AIで広がる個人の可能性を、どう組織の価値につなげるのか
この記事のポイント
- 個人が得た判断や学びを、組織の価値につなげる仕組み
- 個人の成長を支える経験や関わり、偶然の出会いを生む余白
- 一人で仕事が完結しやすくなる時代に変わる、人との接点
生成AIが仕事に入り込むにつれて、1人で仕事を完結できる範囲がずいぶん広がってきた。以前なら、わからないことは詳しい人に尋ね、専門外の仕事はその領域の人に依頼しながら進めていたが、今ではAIに相談しながら、これまでなら自分だけでは手を出せなかったところまで仕事を進めることができる。前回のコラムで取り上げた、営業担当者が自らプロトタイプをつくるような事例は、その象徴だろう。AIは仕事を速くするだけではなく、「ここから先は別の人の仕事」という境界まで動かし始めている。
ところが、一人ひとりにできることが増えたとしても、組織が生み出す価値もそれに伴って自然に大きくなるわけではない。研究会(※)で企業の実践者たちと議論を重ねていると、切実な課題感が見えてくる。
ある企業では、AIの活用によって開発のスピードが大幅に上がった結果、それまで問題になっていなかった別の工程がボトルネックになったという。開発だけが速くなっても、その先にある発売準備や後工程の仕組みが従来のままであれば、組織全体として生み出せる価値が同じように増えるわけではない。
さらに気になるのは、仕事の「自己完結」化である。AIを使えば、調べる、考える、つくるという一連の仕事を、他者の手を借りずに進められる場面が増える。それによって仕事の自由度は高まるものの、これまで仕事を進めるために必要だった上司への相談や同僚との議論、専門家への依頼といった接点は、意識してつくらなければ減っていくことになる。
実際、複数のグローバル企業におけるAI導入後の行動変化を分析したYuら(2026)は、AI利用者では文書作成など個人で行う活動の増加が、コミュニケーション活動の増加を大きく上回り、仕事の重心が個人で完結する活動へと移っていることを報告している。AIが仕事を効率化する一方で、人と関わらなくても仕事を進められる範囲もまた、広がり始めているのである。
ただし、AIの利用がそのまま人との関係を減らすわけではない。むしろ、AIを介して新しい知識共有のネットワークが生まれる可能性を示す研究もある。欧州のテクノロジーサービス企業で行われたフィールド実験では、組織内の知識を学習したAIを利用した従業員は、利用しなかった従業員に比べ、3カ月後に社内の協働・知識共有ネットワークにおける中心性が高まっていた(Puranam et al., 2026)。 研究者らは、AIが異なる専門領域の間をつなぐ「翻訳者」のような役割を果たした可能性を指摘している。
つまり、問題はAIによって人との接点が「減るか、増えるか」ではないのだろう。AIによって、仕事を進めるために人と関わる必然性が薄れる中で、それでも誰と、何のためにつながるのか。その接点を意図的に考えることが、これまで以上に重要になる。
1人でできるからこそ、1人では得られないものがある
企業との研究会で繰り返し話題になったのが、「現場」だった。
ある小売企業では、データサイエンティストとして採用した人材にも、最初の1年は店舗で働くことを求めている。高度な分析技術を持っていたとしても店舗を知らなければ、現場で本当に使われるものをつくることが難しいからだ。
たとえば、予測の精度を98%まで高めることが技術的には可能だったとしても、ビジネスでは95%で十分な場合がある。残り3%の精度を追求するよりも、早く現場に展開したほうが価値を生むこともある。その判断は、分析技術だけでは難しい。
製造業でも似た話が出た。研究室では正しいと思っていた技術を製造現場の人に見せると、その表情や反応から、「これは何かまずいらしい」と気づくことがあるという。何が現実に使えるのか、どこまでなら許容できるのか、どこに問題が起こりそうなのか。前のコラムでも触れたように、現場で身につけているのは知識だけではなく、仕事の「塩梅」とでも呼ぶべき感覚なのだろう。
さらに研究会での話を聞いていると、人や現場との接点には、こうした実践的な判断力を養うこと以外にも意味があるように思えた。現場に行けば、AIやデータにはまだ組み込まれていない一次情報に触れることができるし、自分とは違う立場の人と話すことで、それまで考えてもいなかった見方を持ち込まれることもある。予定していなかった人に会ったり、目的とは違うものが目に入ったりして、そのときは何とも思わなかったことが、後になって別の仕事につながることさえある。
