう」といった単純な話ではありません。まず必要なのは、外部環境の変化をどのように捉え、それに応じて経営戦略をどう見直すのか、そしてその戦略にふさわしい組織機能とは何かを見極めることです。この順序を踏まずに、いきなり役割や制度の変更を始めても、現場にとって意味ある変化とはなりにくいでしょう。
こうした「編みなおし」の出発点において、私たちが特に重視したのが部長の役割です。
なぜなら、ファーストラインのマネジメントの機能をどう再構築するかは、現場と戦略の中間に立つ部長が、事業目標の実現という視点から担うべき問いだと考えたからです。
では、どのように部長が経営層やメンバーとともにその機能の見直しを主導できるのか。
報告書の中では、マネジメントの機能を見直すための部長の役割を示しています。
図表5 マネジメントの機能を見直すための部長の役割(引用:『マネジメントを編みなおす』p31)
1. 認知の違いを集約し、問題を定義する
先ほどのバーゲルマンのモデルにもあるように、人はそれぞれ異なる現場感覚=「スモールe」を持っています。外部環境をどう捉えるかという「認知」は、立場や経験によって異なるものです。重要なのは、その違いを排除するのではなく、多様な認知を意見として可視化・集約し、組織的な問題定義につなげていくことです。
2. 事象から構造を読み解く
何か問題が起きたときに、個人の責任を問うのではなく、「なぜそれが起きたのか」「そうせざるを得ない構造があるのではないか」という視点を持つこと。目の前の事象を出発点に、組織構造や機能の不整合を見つけ出す視点が求められます。
3. 介入点を見つけ、実行とモニタリングを回す
例えば「役割給」のように、「組織が変わった」と認識されやすいポイントを戦略的に設けていく。こうした小さな介入点から、変化を実感できるプロセスを設計し、実行・モニタリングを繰り返すことが、編みなおしの持続性を支えます。
これらの提案は、どれも「部長でなければできない」ものではありません。ただし、戦略と現場の橋渡しを担う部長が「ファーストラインの機能とは何か」を構造的に捉え直すことができれば、そこから広がる組織の変化は、より確実で持続可能なものになるでしょう。
「編みなおす」という言葉には、一度ほどいて、必要なものを選び直し、新しい形に織り上げていくという意味が込められています。今私たちに求められているのは、まさにそうした形の企業変革なのではないでしょうか。

辰巳 哲子
研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)