未来は「予測」するものではなく、「選択」することから始まる
Tomorrow Theory CEO兼共同創業者。社会心理学博士として認知・行動特性を軸にAI時代の労働と組織の変化を分析し、政府や企業と連携しながら人材とテクノロジーの融合を推進する。Future of Work研究の第一人者であり、20冊以上の著書を持つ、国際的なキーノートスピーカーでもある。
ジェレミー・ラムリ氏が描くFuture of Work
- 役割の再定義
AIは単なる補完ツールではなく、人間の存在意義そのものを変容させる。 - 「人間の領域」の決定
自動化の波の中で、何を人間固有の領域として残すかという意思決定。 - ネオ・ヒューマニズム
技術を前提とした人間中心社会の再設計。 - 経済の四次化(quaternary economy)
市場価値を超えた社会的・環境的価値の統合。
未来は「選択」の積み重ねによって形作られる
近年、AIの急速な進展により、人間と仕事の関係は根本から問い直されている。かつて技術は、人間の能力を補完し生産性を高める手段であった。しかし今、AIは意思決定や創造、さらにはコミュニケーションの領域まで侵食し、人間の役割そのものを再定義し始めている。
こうした変化の中で、未来はしばしば「予測」の対象として語られる。「どの仕事がAIに奪われるのか」「どんなスキルが必要か」という問いだ。しかし、ラムリ氏はこの受動的な発想自体に限界があると指摘する。未来とは外部から不意に訪れるものではなく、社会、組織、そして個人の「選択」の積み重ねによって形作られる動的なプロセスだからである。
議論の本質は、AIが何に取って代わるかではない。私たちが何を「人間の領域」として残すのか。その意思決定こそが、未来の分岐点を位置づけるのである。
5つの未来シナリオと「ネオ・ヒューマニズム」
AIによる効率化が進んでいるはずなのに、現代のビジネスパーソンの作業量は増大し、疲労が蓄積している。ラムリ氏はこの現状を、単なる過渡期のストレスと片づけるべきではないと警鐘を鳴らす。私たちは「未来の入口」に立ちながら、構造変化の本質を捉えきれず、方向感覚を失うような「認知的な喪失感」を抱いている。
ラムリ氏は著書『2040 : 5 futurs possibles et comment s'y préparer(※1)』において約1200のシナリオ分析に基づき、未来を大きく5つの方向に分類している。
- 崩壊(Collapse):社会秩序の機能不全(※2)。
- ディストピア(Dystopia):技術による過度な管理と自由の制限(※3)。
- 意識的な脱成長(Conscious Degrowth):幸福や公正を重視するモデル(※4)。
- ネオ・ヒューマニズム(Neo-Humanism):技術を前提とした人間尊厳の再設計(※5)。
- 超越(Transcendence):人間と技術の融合(トランスヒューマニズム)(※6)。
重要なのは、社会が既にいずれかの方向に傾き始めているという点である。
ラムリ氏は、最も現実的な選択肢として「ネオ・ヒューマニズム」を挙げる。「個人の充足から集合的な連帯へ」という価値観の転換を前提とした、技術と人間性の共生モデルである。
「人間らしさ」は安全領域ではない
ジェレミー・ラムリ氏
「AIに感情はないから、人間らしさは安泰だ」という前提を疑う必要があるとラムリ氏は強調する。感情を「持つ」ことと「表現する」ことは別であり、後者は既に高い精度で再現可能になっている。創造性も同様であり、過去のパターンの組み合わせである領域は、急速に自動化されつつある。
ここでラムリ氏が提示するのが、能力の再定義を目的としたフレームワーク「Athena(アテナ)(※7)」である。能力を「創造性」などの曖昧なラベルで捉えるのではなく、61の要素に分解し、認知、意図、感情、感覚運動などが複雑に絡み合う「動的なシステム」として扱う。
従来のリスキリングの限界も、ここにある。BANI(※8)の時代において真に求められるのは、特定のスキルの習得ではなく、学び方や考え方の根底にある「マインドセット」の変革である。マインドセットさえ確立されれば、人間は能動的に必要な知見を獲得し続けることが可能となる。
認知負荷の増大と10年後の労働市場
現在、多くのビジネスパーソンが費やす時間の約80%が、メールや形骸化した会議といった「外在的な負荷」に奪われている。問題の根源はスキル不足ではなく、人間が「考えられない環境」に置かれていることにある。AIの進化以上に、人間の「思考停止」こそが深刻なリスクである。
