エッセンシャルワークの「職種・資格の壁」を越えられるか ――現場職の持続可能なキャリアパスを探る
人手不足の現場で進む、生産性向上の取り組み
本研究は、エッセンシャルワークに従事する現場職が持続的に働き続けるために、いかなるキャリアパスが必要となるのかを明らかにすることを目的とする。人手不足のもとで生産性向上は進む一方、それのみでは労働供給の制約は解消されていない。本研究では、その背景にある構造的要因として、資格制度、業務の細分化、テクノロジー進展に伴う学び直しに着目し、キャリアパスの構築を阻む要因を整理する。
リクルートワークス研究所(2023)『未来予測2040』では、労働供給制約社会を「生活を維持するために必要な労働力を日本社会が供給できなくなる可能性」として捉え、生活者視点からその問題を提示している。これを踏まえ、リクルートワークス研究所(2025)『令和の転換点』では高齢人口の増加に伴い、生活維持サービスの需要が着実に高まるなかで、エッセンシャルワークの持続可能なあり方が検討されてきた。その一環として、医療・介護、公共安全・セキュリティ、食品・日用品製造・販売、交通・物流、エネルギー・インフラの5領域を対象に「エッセンシャルワーク実態調査」(※1)を実施した。
同調査によると、エッセンシャルワーク領域の37.0%が「過去2年ほどで業務改善があった」と回答している(※2)。具体的な取り組みとしては、「業務標準化(マニュアル作成、教育研修など)」(42.3%)や「一部業務の削減」(39.9%)が上位に挙げられた(図表1)。さらに、「テクノロジー導入」(34.0%)、「勤務形態の変更」(27.8%)、「教育・研修の改善」(24.9%)に加え、「一部業務の外部発注・依頼」(20.9%)や「組織体制の変更」(24.6%)など、複数の施策が組み合わせて実施されていることが確認される。こうした結果から、現場では多様な手段を通じた効率化の取り組みが進展している様子がうかがえる。
図表1:現場における業務改善の具体的内容
出所:リクルートワークス研究所(2025)「エッセンシャルワーク実態調査」より筆者作成
現場の取り組みと労働供給の関係
一方で、これらの取り組みの多くは、既存人員による業務配分の見直しや効率化に関するものであり、労働供給の量そのものを直接的に増加させるものではない。そのため、生産性向上が一定程度進んだとしても、人手不足が継続する背景には、個別の現場対応のみでは十分に説明しきれない要因が存在する可能性がある。
こうした状況は、人手不足の問題が業務運営の改善にとどまらず、労働市場の構造的な条件と関係していることを示唆している。
新規参入に関わる制度的条件――資格取得に要する時間と費用
こうした構造的な制約の一因として、資格制度の存在が挙げられる。エッセンシャルワークのなかには短期間で取得可能な資格もあるが、医療・介護、公共安全・セキュリティ、エネルギー・インフラなどの分野には、業務遂行に国家資格が求められる職種が多く含まれる。とりわけ、無資格者による業務遂行が認められない「業務独占資格」や、名称の使用が制限される「名称独占資格」の場合、一定期間の養成課程の修了と国家試験の合格が前提となるため、就業までに複数年を要する(図表2)。
養成課程には相応の費用負担が伴う。たとえば、専門学校では約230万~410万円、私立大学では約500万~600万円程度の費用が必要とされるほか、医師や薬剤師といった職種では、私立大学の場合で約1150万~3420万円に達する場合もある(岩出, 2026)。このように、参入に長期かつ高額の投資が求められる点は、エッセンシャルワークの特徴のひとつといえる。
さらに、業務独占資格や名称独占資格のうち、養成課程の修了が資格取得の要件とされている職種では、一度社会に出た後に当該職種への参入を志向する場合、現在の職業から離れて養成課程に通うことを求められるケースが多い。もっとも、夜間課程など就業を継続しながら資格取得が可能なルートも一部に存在するが、時間的・経済的負担はいずれにしても大きい。教育費用の負担に加えて、就業継続によって得られたはずの所得や経験の蓄積の機会が失われるといった機会損失も生じる。こうした時間的・経済的負担は、新卒時の進学・就職選択と比べて相対的に大きく、中途段階での参入を制約する要因として作用している。
これらの資格制度は、サービスの質や安全性を確保するうえで重要な役割を果たしている。一方で、こうした制度的条件のもとでは、新規参入を短期的に拡大することは容易ではなく、労働供給の調整が難しい構造が形成されていると整理できる。
