集まる意味を問いなおす:「みんなが知っている」をどうつくる?——「共通知識」のある職場、ない職場
ある職場に、大切な方針が伝えられたとする。全員がその内容を知っている——それだけでは、実はまだ足りない。大切なのは、「自分だけでなく、周りの皆も同じことを知っている」と皆が分かっていることだ。この状態を、社会科学では「共通知識(common knowledge)」と呼ぶ。一人ひとりが同じことを知っているだけの「共有知識(mutual knowledge)」とは異なる。(※1)。2022年、私たちは報告書『集まる意味を問いなおす』で、この共通知識を意図的に育てる場を、職場は設けるべきだと提言した。人が顔を合わせる機会が細るなかで、共通知識こそ、ばらばらになりがちな職場をつなぎとめる要になると考えたからである。前回の調査から5年。共通知識は、どれだけの職場に根づいたのか。そして、それを持てた職場と持てなかった職場を分けたものは、何だったのか(※2)。
「皆が知っている」だけでは、足りない
なぜ、「皆が知っていると皆が分かっている」ことが、それほど重要なのか。そして、なぜそれが「集まり」と結びつくのか。政治学者のマイケル・チェイは、式典や儀式、祭り、あるいは皆で見る中継といった「人が一堂に会する場」の本質的な機能を、まさに共通知識を生み出すことに見いだした。人が集まる場では、参加者は情報を受け取るだけでなく、「他の皆も、同じものを、同時に受け取っている」ことを知る。だからこそ集まりは、一人ひとりが知っているだけの情報を「皆が知っている」という共通の前提に変えることができる(※3)。裏を返せば、リモートで資料を個別に配信するだけでは——たとえ全員が目を通していても——「皆が読んでいると、皆が分かっている」状態は生まれにくい。人が足並みをそろえて動くには、各人が知っているだけでは足りず、「他者も知っている」という確信が要る。共通知識をつくることは、人が集まる重要な意味の一つなのである。
共通知識を持てている職場は、半数以下だった
2026年の調査では、この共通知識を直接尋ねる設問を設けた。「重要な情報について、『全員がそれを知っている』と互いに分かっている状態にある」——そう感じるかどうかである。単に「全員が知っている」ではなく「互いに分かっている」という相互の認識までを問うている点が、この設問の要である。あわせて、優先順位の共有や判断基準の一致など、共通の土台に関わる項目も尋ねた(図表1)。
図表1 職場の「共通知識・価値同期」の現在地(2026年、「あてはまる・ややあてはまる」の割合、n=1,491)
いずれも5件法(1=あてはまらない〜5=あてはまる)で「4・5」と回答した割合。
提言から5年目となる今なお、共通知識を実感できている人は43.3%——半数に満たなかった。しかもこの項目は、優先順位の共有や認識合わせといった他の項目(いずれも約49%)よりもさらに低く、職場で共有する土台のなかでも、とりわけ築きにくいものだった。「皆が知っていると、皆が分かっている」という状態は、意識しなければ簡単には生まれない。では、それを実現できている職場は、何が違うのか。
共通知識がある職場とない職場は、何が違うのか
共通知識が「ある」職場(「あてはまる・ややあてはまる」と答えた645人)と、「ない」職場(「あてはまらない・あまりあてはまらない」の328人)を分け、両者の違いを比べた(図表2)。
図表2 共通知識が「ある職場」と「ない職場」の違い(2026年、5件法平均、n=1,491)
群間はWelchのt検定。*** p<.001。
違いは、驚くほどはっきりしていた。共通知識のある職場では、必要な情報に誰もがアクセスでき、仕事を一人で抱え込ませずに途中経過を共有させ、判断の背景も互いに説明し合っている。そのような職場では、他のメンバーの仕事の過程や、誰がどれだけの業務を抱えているかも見えている。いずれの差も、5段階で0.9〜1.2ポイントと際立って大きい。逆に、共通知識のない職場は、部署ごとに情報が閉じている。
そして、ここで見逃せないのが最下段である。共通知識のある職場は、出社頻度がむしろ「やや少ない」。毎日顔を合わせている職場のほうが共通知識を持てている、というわけではないのだ。この点を、より厳密に確かめてみよう。
共通知識は「出社するだけ」ではつくれない
どのような職場の実践や条件が、共通知識と関係しているのかを分析した(重回帰分析。図表3)。共通知識のある職場に、どのような特徴があるのかを見るためである。
図表3 共通知識を高めるもの(重回帰分析、n=1,491)
共通知識(「全員がそれを知っていると互いに分かっている」)を目的変数とする重回帰分析。
決定係数R²=0.24。*** p<.001、n.s.=有意な差なし。