研究会では、こうした出来事を「ミラクルが起こる余地」と表現する参加者がいた。AIは、こちらが投げかけた問いに対して必要な情報を集め、短い時間で答えを返してくれる。しかし、人が仕事を通じて得てきたものの中には、そもそも探していなかったものとの出会いも含まれているのだ。
だとすれば、AIによって自己完結できる範囲が広がる時代に重要なのは、単純に人とのコミュニケーションを増やすことではない。仕事は1人で完結できても、その人の認知まで1人の中で閉じないようにすることなのではないだろうか。
接点は、自然に生まれるものから、意図してつくるものへ
研究会に参加した企業の取り組みを見ると、現場へ行く機会を意図的につくっている企業もあれば、個人で完結できる仕事であってもあえて出社の機会を設けたり、定例会や他拠点との交流を残したりしている企業もあった。Slackなどを使って、同じ時間に集まらなくても気軽に会話が始まる仕掛けをつくっているところもある。
興味深いのは、必ずしも「一緒に仕事をする時間」を増やそうとしているわけではないことである。ある参加者は、1人で集中してできる仕事は1人で進めたほうが効率的だと話す一方、プロジェクトの定例会はあえて残していた。そこでは1人ずつ進捗を報告するのではなく、仕事の周辺で気になっていることや最近考えたことを話す。報告だけなら非同期で済むからだ。ある日は特に共有すべき話題がなかったため、映画に登場する学校の先生の教え方について話し、そこから研修や人材育成に関する議論が広がったという。
別の企業では、Slack上に毎日自動的に会話のきっかけが立ち上がるように設定していた。全員が同じ時間に集まらなくても、誰かが投稿したちょっとした疑問や発見に別の人が反応し、そこから会話が始まる。対面とオンライン、同期と非同期のどちらが優れているかを決めるのではなく、それぞれを異なる目的で使い分けているのである。
これまで、こうした人との接点の多くは、仕事を進める必要から自然に生まれていた。わからなければ先輩に聞き、専門外のことは詳しい人に相談し、1人ではできない仕事は誰かと一緒に進める。その過程で、自分とは違う見方に触れたり、想定していなかった情報を知ったりすることもあった。ところが、AIがその一部を担うようになれば、仕事を進めるための接点が減ると同時に、そこに付随していた学びの機会まで失われる可能性がある。
だからといって、以前と同じように人と関わる機会を残せばよいわけでもない。一次情報を得たいのであれば現場へ行き、異なる見方に触れたいのであれば、普段一緒に働いていない人と接点を持つ。ちょっとした疑問や気づきを共有するのであれば、非同期のチャットのほうが適していることもある。自然には生まれにくくなった接点を、何を得たいのかという目的から捉え直すことが必要になる。
マネジャーが設計するものも変わる
人との接点をこのように捉えると、マネジャーの役割も少し違って見えてくる。
これまでマネジャーが担ってきた仕事の一部は、すでにAIでもできるようになっている。知識を教えたり、壁打ちの相手になったり、一定の基準に照らしてフィードバックを返したりすることは、その代表だろう。しかし、一人ひとりがAIを使いながら異なる方向へ仕事を広げられるようになったからといって、人の成長を支えるマネジャーの役割まで小さくなるわけではない。
むしろ難しくなるのは、その人が今どこにいるのかを見立てて、次にどんな経験をするとよいのかを考えることかもしれない。この人には次にどんな仕事を任せるのがよいのか、誰と一緒に仕事をすればこれまでとは違う見方に出合えるのか、どこまで本人に判断を委ねるのか。さらに、失敗したとしても致命傷にはならず、本人が自分の判断を振り返れるのはどの程度の範囲なのかも考える必要がある。
さらに、ここで考えておきたいのは、AIによって「できることが増えること」を、そのまま本人の成長と捉えてよいのかということである。AIは、すでに持っている知識や経験を引き出し、組み合わせ、それまで1人では難しかった水準の仕事を可能にしてくれる。しかし、それは本人の能力そのものが高まったことと同じなのだろうか。