図表2:養成課程を経て取得する主な国家資格例(※3)
※本表における「専門学校」とは、学校教育法に基づく専修学校専門課程を指す。
出所:文部科学省(2025a, 2025b)および東京都専修学校各種学校協会(2025)を基に筆者作成
資格取得後のキャリア継続の状況
では、このような投資を経て当該職種(資格)を選択した人材は、どの程度その職業に継続して従事しているのか。図表3は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を用いて、2016年から2025年までの10年間における企業規模10人以上の事業所の職種別平均年齢の推移を示したものである。全体(一般労働者)の平均年齢は2016年の42.2歳から2025年には44.4歳へと上昇しており、労働市場全体で高齢化が進んでいる。
このなかで、医師は特徴的な動きを示している。2016年時点では全体平均を下回っていたものの、その後上昇し、2025年には45.7歳に達している。医師の約2割は診療所の開設者や法人代表者として独立しているとされるが(※4)、こうした独立層を除いた組織勤務医においても平均年齢は高水準で推移しており、職業としての従事期間が比較的長い可能性が示唆される。
一方、薬剤師、看護師、栄養士、保育士、自動車整備士などでは、平均年齢はいずれも全体平均を下回って推移している。これらの職種でも年齢自体は緩やかに上昇しているものの、相対的には同一の職種に継続して従事している期間が短い可能性があると解される。
もっとも、平均年齢は職業継続そのものを直接的に示す指標ではない。ただし、資格取得者が当該職種で就業していない状況については、他のデータからも確認される。たとえば、小林・五十嵐・池田(2021)によれば、2018年時点の65歳未満の潜在看護職員数(資格を有しながら就業していない者)は約69万人であり、資格保有者全体の31.11%を占めると試算されている。
以上を踏まえると、養成課程における時間や費用といった投資を経て取得された国家資格が、同一職種での継続的な就業を必ずしも保証するものではないことが示唆される。すなわち、獲得された専門性はその専門性が主に想定する職業の範囲内で活用されるとは限らず、他のキャリアへの移行や未就業の状態にあるケースも一定程度存在すると考えられる。
この点は、労働供給の観点からも重要である。資格取得が就業の前提となる職種では、新規参入を短期的に拡大することが難しいため、すでに資格を有する人材がどの程度当該職種で継続して従事しているかが、その職種における労働者確保の重要な要因となる。
図表3:職種別の平均年齢の推移(※5)


出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査2016~2025年」より筆者作成
単一職種で完結しないキャリアへ――職務の境界を捉え直す
エッセンシャルワークの現場では人手不足を背景として多様な業務改善が進められているものの、それのみで人手不足そのものが解消されているわけではない。エッセンシャルワークを支える資格制度は、専門性の担保に不可欠である一方で、現状の資格制度の設計は労働供給の調整を困難にする構造的制約としても機能している。さらに、資格取得後のキャリアの継続性も一様ではない状況が確認される。これらを踏まえると、単一の職種内部でキャリアが完結するという従来の前提を、改めて見直していく必要があるように思われる。
実際に、医療現場ではタスクシフト(業務の移管)やタスクシェア(業務の共同化)が進展しており、医師・看護師・薬剤師といった複数の職種が相互に補完しながら業務を担う動きが見られる。これらの取り組みは、単なる効率化にとどまらず、職種ごとの役割や職務の境界の再編を伴うものとして位置づけられる。このような変化は、資格制度によって規定されてきた職務の境界を相対化し、エッセンシャルワークにおけるキャリア形成に新たな選択肢と柔軟性をもたらす可能性がある。
持続可能なキャリアパスの構築を阻む壁――問題意識と分析の焦点
これまでの検討から、エッセンシャルワークの現場職においては、養成課程を経なければ資格の取得や就業が困難であるという高い参入障壁が存在する。加えて、一度当該職業に就いた後も、必ずしも同一職種で長期的に就業し続けられているとは限らず、キャリアの将来像を描きにくい構造となっている。こうした状況において「新たな担い手の確保」だけでなく、すでに資格を有する人材がどのように継続して従事しながらキャリアを展開していくのかという視点が重要となる。
