なぜ、“無意味な仕事”はなくならないのか?
── 病巣の核心は「不安」と「分断」にあった

2026年10月27日

報告書で見落としていた「真の病巣」

私たちが進めてきた「日本版“ブルシット・ジョブ”研究プロジェクト」では、2026年3月にプロジェクト報告書『“無意味な仕事”は、なぜ生まれ、増殖してしまうのか?』(リンク)を公表した。5000人を対象とした定量調査と100人を超える定性インタビューから見えてきたのは、欧米のような「暇でやることがない」状態とは真逆の、「多忙を極めているのに手応えがない」という日本の職場の過酷な現実であった。

報告書の中では、“無意味な仕事”を4つに分類、「ムダな仕事(ジャンク・ワーク)」「報われない仕事(ホープレス・ワーク)」「うまく行きそうにない仕事(ラビリンス・ワーク)」「作られた仕事(フェイク・ワーク)」という類型を提示し、仕事の流れが滞る「水道管の目詰まり(形式主義、手戻り、支援なき難題等)」や、部署間の「接続不全」が、“無意味な仕事”を雪だるま式に増殖させ、現場を疲弊させていることを解き明かした。そして、その「水道管のさらに上流」にある、根本的な発生源として、現代の経営においてイデオロギー化している「マネジリアリズム(管理至上主義)」の存在を指摘した。

しかし、研究チームを主導してきた私=豊田の頭には、どうしても拭えない違和感が残っていた。 

「なぜ、誰もがおかしいと知っているのに、目詰まりは放置され、無意味な仕事が生み出され続けるのか?」

報告書をまとめた段階では、まだ現象の表面(目詰まり)と、マネジリアリズムとがどのように有機的に結びつくのか、その核心が掴めていなかった。だが、報告書作成以降も、探索活動を継続し、安斎勇樹氏や坂井風太氏をはじめ、様々な研究者・実践者と膝を突き合わせた深層対話を続ける中で、“無意味な仕事”の発生、増殖という病巣の核心が見えてきたのだ。

カイシャとは何か ── 「人と人とのつながり」という生態系 

    病巣の核心に迫る前に、まず前提として私たちが捉え直さなければならないことがある。それは「カイシャ」という存在の本質だ。

    日本で働く人の大半は、何らかの組織・団体に所属している。民間企業、官公庁、自治体、学校法人、病院、NPOなど、その形態は様々である。これらすべての働く場を総称して「カイシャ」と呼ぼう。 

    カイシャとは、カタチがあるようで、実はカタチのないものである。オフィスが入るビルや、そこで作られている商品、サービスには目に見えるカタチがある。しかし、「カイシャ」という実体そのものがどこかに存在するわけではない。 そこにあるのは、「人と人とのつながり」だけである。

    誰かの「こうしたい」「こんな価値を届けたい」という想いに誰かが共感し、そこに血の通った関係性が生まれる。その関係性の中から仕事が生まれ、言葉のやり取りを重ねるうちに仕事は輪郭を持ち、製品やサービス、あるいは新たな事業へと結実していく。そうして生まれた仕事がさらに新たな人を結びつけ、共に何かを成し遂げる信頼の輪を広げていく。

    カイシャとは、本質的に「人と人とのつながり」が複雑に絡み合った一つの「生態系」なのだ。 しかし、現代のカイシャにおいて、この根幹である「つながり」が至るところで断ち切られている。 業績の悪化や激しい環境変化だけではない。多忙化、あそび(余白)の消失、雑談の減少といった日々の些細なきっかけでも、人と人とのつながりは簡単に切れてしまう。 

    そして、つながりが切れて生じた暗闇や空白に、“無意味な仕事”という病原体が忍び込んでくる。信頼や対話が失われた結果、それを補うための過剰な確認、報告、監視、資料作りといった仕事が際限なく増殖していく。 知者たちとの対話を通して見えてきたカイシャの真の病巣──それは、「不安」と「分断」であった。

    病巣の核心①:正解不在の時代だからこそ「不安は仕事になる」 

    不確実性が高く、変化の激しい現代において、経営層もマネジャーも現場のプレイヤーも、誰もが強い「底知れぬ不安」を抱えて働いている。「失敗したらどうしよう」「成果が出なかったら無能と思われるのではないか」「自分の存在意義が失われるのではないか」──。 人は、強い不安に苛まれると、自分を守るため、あるいは保身のために「何かしなければ」と考え始める。そして、その行動自体が新たな仕事を生み出し、その多くが“無意味な仕事”へと化けていくのである。 

    例えば、マネジャーが「自分はきちんと管理できているだろうか」「上から追及されたらどうしよう」という不安に直面すると、部下のタスクを細かく監視し、過剰な報告やエビデンスを求めるようになる。これが「ジャンク・ワーク(ムダな仕事)」の発生源となる。 

    一方で、プレイヤーが「自分の仕事は将来なくなるのではないか」「社内での存在価値を示さなければ」という不安に駆られると、実態から離れた施策を立ち上げたり、“やってる感”をアピールするための資料作りに没頭したりする。これが「フェイク・ワーク(作られた仕事)」を生み出す。

