
「働く場所がなくなる」経験の衝撃——キャリアショックの一側面としての解雇・倒産
前回のコラムでも見てきたように、キャリアにおける「ショック」は、必ずしも目に見える劇的な出来事に限らない。異動、昇進、降格、上司の交代、チームの解体、業績不振……。こうした「出来事」は組織の中で日々起こり得るが、誰もが等しくショックを受けるわけではない。
本稿ではミドル期にどのような出来事がきっかけとなり、どのような心理的メカニズムによってキャリアショックが引き起こされるのか、詳しく見ていこう。そうすることでキャリアショック全体のプロセスがより具体的に可視化されるからだ。「キャリアショック」は、「あの時のあの出来事があったからこそ、今自分はこの道を選ぶことができている」といった、自分のキャリアについて真剣に考えるきっかけとなる一連の経験だ。調査は、キャリアショック経験のある40~64歳に対して実施された(※1)。
キャリアショックのきっかけは「仕事」に多く潜んでいる
調査では、「大きく動揺する出来事によって自分のキャリアを見直した人」を対象にキャリアショックについて尋ねることとした。調査対象者を絞り込むため、まず一般の40~64歳にキャリアを揺るがすような経験の有無を尋ねたところ、何らかの出来事によってキャリアを見直した経験をした人は、約半数だった。キャリアにかなり大きな影響を与える出来事が、誰にとっても起こり得るものであり、その出来事をきっかけにキャリアを見直すことは特別なことではなく、ごく自然な経験であることを示している。
次にキャリアショックを経験した人に対し、きっかけとなった出来事を3つまで挙げてもらった。図表1は、キャリアショックの要因として回答者が挙げた出来事のうち、最も大きいショック経験の反応率である。
グラフ中、黄色が仕事関連、青がプライベート、グレーはその他である。仕事に関連する出来事がキャリアショックを引き起こすケースが圧倒的に多く、合計すると65.4%にのぼる。その次に、私生活・家庭事情といったプライベートのショックが続いている。
図表1 キャリアショックの要因
※パーセンテージの合計は、四捨五入の影響により100%にならない場合がある。
各項目に着目すると、「私生活・家庭事情」(24.8%)からは、プライベートな状況の変化がキャリアに影響を及ぼしている様子がうかがえる。内容としては自身の病気や結婚・離婚、介護などが含まれる。ほぼ同数で多かったのは「職場の関係トラブル」(24.4%)であり、多くの人がキャリアショックの要因として「対人関係上の問題」を経験していることが示された。3番目に「雇用・経営の変化」(17.8%)が続く。その内容は倒産やリストラ・解雇など、自分にはどうにもならない状況の変化だ。続く「キャリア上の地位変化」(12.7%)は、昇進・降格・配置転換など、職業的なステータスの変化がショックの契機となっている。以下、震災の影響など「社会的・外的要因」(8.5%)、「業務内容・役割の変化」(3.8%)、スキルの陳腐化や上司の異動といった「仕事環境の変化」(3.6%)、労働時間の長時間化など「働き方・労働条件」(3.1%)、と続いた。
キャリアショックを経験した人のうち、約4人に1人が「私生活・家庭事情」を挙たことからは、仕事とプライベートが密接に影響し合っている現代において、キャリアは職場の中だけで完結するものではないことが明白である。また、「職場の関係トラブル」が多く挙げられたことは、キャリアショックが他者との関係性の断絶や摩擦によって引き起こされやすいことを示唆している。職場の他者との関係は、業務への意欲や自己肯定感に深刻な影響を及ぼす。
これらの結果からは、キャリアショックが単なる職務の変化ではなく、家庭や健康といった生活基盤の揺らぎや人間関係の断絶といった、個人の心の土台を揺るがすような出来事として立ち現れていることがうかがえる。しかし一方で、組織の解体や制度の変化といった構造的な要因も無視できないインパクトを及ぼしている。
個人のキャリアを揺るがす経営判断