研究会でも、「AIによって能力の幅は広がっているが、深さまで増しているのかはわからない」という議論になった。ここでいう成長を、単に「できることが増えること」と捉えないのであれば、重要になるのは、AIを使った結果として本人のものの見方や考え方そのものが変わったかどうかなのかもしれない。以前なら見えなかったものが見えるようになったり、別の観点から問いを立てられるようになったり、自分が当然だと思っていた前提を疑えるようになったりする。そうした認知の更新まで起きて初めて、「AIによって成長した」と言えるのではないだろうか。
そう考えると、マネジャーにとって難しくなるのは、本人がAIを使って何を「できたか」を見ることよりも、その仕事を通じて本人の中で何が変わったのかを捉えることである。
そして、その変化を促すために、マネジャーが設計する対象も、仕事そのものだけではなくなっていく。誰にどんな経験をしてもらうのか、誰と関わる機会をつくるのか、どこまで本人に委ねるのか。仕事を割り振り、答えを教えることにから、経験と関係を設計することへと、その役割の重心が少しずつ移っていくのではないだろうか。
すべてを設計しない、という設計
ただ、ここまで「設計」という言葉を使ってきたものの、人が育つ環境をすべて意図的につくれるわけではない。むしろ研究会の議論を聞きながら考えたのは、設計することと同じくらい、設計しきらない部分を残すことが重要なのではないか、ということだった。
AIによって仕事が速くなれば、同じ仕事にかかる時間は短くなる。その時間を使って、さらに多くの仕事をすることもできるし、企画を10案出せるようになったのなら、次は20案、30案と増やしていくこともできるだろう。けれども、それだけがAIによって生まれた時間の使い方なのだろうか。
研究会では、出張の予定をあえて詰め込みすぎないという話が出た。現場へ行く目的はもちろんあるのだが、移動する途中で知り合いに会って近況を聞いたり、訪問先で予定していなかった人と話したり、そこに置いてあったものが目に入って後になって別の仕事につながったりすることもある。
偶然の出会いが必ず成果につながるわけではなく、その効果を事前に測ることも難しい。それでも、効率化を徹底して空いた時間をすべて次のタスクで埋めてしまえば、予定外のものが入り込む余地そのものがなくなってしまう。
AIによって効率化できるからこそ、そこで生まれた時間の一部をあえて空けておき、少し立ち止まって考えたり、人と話したり、目的とは直接関係のないものに目を向けたりする。そうした「ゆとり」は、何もしていない時間というよりも、まだ何につながるかわからないものを受け取れる状態と考えることもできる。
人との接点を意図的につくる一方で、そこで何が起こるかまで決めすぎない。AI時代の職場には、そんな一見矛盾した設計も必要だ。
組織に残すのは、完成した「正解」だけでよいのか
人や現場との接点から得たものを、個人の中だけに留めず組織へ戻していくことも、重要な課題である。
AIの活用が進む中、過去の文書や成果物をAIに読み込ませ、組織知として利用しようとする動きも広がっている。しかし第3回の研究会では、完成した成果物だけを蓄積しても、その会社固有の判断基準は十分には残らないのではないか、という興味深い議論があった。
たとえば、社内の承認プロセスで最終的に通った企画だけを残せば、何が承認されたのかはわかる。しかし、それだけでは、なぜ別の案は却下されたのか、途中で何が懸念され、どこを修正した結果として最後には承認されたのかまではわからない。むしろ、その会社らしさが表れるのは、そうした途中の判断なのかもしれない。
「品質については、ここだけは譲らない」「この程度のリスクなら、挑戦するほうを選ぶ」といった判断は、一つひとつを見れば小さなものかもしれない。それでも、その蓄積をたどれば、その会社が何を大切にし、どこでリスクを取り、どこでは取らないのかが見えてくる。
ならば、AI時代に蓄積すべき組織知は、「正解」のデータベースだけではない。どう考え、どこで迷い、なぜその判断をしたのかという過程まで残すことができれば、個人の経験から生まれた知を、完成した成功事例とは違う形で組織へ戻すことができる。
そしてこの話は、このシリーズの最初に触れた「自社らしさ」にもつながっている。AIに何を任せ、人に何を期待するのかを考えることは、自社が何を大切にする会社なのかを問い直すことだった。その「大切にしていること」は、理念として掲げられた言葉だけでなく、日々の承認や却下、迷いながら下してきた判断の中にも眠っている。