したがって、エッセンシャルワークを選択する価値をより一層高めていくためには、キャリア形成を阻む壁の所在を明らかにし、それをいかに乗り越えるかという設計が求められる。本研究では、この問題意識のもと、持続可能なキャリアパスの構築を阻む主要な壁について、3つの角度から検討を行っていく。
焦点①:職種・資格の分断が生むキャリア固定の壁
エッセンシャルワークでは、職種・資格ごとに業務範囲が区分されているため、新たな資格を取得しない限り、他領域へと展開しにくく、キャリアが同一職種内にとどまりやすいという壁が存在する。
一方で、役割の拡張を通じて職域を超える動きも見られる。たとえばコメディカル(医師や歯科医以外の医療従事者の総称で、看護師、薬剤師、リハビリ職、臨床検査技師などの医療技術職などが含まれる)領域では、NP(Nurse Practitioner:診療看護師)の資格取得者が医師の指示のもとで特定行為や一部の診療行為を担うことで医師の負担軽減や医療提供の迅速化、医療従事者間のつながりの強化やチーム医療の推進などの役割を果たしている。こうした取り組みは、職種・資格の枠組みによるキャリア固定化の壁を緩和しうる可能性を示しており、越境的な役割設計のあり方を検討していく。
焦点②:業務の細分化が生む経験固定の壁
医療・介護などの領域では、人手不足への対応として業務の分解・細分化が進み、看護助手や介護助手といった職種の導入により、未経験者やパートタイム勤務を含む多様な人材の参入が可能となっている。一方で、資格を有しなければ担えない業務が明確に区分されているため、無資格のままでは業務範囲の拡張が難しく、本人が専門性の深化を志向する場合であっても、その機会は構造的に制約されやすい。さらに、業務の細分化により担当範囲が限定され、職務全体を把握する機会も制約される傾向にある。
その結果、体系的なスキル習得やキャリア展開につながる機会が制約され、キャリア形成が停滞する壁として作用する可能性がある。この壁を乗り越えるためには、部分化された業務をつなぐ経験設計や、スキルの可視化といった仕組みが求められ、その具体的な方策について検討を行う。
焦点③:業務再編に伴うスキル変化と学び直しの壁
AIやデジタル技術を含むテクノロジーの進展により、現場における業務は再編され、従来の職務内容や求められる技能にも変化が生じている。こうした変化に対応するには、新たな知識や技能の習得が求められ、既存人材にとっては学び直しが前提となるという壁が存在する。
たとえば橋梁の定期点検では、ドローンを活用した点検手法が導入され、従来の目視点検とは異なる機器操作やデータ取得・解析に関する技能が求められるようになっている。このような変化は、新たな技能を有する人材にとっては参入機会を広げる一方で、既存人材にとっては学び直しの可否がキャリアの分岐点となりうる。したがって、業務再編に伴うスキル変化を踏まえた学び直しと移行支援のあり方が重要な論点となる。
(※1)調査期間は、2025年1月9日(木)から10日(金)で、インターネット調査を実施した。調査対象は、全国の20~69歳の男女で、エッセンシャルワーク従事者である。エッセンシャルワークの職種については、厚生労働省の事務連絡「厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部」(https://www.mhlw.go.jp/content/000881571.pdf)を参照に整理した。今回の調査対象では第1次産業、比較的賃金が高いとされる職種(医師・薬剤師・マスメディア・金融関連など)を除き、①医療・介護②公共安全・セキュリティ③食品・日用品製造・販売④交通・物流⑤エネルギー・インフラの5つの領域とした。サンプルサイズは各職種515サンプルの合計2575である。
(※2)職場における過去2年程度の業務効率化に向けた業務改善の有無について、「あった」37.0%、「なかった」42.5%、「わからない」20.6%であった。