この構造的欠陥の影響は大きく、今後10年で労働力人口の約40%が労働市場に適応できなくなる可能性があると警告する。これは単なる個人の努力不足の問題ではなく、認知の構造そのものが環境の変化に追いついていない「適応の危機」である。
解決策として、ラムリ氏は「認知の再構築(cognitive restructuring)」を提唱する。ノイズによって奪われた認知資源を取り戻し、思考と学習の仕組みを作り直す試みである。これは個人の範疇を超え、教育制度や企業のマネジメント、富の分配構造までを含めた社会全体の再設計を必要とする。
AI時代に「人間に残るもの」の本質
AI時代において、「人間に残るもの」とは、特定の不変的な能力ではない。むしろ変化に適応し続けるための構造そのものである。
AIは中立な装置ではなく、私たちの選択を増幅させる存在である。私たちが思考を放棄し選択を避ければ、社会は「崩壊」へと向かう。一方で、自覚的な意思を持ってシステムを設計すれば、「ネオ・ヒューマニズム」への道が開かれる。未来は、自然に到来するものではない。現在進行形で起きている変化の中で、どちらの方向に舵を切るか、その意思決定の積み重ねこそが、未来の社会を形作るのである。
私たちはどのような「未来」を選択すべきか
今後10年で、労働力人口の約40%が既存の労働市場に適応できなくなる可能性がある。これが意味するのは、単なる雇用不安ではない。所得の減少が消費を冷え込ませ、社会保障の土台を突き崩し、最終的には社会全体の持続可能性を揺るがす深刻な事態である。
ここで問われているのは「社会は何を価値として定義するのか」という根本的な問いである。これまでの経済モデルは、GDPや市場取引の規模を「価値」の尺度としてきた。しかしその枠組みでは、医療、教育、ケア、子育てや介護といった、人間社会に不可欠な活動が不当に過小評価され続けてきた。AIによる効率化が極限まで進むほど、「市場的価値」と「社会的価値」の乖離はさらに拡大し、社会の歪みを露呈させるだろう。
AIが価値創出のメカニズムを根底から変えていく今、議論すべきは「どの仕事が生き残るのか」ではない。非市場的な営みも含めた、価値そのものの再定義である。
「経済の四次化」と人間らしい仕事の行方
ラムリ氏は、この文脈において、「経済の四次化(quaternary economy)」を提唱している。これは、従来の市場価値に加えて、社会的・環境的価値を統合的に捉え、持続可能な社会基盤を再設計しようとする試みである。この変革は国家の力だけで達成できるものではなく、民間セクターに委ねるだけでは格差を拡大させる。公的・民間双方のセクターが強固に連携し、新たな分配構造と価値基準を構築することこそが、その実現の鍵となる。
未来は予測不可能な自然現象ではない。どの方向に進むべきかを意識的に選び、設計し続けること、この「選択と設計」という動的なプロセスこそが、AIに代行させることのできない、人間に残された最も重要かつ「人間らしい仕事」にほかならない。
(※1)ラムリ氏が2025年4月に上梓した著作。約1200のシナリオ分析に基づき、2040年に向けた5つの社会像を提示している。
(※2)社会制度や信頼、秩序が機能不全に陥るシナリオ。現代の政治的不信や社会の分断が加速した先に位置づけられる。
(※3)アルゴリズムによる監視や技術的権威が強化され、秩序維持の名目で個人の自由が極端に制限される管理社会。
(※4)経済成長よりも環境負荷の低減や社会的公正を最優先するモデル。理想的だが、現行の政治経済システム下では実装の難度が高い。
(※5)包摂・持続可能性・社会的調和を基盤とした社会モデル。具体的な改革を通じた現実的かつ倫理的な進歩を重視する。より多くの人々の生活条件を向上させ、環境を保全することを目指す。
(※6)AIやバイオ技術が人間と融合し、生物学的限界を超えるトランスヒューマニズム的な進化を指す。
(※7)能力を動的システムと捉える研究フレームワーク。1つのスキルを「認知・意図・知識・感情・感覚運動」の5次元・61要素に分解する。フランスのデカトロン等の大手企業にて、200以上の学習手法を組み合わせた個別最適化研修に活用されている。
(※8)Brittle(脆弱)、Anxious(不安)、Non-linear(非線形)、Incomprehensible(不可解)の頭文字。VUCAを超え、予測不能で崩壊しやすい現代の特性を表す指標。
取材・TEXT=田中美紀(客員研究員)
写真提供:Alexis Deslepierre
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