世界は生成AI時代の「成長」をどう論じているのか
第1回と第2回で見てきたとおり、生成AIの活用は私たちの業務効率を劇的に高める一方で、成長の糧であった「試行錯誤」や「思考のプロセス」を自ら手放してしまう懸念を孕んでいる。この危機感は、日本国内に限ったものではない。世界に目を向けると、この問題を個人の使い方や成長意欲の問題としてではなく、人が育ちにくくなる構造の問題として捉える動きが始まっている。
生成AIの活用を前提とする働き方に変化している
生成AIの普及は、もはや「どの業務で活用できるのか」を議論する段階を過ぎている。総務省の調査(※1)では、日本を除き、主要国における業務での利用率は9割を超えている(図1)。社内の問い合わせ対応や、メールや議事録・資料作成の補助、広報用の画像・キャッチコピーの生成、プログラミングコードの生成やバグ修正など、さまざまなジャンルの業務で活用されている。今後、生成AIありきの働き方へと移行する流れは不可避だろう。したがって、能力形成の方法も必然的に生成AIの利用を前提に考えなければならない。「AIを使いこなすスキルの獲得」を超えて、「人が成長できる仕事や成長の仕組みをどう設計するか」に目を向ける時期に来ている。
図1 企業における業務での生成AI利用率(国別)

出所:総務省(2025)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」
注:調査回答者が選択肢にある業務のうち1つでも使用中である割合
「仕事がなくなる」「仕事があっても育たない」の二重構造
職場で起きている変化は、「仕事がなくなる」ことと、「仕事があっても育たない」ことが同時に進む二重構造として捉えることができる。これは、実務機会と熟達のプロセスという、人の成長を支えてきた基盤が揺らいでいることに起因する。
まず、実務機会の減少である。職場では、これまで若手社員が担ってきた下調べや議事録作成を、生成AIが代替し始めている。一見すると効率的だが、若手が実務を通じて組織の文脈や情報の取捨選択を学び、判断力や専門性を身につける機会が、徐々に減少している。
この傾向に拍車をかけるのが、「育成コスト」の上昇である。英国では、最低賃金の引き上げや解雇規制の見直しなどによって、若年層を採用・育成するコストが上昇している。その結果、一部の企業では、「人を雇用して育成するよりも、AIを活用したほうが合理的だ」とする判断も見られるようになっていると英国商工会議所は指摘する(※2)。人材不足が深刻化する日本企業においても、時間と費用をかけて若手を育てるよりも、効率性を優先する判断が今後広がる可能性がある。
もう1つは、熟達プロセスの減少である。仮に雇用が維持されたとしても、思考の過程を生成AIに委ねる形で使うならば、「考える」「迷う」「失敗する」といった経験が省略され、自力で問題を理解し、応用する力が育ちにくくなる。OECD(※3)は、生成AIの活用で成果が上がっても、それが必ずしも学習や熟達を意味しないことを、データで示している。たとえば、トルコで行われたフィールド実験では、GPT‑4を使うと演習中の成績が他の学生よりも48%高かったが、その後利用を制限して試験を実施したところ、自力で学んでいた学生よりも17%低い結果となった(図2)。つまり、演習中の成果の向上は、必ずしも本人の能力形成を意味していたわけではなかった。彼らは実力をつけたのではなく、AIの実力を借りていただけだったのである。
図2 GPT-4を使用して数学演習を行った場合の成績(通常学習との比較)

出所:OECD Digital Education Outlook 2026のサマリーページの図を基に筆者作成
この二重構造は日本でも影響を及ぼしうる。かつての就職氷河期では、採用抑制によって若手が十分な実務経験を積めず、結果としてキャリア形成が阻害された。実務機会の減少による影響は一時的なものではなく、その世代が中堅となった現在でも、「現場を支える人材が不足している」「管理職候補が足りない」といった形で企業に残り続けている。このように、その時点では顕在化しにくく、数年から十数年を経て人材構造全体の歪みとして表れる。
生成AIによる変化も、この点では共通している。ただし、決定的に異なるのは、「実務機会の減少」と「熟達プロセスの省略」が同時に進む点にある。もしこの状態が広がれば、将来的には、十分な試行錯誤や熟達経験を積まないまま中堅化する人材が増える可能性がある。それは単なるスキル不足ではない。専門性を継承し、組織を支え、次世代を育成する人材層そのものが弱体化するという、より構造的な問題につながっていく。
成長の加速か、停滞か――揺らぐ成長モデル
生成AIは成長を停滞させるだけの存在とも言い切れない。世界経済フォーラム(WEF)による調査(※4)は、AIによって若手が早期に一定水準まで到達し、従来よりも早く高度な議論に参加できることを示唆している。一方で、専門家はより高度な判断業務に集中できるようになるため、若手と専門家の間に立ち、調整や管理、橋渡しを担ってきたミドル層の役割は相対的に弱まることも指摘している。
