
キャリアの足場が消えるとき——ミドル期に訪れる“立ち止まり”と問い直し
これまで築いてきた働き方や生活のバランスが、ある日突然崩れる――。ミドル期には、予期せぬ異動、制度変更、職場の人間関係の変化など、コントロール不能な出来事が起こりやすい。多くの人が、その衝撃からどう回復し、どうキャリアを再構築すればよいのか、模索している。本コラムでは、その実態と内省・再構築プロセスについて約2,000人に対する調査の結果から明らかにする。第1回の本稿では、本プロジェクトの3つの観点を示す。
ミドル期にはキャリアの停滞が起こりやすい
40代前半になると、一般的にこれまでの経験で得られたスキルを維持しながら仕事を進めている人が多い。実際に40代・50代での変化を尋ねると、自分の仕事の位置づけなど「やりたいことがわからない」、「仕事に対する満足度が下がった」「人生の中で『働くことの位置づけが変わった』」との回答が多く見られていた。
ところがミドルが停滞している一方で、彼らを取り巻く環境に着目すると、職場で求められる役割が少しずつ変化する時期でもある。さらに予期せぬ失職や異動、技術革新によって求められるスキルの急激な変化、上司や同僚の突然の失職や役職定年の制度変更など、ミドルを取り巻く環境は目まぐるしく変化している。こうした変化は、本人の意向とは無関係に起こり、従来の働き方を揺るがす要因となっている。老後に備えるにはまだ若いが、若い頃のように体力が続くわけではないにもかかわらず。
ミドル期に起こりやすい「キャリアショック」
「キャリアショック」に着目すると、最も大きなキャリアショックを経験した年齢として多いのは、40代であり、次に30代、50代が続く(図表1)。この結果は、ミドル期がキャリアにおける転機や岐路に直面しやすい時期であることを示唆している。このミドル期のキャリアショックをどのように回避すればよいのだろうか、またキャリアショックをどのように次のキャリアに活かせばよいのだろうか。
図表1 最も大きなキャリアショックを経験した年代
出所:リクルートワークス研究所(2025)キャリアショック調査
本プロジェクトは先行して進められていた「ミドル期の挫折とキャリア」の第2期にあたる。キャリアショックとは、少なくともある程度は本人のコントロールの及ばない要因によって引き起こされ、自らのキャリアについて慎重に考え直すきっかけとなる、破壊的で非日常的な出来事である。キャリアショックにおいては、ポジティブな価値づけをされることもあればネガティブな価値づけをされることもある。つまり、「ショック=悪いこと」とは限らず、その後のキャリアを深める機会にもなり得るのである。本プロジェクトチームがキャリアショックに着目するのは、「キャリアショック」がその語感の持つネガティブなイメージとは異なり、「あの時のあの出来事があったからこそ、今自分はこの道を選ぶことができている」といった、自分のキャリアについて真剣に考えるきっかけとなる効果が見られるからだ。
図表2
第1期のプロジェクトでは、キャリアショック経験のある方にインタビュー協力を依頼し、自らのキャリアについて深く考え直すきっかけとなった出来事について、その時の気持ちの変化を尋ねた。その結果、個人にキャリアショックをもたらした出来事としては、所属していた組織の事業の売却、親会社への吸収、業績の悪化による別の事業へのシフトや自然災害による自社の倒産、ハラスメントによる影響など、それぞれは異なっていたが、「ある個人が日々のキャリアを歩む上での前提からかけ離れた想定外の出来事に直面する」ということ、その出来事によってかなり大きな動揺をしたこと、そしてその出来事をどう意味づけ、解釈といった内省するかによって、その後の個人のキャリアが変わるという点においては共通していることが明らかになった。
そこで、続く第2期では、これまでのインタビューで見えてきた内容を基に、キャリアショック経験のある2,000名のミドルに対して実施した定量調査の結果から、以下の3つの観点でより深くキャリアショックの理解を進めたい。
図表3 キャリアショック前後のプロセス
観点1:ミドルはどのようなキャリアショックを経験しているのか
キャリアショックを経験したミドルはどれくらいいるのか、キャリアショックとはどのような出来事によって引き起こされているのか、個人はそれをどのように認識するのか、また、キャリアショックを複数回経験している人はどのくらいいるのか、そのキャリアショックは予測し得る内容だったのか、ショックはどれくらい継続したのか、そのショックを「あのショックがあったからこそ今の自分がある」と考えている人はどのくらいいるのか、などを把握することが重要である。これらを明らかにするために、総務省統計局「労働力調査」のデータを基に、性別、年齢階層別、就業形態別、地域ブロック別、学歴別に母集団を反映した設計で割付を行った。この調査データを活用し、キャリアショックの実態を詳細に分析し、多くの人に起こり得るキャリアショック経験について理解を深めていく。
観点2:キャリアショックを引き起こす心理メカニズムとその予防策