今年に入り、事業再編や構造改革が加速する中で、黒字決算でありながら人員削減を行う企業が目立つようになってきた。その判断が経営上の合理性に基づいていたとしても、その陰には、仕事や役割を突然失い、キャリアの方向を見失う個人が確かに存在している。
当事者にとっては、通告のタイミングや説明の有無、関わる人々の態度ひとつで、その経験が「仕方のない出来事」から「人生を揺るがす喪失」へと変わってしまう。企業の都合で語られる「構造改革」は、個人にとってはキャリアと生活の基盤を脅かす体験となる。
加えて、企業にとっても、個人のショックがもたらす影響を軽視することはできない。突発的な退職や職場の空気の悪化、残された従業員の不信感は、組織の持続性や人材活用力に直接関わる課題である。だからこそ、個人のキャリアの線上に自社の判断がどう位置づけられるのか、人を動かす前に、個人の物語に目を向ける視点が、これまで以上に求められている。
今回のコラムでは、キャリアショックのきっかけとなった出来事のうち、「雇用・経営の変化」に焦点を当てる。具体的な項目としては、「リストラ・解雇」「勤めていた企業の業績悪化や倒産」が含まれる。組織の論理が個人のキャリアをどう揺るがすのか、その実態について「何が起こったのか」「その時どのような気持ちになったのか」、個人が認知した事実とその事実を通じて湧き上がった感情の両面から見ていきたい。
以降の内容を読むことで、人によっては思い出したくない過去の記憶を想起させることになってしまうことがあるかもしれない。それでも筆者がこのテーマを取り上げようとしたのは、これまでのインタビュー経験を通じて考えてきた、以下の2つの理由があるからだ。
同様の経験をした人にとっては、その出来事を冷静に捉え直し、何が自分を揺るがせたのかを言語化・可視化するきっかけになるのではないか、と考えるからである。また、企業やマネジメントの立場にある人にとっては、制度や配置の変更が個人の尊厳をどのように傷つけ得るのかを知り、ショックを生まない対話のあり方を考える一助となれば幸いである。
リストラ・倒産・事業買収時の「心の震源地」を探る
「雇用・経営の変化」ではいわゆるリストラや勤めていた企業の業績悪化や倒産、事業買収に直面した個人に対して、具体的にどのような出来事が起こったのかを尋ねた。回答された自由記述(※2)の内容について代表的なものを列挙する。
これらの事例から見えてくるのは、リストラや解雇をきっかけとした個人のショックが極めて不安定で制御不能な環境変化の中で発生しているということだ。順に見ていこう。
「突然の倒産・閉鎖・事業撤退」は、従業員に何の前触れもなく、ある日を境に職場が消失するような出来事として語られており、準備や心の整理が全くできないままショックに直面している。
「予告なし・理不尽な解雇」も同様に、形式的な解雇手続きさえ踏まれていないケースも見られ、法的にも倫理的にも問題を孕む事例が多い。単に職を失うだけでなく、「尊厳を損なわれた」と感じる体験がキャリア全体に深い影を落としている。
「買収・譲渡・統合による変化」は、表向きは組織の制度上の再編であっても、個人の働く環境や人間関係、評価体制が一変することで、実質的なキャリアの断絶につながっている。そして、「業績悪化による整理解雇・リストラ」は比較的“正当な理由”として扱われがちだが、実際の記述には「突然」「納得できない」「自分だけが対象にされた」といった心理的抵抗感が強くにじんでいる。最後に「給与未払い・待遇悪化」は、制度や経営の形骸化が進んだ状況で起こる問題であり、従業員の信頼が完全に崩れる中で生活そのものが脅かされている。
大きな動揺の本質
解雇・リストラ・事業撤退等によるキャリアショックに直面した人々の感情の記述からは、単なる「失職」の枠を超えた、深く多層的な心理的打撃の実態が浮かび上がってくる。
1.ショックの本質は「扱われ方」にある
「突然だった」「説明がなかった」「誰も守ってくれなかった」──
こうした訴えは非常に多く、出来事そのものよりも、その伝えられ方や手続きの不在こそがショックを増幅していたことが読み取れる。
「突然解雇を告げられたので、絶望感に襲われた」
「上司も会社も雇用者(私)は守ってくれないと思った」