判断の途中を残すことは、自社らしさを、次の判断に使える組織の知へ変えていくことでもある。
ここまで4本のコラムを通じて、AIに何を任せるのか、人にはどのような経験が必要なのか、AIによって広がる仕事の可能性をどう生かしていくのかを考えてきた。
研究会での議論を振り返ると、生成AIによって変わるのは、個々の仕事の進め方だけではない。これまで仕事の中に埋め込まれていた成長の機会もまた、変わり始めている。高い基準に向き合うこと、他者と関わりながら仕事を進めること、自分の関心と組織の目的を結びつけること。こうした経験は、従来の職場では仕事を通じて得られるものだった。しかし、AIによって仕事のプロセスが変わるなかで、これまでと同じように生まれるとは限らない。
では、人が成長し続けるために、これからの職場にはどのような機会が必要なのだろうか。研究会での議論を踏まえ、意図的に設計したい5つの成長機会を整理した(図)。
図 仕事を通じた成長環境は、AIによってどう変わるのか
個人の可能性を、組織の価値につなげる
AIによって一人ひとりにできることが増えれば、これまで職域に阻まれていたアイデアを自分で形にしたり、苦手な仕事をAIに補ってもらいながら、自分の強みやこだわりにより多くの時間を使ったりできるようになる。こうした可能性を、組織の都合で狭める必要はないだろう。
一方で、一人ひとりが自由に能力を広げるだけで組織として生み出す価値が高まるわけでもない。1人でできる仕事は1人で進めながら、1人では得られない一次情報や異なる見方については人や現場とつながり、その接点を職場やマネジャーが支える。さらに、すべての時間を予定で埋め尽くさず、思いがけないものに出会える余白を残しながら、そこで生まれた判断や学びを個人の中だけに閉じず、次の誰かが使える知として組織へ戻していく。
こう考えると、AI時代の組織に必要なのは、個人の能力を最大化するための仕組みだけではないのだろう。AIによって、すでに持っている力をより大きく発揮できるようにする一方で、1人では得られないものに接続することで、その人自身のものの見方や考え方も更新されていく。できることが広がるだけでなく、ものの見方や考え方が変わること。その両方があってこそ、AI時代の成長と呼べるのではないだろうか。
AIに何を任せるのか、人には何を経験してもらうのか、一人ひとりは何を自分の仕事として担うのか。こうした問いを重ねていくと、最後には、もう少し大きな問いにたどり着く。
どんな人が、どんな経験をし、誰と関わりながら価値を生み出す組織をつくりたいのか。
AI時代に問われているのは、AI導入後の人材育成だけではない。AIによって仕事が変わる今だからこそ、人と仕事と組織をどのようにつなぎ直すのかを、あらためて考える必要がある。
(注)「AI時代の人材育成研究会」は、リクルートワークス研究所が主催した研究会である。製造業、サービス業、金融業、小売業など、業種や企業規模の異なる企業から、生成AIの活用や人との協働に取り組む実践者を招いた。各社の試行錯誤や課題を持ち寄り、生成AI時代の人と組織の成長について議論した。各社の公式見解ではなく、参加者自身の経験や考えに基づく率直な議論を重視しているため、本稿では企業名や個人名が特定できないよう、内容を一部加工して紹介している。
■引用文献
Yu, Y., Chen, Y., Hu, R., Suri, S., & Counts, S. (2026).
Adoption of Generative AI in the Workplace: Increasing and Shifting the Balance of Productivity and Communication Activity. arXiv:2608.15550.
Büchsenschuss, R., Koch-Bayram, I., Biemann, T., & Puranam, P. (2026).
GenAI Adoption Increases the Density of Knowledge and Collaboration Networks: Evidence from a Field Experiment. INSEAD Working Paper No. 2026/22/STR.
辰巳 哲子
研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)
メールマガジン登録
各種お問い合わせ