結果は明快だった。共通知識をつくっていたのは、情報を全員がアクセスできる状態に整えること、途中経過を共有させること、判断の背景を説明し合うこと——いずれも、意図的な「設計」である。そして部署ごとに情報が閉じている状態(サイロ化)は、共通知識を確かに損なっていた。一方で、出社頻度の効果は見られなかった(統計的に有意でない)。人を毎日オフィスに集めても、それだけでは「皆が知っていると、皆が分かっている」状態は生まれない。共通知識は、ただ同じ場所にいるだけで生まれるものではなく、意図してつくり込むものなのだ。2022年に私たちが「意図的に場を設けよ」と提言したことは、5年後のデータに裏づけられた。
共通知識がもたらすもの
では、共通知識を持てた職場は、何を得ているのか。その違いは、小さくなかった(図表4)。
図表4 共通知識の「ある職場」と「ない職場」の成果・実感の違い(2026年、5件法平均、 n=1,491)
群間はWelchのt検定。*** p<.001。
共通知識のある職場は、一体感が格段に高く(差は5段階で1.08ポイント)、業績評価も高く、そこで働く人の孤独は少ない。共通知識は、単に情報が行き渡っているという効率の話にとどまらない。それは、職場の結束と成果、そして個人のつながりの実感にまで及んでいる。本シリーズで繰り返し見てきた「一体感」「業績」「孤独の少なさ」——そのいずれとも、共通知識は強く結びついていた。
示唆——5年前の提言を支持する結果。しかし、実践は半数に届いていない
2022年、私たちは「共通知識を意図的につくる場を設けよ」と提言した。5年後のデータは、その提言を支持する結果となった。共通知識のある職場では、一体感も業績も高く、孤独も少なかった。そして、共通知識と強く結びついていたのは、出社頻度ではなく、情報を全員がアクセスできる状態に整え、仕事の途中経過を共有し、判断の背景を説明し合うといった職場の実践だった。しかし、である。5年を経てなお、共通知識を持てている職場は半数以下にとどまる。提言は正しかったが、実践は道半ばなのだ。多くの職場が「週に何日出社させるか」を議論しているあいだに、本当に問うべきだったのは、「私たちの職場は、重要なことを皆が知っている状態を、意図してつくれているか」だったのかもしれない。出社の日数をそろえることよりも、情報と過程を全員に開くこと。集まる意味は、人を集めることそのものではなく、集まりを通じて何を共有し、何を分かり合うかにある。共通知識は、その最も具体的な答えの一つである。そして——「人は、何のために集まるのか」。本シリーズが問い続けてきたこの問いに、共通知識は、その答えの輪郭を、はっきりと描き出してくれる(※4)。
(※1)共通知識(common knowledge)は、哲学者デイヴィッド・ルイスが1969年の著書『Convention』で定式化した概念。「各人が知っている」だけの共有知識(mutual knowledge)と異なり、「全員が知り、全員が『皆も知っている』と知り……」という相互認識が入れ子状に積み重なった状態を指す(Stanford Encyclopedia of Philosophy “Common Knowledge” を参照)。
(※2)本コラムは、リクルートワークス研究所「集まる意味を問いなおす」プロジェクトによる縦断(パネル)調査に基づく。2021年10月調査の回答者のうち1491人に、2026年3月に再調査を実施した。回答者は5年間にわたり就業を続けた層が中心。ただし、この5年間の回答者の脱落は主に年代(ライフステージや定年・引退)によるものであり、2021年時点の幸福感や、人とのつながりへの志向、テレワークの状況、企業規模による偏りは見られなかった。なお集計は単純集計であり、母集団への復元は行っていない。
(※3)Michael S.-Y. Chwe, “Rational Ritual: Culture, Coordination, and Common Knowledge”(Princeton University Press, 2001)。式典・儀式・祭り・公共的な集まりといった「人が一堂に会する場」が、参加者のあいだに共通知識を生み出すことで、集団の協調を可能にすると論じた。
(※4)共通知識を直接尋ねる設問は2026年調査で新設したものであり、2021年に同一の設問がないため、5年間の変化そのものを追うことはできない。本稿は2026年時点の状態と、共通知識の有無による職場間の違いを示したものである。図表2〜図表4および回帰分析はいずれも2026年時点の測定値どうしの関連(相関)であり、因果の方向を確定するものではない。ただし、共通知識をつくる実践(情報共有の設計)と、その成果(一体感・業績)は測定上区別されており、単なる同義反復ではない。
辰巳 哲子
研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)
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