リストラは制度的には合理的に説明できたとしても、「人としてどう扱われたか」によって、尊厳が傷つく経験になることがわかる。
2.「生きていけるのか」という根源的不安
多くの記述に共通していたのは、「この先、どうやって生きていけばよいのか」という強い不安感である。これは単なる収入減への心配ではなく、「生き方の見通しが立たない」「社会との接点を失うかもしれない」という恐怖である。
「これからの生活について不安になった」
「人生が終わったと思った」
このように、突然のショックは、自分の存在が社会から剥がされていくという実感と直結している。
3. 信じていたものが壊れる時、人は人間不信に陥る
「会社に裏切られた」「信用していた上司に切られた」「騙された」という言葉が多く見られた。これは、仕事だけでなく、人間関係や信頼していた価値観までもが一緒に崩れたことを意味している。
「全てが信じられなくなった」
「人間不信になりました」
「信頼を無くし、同じ職場にいれないと感じた」
ショックが深くなる要因は、出来事が「関係の断絶」でもあるからだ。これは仕事の喪失というより、社会的な自己の崩壊に近い。
4. 身体化する苦痛:ショックは心身に現れる
精神的ダメージはしばしば身体症状として現れていた。「頭が真っ白」「眠れない」「ご飯が喉を通らない」「病院に通った」といった表現が目立つ。
「ショックで寝込んだ」
「円形脱毛症になった」
「心療内科に通った」
このことは、キャリアショックが、実質的な健康リスクとしての性格も持っていることを示している。
本稿では、リストラや倒産、事業再編といった出来事に直面した人々の声を通じて、キャリアショックの実態を見てきた。そこに表れていたのは、職を失うという表面的な出来事以上に、自分の努力や存在が軽んじられたように感じる瞬間や、将来への見通しが立たなくなる不安、信頼の崩壊による深い戸惑いであった。
キャリアショックは、「何が起きたか」だけではなく、「どのようにその出来事と向き合わされたか」によって、その深さや痛みが大きく異なる。企業や組織の判断が合理性に基づくものであっても、それを受け取る個人には、感情のゆらぎや意味づけの葛藤が伴う。
だからこそ、どのように伝えるか、どのように寄り添うかという姿勢が問われている。
個人にとっては、キャリアを築くとは単に前に進み続けることではなく、時に立ち止まり、自分の物語を捉え直すプロセスでもある。キャリアショックの声に耳を傾けることは、これからの働き方と向き合う上で、欠かすことのできない視点を与えてくれる。
(※1)キャリアショック経験のある人に回答してもらうため、「あなたはこれまでのキャリアの中で、自分にはどうにもならない予測不能な出来事で、大きく動揺するような経験をどの程度経験しましたか」と尋ね、全く経験していない(0回)人を除いた。さらに、「あなたは、キャリアショックをきっかけに自らのキャリアについて真剣に考え直す経験をしたことはありますか」について「考え直す経験をしたことがある」と回答した人に実施した。
(※2)「解雇」「リストラ」「事業撤退」をキャリアショックのきっかけとして選んだ回答者のうち、自由記述回答があったのは約7割で、当時の状況や気持ちが詳しく書かれていた。
調査概要
キャリアショック調査:2025年3月7日~3月17日、インターネット調査。40~64歳に対し、本調査では、性別・年代・エリア・雇用形態の構成比について、2024年10~12月に実施された労働力調査の結果に準拠した。その上で、スクリーニング調査におけるキャリアショック経験者の出現率を掛け合わせ、市場構成を反映した標本設計を行っている。スクリーニング調査回収数:10,000s 本調査回収数:2,000s
調査では回答しづらい内容があることを同意した上で回答に進める仕組みとしており、キャリアショックの具体的な内容については、回答者の心理的な負担に配慮して任意回答や非回答の選択肢を設置した。

辰巳 哲子
研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)