(※3)看護師および保育士については通信課程も存在するが、本表では通学課程のみを対象とし、通信課程は除外している。学費の目安は、文部科学省(2025a)(2025b)および東京都専修学校各種学校協会(2025)の資料を基に、初年度学生納付金等の平均額(実験実習料・その他の学校納付金を含む)に、養成課程の修了に必要な標準修業年数を乗じて算出した。なお、専門学校に関する数値は東京都のデータに基づいており、全国一律の水準を示すものではない点に留意が必要である。学費の目安には、養成課程において必要とされる学校納付金のみを含み、教材・実習用器具等の購入費や生活費は含まれていない。
(※4)厚生労働省(2025)によれば、2024年時点の医師数は34万7772人であり、このうち診療所の開設者または法人の代表者は7万46人と、全体の20.1%を占めている。なお、病院・診療所を含めた医師全体の平均年齢は50.6歳である。
(※5)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」では職種分類の見直しが行われており、自動車整備士については、2016~2019年は「自動車整備工」、2020~2025年は「自動車整備・修理従事者」のデータを用いて、連続した時系列として整理した。
(参考文献)
岩出朋子(2026)「国家資格は何を約束しているのか?」
https://www.works-i.com/column/works05/detail025.html(2026年6月25日アクセス)
厚生労働省(2025)「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/24/dl/R06_1gaikyo.pdf(2026年4月9日アクセス)
小林美亜・五十嵐中・池田俊也(2021)「新たな看護職員の働き方等に対応した看護職員需給推計への影響要因とエビデンスの検証についての研究」令和2年度厚生労働科学研究費補助金地域医療基盤開発推進研究事業 総括・分担研究報告書,厚生労働省
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/download_pdf/2020/202022038A.pdf(2026年6月17日アクセス)
東京都専修学校各種学校協会(2025)「令和7年度『学生・生徒納付金調査』結果について」
https://tsk.or.jp/documents/general.php(2026年6月17日アクセス)
文部科学省(2025a)「令和7年度私立大学入学者に係る初年度学生納付金等 平均額(定員1人当たり)の調査結果について」
https://www.mext.go.jp/content/20251226-mxt_sigakujo-000046463_1.pdf(2026年6月17日アクセス)
文部科学省(2025b)「国公私立大学の授業料等の推移」
https://www.mext.go.jp/content/20251226-mxt_sigakujo-000046463_4.pdf(2026年6月17日アクセス)
リクルートワークス研究所(2023)『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』
https://www.works-i.com/research/report/item/forecast2040.pdf(2026年6月18日アクセス)
リクルートワークス研究所(2025)『令和の転換点』
https://www.works-i.com/research/report/item/turningpoint.pdf(2026年6月18日アクセス)
リクルートワークス研究所(2025)「2025年、現場改革はどのくらい進んでいるのか――エッセンシャルワーク 未来の展望①」
https://www.works-i.com/research/project/turningpoint/saizensen/detail006.html(2026年6月17日アクセス)
岩出 朋子
大学卒業後、20代にアルバイト、派遣社員、契約社員、正社員の4つの雇用形態を経験。2004 年リクルートHR マーケティング東海(現リクルート)アルバイト入社、2005年社員登用。新卒・中途からパート・アルバイト領域までの採用支援に従事。「アルバイト経験をキャリアにする」を志に2024年4月より現職。2014年グロービス経営大学大学院経営研究科修了。2019年法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。
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