キャリアショックとは、自分ではどうにもできない、思いがけない変化によって引き起こされるものである。例えば、上司の異動や配置転換、事業所の閉鎖などは、本人の意思とは関係なく突然起こることが多い。ただし、同じ出来事でも、それを「大きなショック」と感じるかどうかは人によって異なる。つまり、キャリアショックには認識するまでのプロセスがあると考えられる。
特に40代・50代になると、仕事のやり方や生活スタイル、人との関係性がある程度かたまり、それを変えることが難しくなってくる。そのため、これまで「こうあるべき」と思っていた仕事の進め方が通用しなくなり、自分自身の考え方やあり方を見直さざるを得ない場面が増えてくる。そうした時に自分のあり方をうまく切り替えられないと、強い葛藤や戸惑いがますます生じやすくなる。
そのようなショックを予防するためには、変化の兆しを早期に捉え、自分の価値観や判断軸を柔軟に見直す姿勢が求められる。詳細は今後のコラムで紹介するが、出来事の後の変化をよりよい状態にしていくためには、他者の存在が欠かせない。また、所属している組織に起因するキャリアショックもあるため、個人でできる予防、組織でできる予防の観点をそれぞれ提示したい。
観点3:キャリアショック後の回復・再起のプロセス
キャリアショックは、本人のコントロールが及ばない要因で引き起こされる破壊的で非日常的な出来事だ。予測もできない。以下は、調査の中でショックを引き起こす出来事が起こった時の気持ちを尋ねたものである。これらの声から、ショックが心身に及ぼす影響の大きさがうかがえる。
「そんなはずはないと思った」
「頭の中が真っ白になり思考不能に陥った」
「体調不良が1年以上続いた」
「このままでは自分が自分ではなくなる」
「絶望感しかなかった」
「私生活が破綻した」
「この先どうしたらいいかわからない」
「この先続けていけるか不安になった」
「信じられない、信じたくない気持ちだった」
「ショックで何から手をつけていいかわからない」
こうした状態からどのようなプロセスで立ち直ったのだろうか、また、過去を振り返った時に「あの時のあの出来事があったからこそ、今自分はこの道を選ぶことができている」と思えるには、経験に対するどのような意味づけや解釈が必要なのだろうか。
ショックからの回復のプロセスについては、喪失のプロセスモデルを参考とする。第1期で検討した、トランジション論に基づく離脱・解体・アイデンティティの喪失・覚醒・方向感覚の喪失、また、エリザベス・キューブラー・ロスの「喪の儀式(grief work)」を援用しながら議論を進めたい。ロスは、死を迎える人やその家族と向き合う中で、人が喪失を受け入れていくまでの心の動きを5つの段階に分けて説明した。この5段階モデル(否認 → 怒り → 取引 → 抑うつ → 受容)は、もともとは末期患者が死を受け入れていく心理的プロセスとして提示されたが、のちに喪失全般(離職、離婚、病気など)にも適用可能なモデルとして広く応用されている。
実際のインタビューをもとに4名の回復プロセスを分析したところ、①ショックの受け入れ(受容フェーズ)②適応フェーズ ③再構築フェーズが見られることが明らかになっている。
本研究プロジェクトの初期仮説とゴール
第1期に実施したインタビュー調査の結果からは、キャリアショックからの回復において、他者との関係性や、それを個人がどのように認識しているかが、その後の選択に対する満足度に大きく影響していることが明らかになった。
キャリアショックは、将来の見通しが立たないことによる不安を伴うものである。本研究プロジェクトでは、このような不確実な状況に対して、どのようにショックを予防するのか、個人がどのように回復し、自身のキャリアを立て直していくのかというプロセスに着目している。個人の語りや調査データを基に、キャリアの不連続な変化と、それに対する人の反応・適応・再構築のあり方を多角的に分析していくことで、キャリアを「直線的な成功の物語」ではなく、「折れや曲がりを含んだ個人の意味づけの過程」として捉える視点が重要だと考える。キャリアショックの全体像を明らかにすることで、個人が自身の経験を理解し、主体的にマネジメントしていくための手がかりを提供することを目指している。
調査概要
キャリアショック調査:2025年3月7日~3月17日、インターネット調査。40~64歳に対し、本調査では、性別・年代・エリア・雇用形態の構成比について、2024年10~12月に実施された労働力調査の結果に準拠した。その上で、スクリーニング調査におけるキャリアショック経験者の出現率を掛け合わせ、市場構成を反映した標本設計を行っている。スクリーニング調査回収数:10,000s 本調査回収数:2,000s
調査では回答しづらい内容があることを同意した上で回答に進める仕組みとしており、キャリアショックの具体的な内容については、回答者の心理的な負担に配慮して任意回答や非回答の選択肢を設置した。

辰巳 哲子
研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)