では、若手は中堅層としてのプロセスを飛び越え、そのまま高度な専門家やリーダーへと至ることができるのだろうか。一定の水準までは成長が加速しても、高度な判断力や専門性を身につけるには、本来は試行錯誤を重ねる経験の蓄積が必要である。従来の段階的な育成モデルが揺らぎ始めた中、組織は、未熟練と熟練の間に存在していた経験や試行錯誤のプロセスが空洞化する可能性を念頭に置かなければならない。だからこそ組織は、誰にどの業務を任せ、どのような経験を積ませるのかを意図的に設計する必要がある。WEFが提唱するような、非線形なキャリアパスやプロジェクトベースでの育成、組織の知見の意図的な継承といった、成長モデルそのものの再設計を迫られている。
スキルを更新し続ける人材戦略から、好奇心を起点としたキャリアを支える組織へ
成長モデルの揺らぎは、現在の生成AIに限った話ではない。AIがさらに高度化し、一連の業務を自律的に担うようになれば、「どのスキルを身につけるか」だけでなく、「何を判断し、何に責任を持つのか」がより重要になる。独立系シンクタンクのThe Millennium Project(※5)は、生成AIを含む現在の特化型AI(ANI)の先に、特定の作業だけでなく、複数の分野の知識を統合し、自律的に学習・計画・実行できる汎用型AI(AGI)が数年以内に登場する可能性を述べている。そして、AGI時代以降には、生活を維持するための仕事中心の社会から、自己実現や創造、ケアを重視する社会へと移行していくと提唱している。
そうなれば、人に求められる役割が変化し、仕事における人間の価値は、AIを操作・制御するスキルだけではなく、「何を大切にするのか、どのような意思を持つのか」といった人間固有の価値観やこだわりへと移っていくと考えられる。つまり、これまでの「環境の変化に応じて従業員に新たなスキルを獲得させる」という人材育成の方針は、抜本的に見直しを迫られるだろう。AIの方が速く、正確に一連の業務を遂行するようになるからだ。個人にとっての学びとは、単に雇用され続けるための手段ではなく、自らの好奇心を起点に、AIの出す選択肢に依存せず自分は他者や社会にどう関与したいかを形作るプロセスへと変わっていくのではないだろうか。
今私たちは、仕事と学びの前提が変わり始める転換点に立っている。仕事と学びの意味は、知識やスキルを「習得」することから、AIが提示する無数の選択肢の中から価値あるものを選び取り、ときにAIが示さない選択肢を生み出しながら、その判断に責任を持つことへと変わっていく。そのとき、スキルをどれだけ蓄積したかよりも、何に関心を持ち、何を大切にし、どのような意思で判断するのかが重要になる。
これは個人だけが努力する問題ではない。好奇心やこだわりは、経験や他者からの問いかけを通じて醸成される。それをいかに職場で判断の源泉として磨き上げられるかが、組織に問われるようになる。
だからこそ、職場で生成AIを活用することが当たり前になりつつある今、私たちはあらためて問い直さなければならない。従業員が試行錯誤し、自分なりのこだわりを育てられる仕事を、どう設計するのか。
AIを導入したとき、育成機会はどこから失われるのか。
成果は出ているが、人は育っていない状況を、どう回避するのか。
これらを丁寧に検討する必要がある。本プロジェクトでは、AIという「近道」を手にした私たちが、何を「成長」と呼び、それをどのように仕事の中で実現していくのかを考えていきたい。
(※1)総務省(2025) 「令和7年版 情報通信白書」
(※2)英国商工会議所(2026)Powering Productivity: AI and the Future of UK Work
(※3)OECD (2026) OECD Digital Education Outlook 2026: Exploring Effective Uses of Generative AI in Education, OECD Publishing, Paris.
(※4)世界経済フォーラム (2026) AI at Work: From Productivity Hacks to Organizational Transformation
(※5)The Millennium Project (2024) State of the Future 20.0
石川 ルチア
デンバー大学修士課程(国際異文化コミュニケーション学)修了後、NPO勤務などを経て2014年に入所、2018年11月より現職。主な調査テーマは欧米の採用プラクティスやHRテクノロジー、コンティンジェント労働力。
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