    歴史を遡れば、1970年代以降に世界的潮流となった「マネジリアリズム」もまた、不確実な市場に対する経営者たちの「恐怖と不安」が生み出したものにほかならない。 予測不能な未来において、「人の不安は、直接的に無意味な仕事を増殖させるエネルギーになる」のである。 

    病巣の核心②:「階層・部門・職場の分断」が迷走と不毛を生む

    「不安」と並ぶもう一つの病巣が、組織内に生じた「分断」である。 本来、仕事とは「人と人との想い」が結びつき、手から手へ、部署から部署へ、そして顧客や社会へと流れていく血の通ったプロセスそのものである。しかし、余裕(あそび)が失われた現代のカイシャでは、上下(階層間)やヨコ(部門間、職場間)のコミュニケーションが断ち切られ、孤立化が進んでいる。 

    経営層や部長が描く理念や目標と、現場の実態との間に深い「分断」が存在したまま指示が下りてくると、現場には「目的は理解できるが、この体制と人手では絶対にうまく行かない」という出口のない迷走──「ラビリンス・ワーク(うまく行きそうにない仕事)」が大量に発生する。

    さらに、上からの過剰管理や調整に追われて精神的余力を失ったマネジャーと、現場のメンバーとの間で信頼関係(つながり)が切断された時、「誰からも感謝されず、支援も得られない」という強い孤立──「ホープレス・ワーク(報われない仕事)」が生み出される。 

    経営と現場の分断、上司と部下の分断、部署間の分断。そこに存在する「人と人とのつながり」が切れて孤立するからこそ、人はますます強烈な不安を抱く。その不安を打ち消すために過剰な確認や見せかけの報告を作り出し、それが現場の信頼関係をさらに破壊していく──。 「不安」と「分断」という2つの病巣が噛み合わさった時、4つの無意味な仕事は互いに連鎖し、現場の中で「雪だるま化」して暴走するのである。

    「大改革」の空しさと、「足元からの小さな変革」

    では、この巨大な構造的病理に対して、私たちはどう臨むべきなのか。 誰もが思い浮かべるのは、「全社レベルの抜本的なシステム改革」や「マネジリアリズムの一網打尽」といったスマートな解決策かもしれない。現場に無理を強いる目標設定を見直し、ガバナンスを改め、不必要な会議体を全廃する──一見すると魅力的な大改革である。 

    しかし、ここには避けられない限界が存在する。 第一に、「誰がそれを実行できるのか」という実行主体の問題だ。全社レベルの構造変革を行えるのは、経営者や人事・経営企画のごく一部のトップ層に限られる。職場で日々“無意味な仕事”のモヤモヤに直面しているミドルマネジャーや現場のプレイヤーにとっては、指をくわえて待つしかない「雲の上の話」である。

    第二に、改革そのものが新たな無意味を生む「マネジリアリズムの罠」である。「目詰まりを可視化し、管理しよう」として導入された新たなルール、調査サーベイ、チェックシートが、結果として「対策のための仕事」を増やし、現場をさらに疲弊させていく現象を、私たちは何度も目撃してきたはずだ。

    だが、だからといって私たちが諦め、不条理に呑み込まれたり、心を閉ざしたり(静かな退職)する必要はまったくない。 会社主導の大きな改革をただ待つのではなく、自分たちがいる「半径5メートル」の職場から、仕事や人間関係のあり方を見つめ直してみる。自分の手が届く足元から、人と人とのつながりを温かく編み直し、「小さな変革(足元からの変化)」を起こしていく──。 

    制度やルールが一気に変わらなくても、断ち切られてしまった「人と人とのつながり」を自分の手元から丁寧につなぎ直すことは、今日からでも必ずできる。 人と人が再び温かくつながれば、孤立から生じる不安は和らぎ、身を守るための過剰な確認や見せかけの作業は不要になる。分断されていた現場に血流が戻り、真に意味のある仕事が動き始めるのだ。一人の人間として、足元から仕事の流れやつながりを取り戻していく道は、確実に存在するのだ。

    新刊書籍発刊&出版記念トークイベントのご案内 

    プロジェクト発足から2年余り。数多の生々しい実態ケース、全国5000人調査から見えてくる実態とメカニズム、歴史的背景(マネジリアリズムの罪)、総勢10名の知者との対話、そして「半径5メートルから始める小さな変革」の探求を経て、研究プロジェクトの全成果を体系的にまとめた書籍がいよいよ発刊の運びとなった。 

    ■ 書籍情報 『なぜ、“無意味な仕事”は次から次へと生まれるのか』(豊田義博・濱中淳子・橋本賢二 著/大和書房/2026年11月中旬発刊予定)
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    また、書籍の刊行を記念し、共著者である濱中淳子、橋本賢二、そして私=豊田の3名が登壇するトークイベントを開催する。書籍にインタビュイー・帯推薦者としてご登場いただいた安斎勇樹氏をスペシャルゲストにお迎えし、 日本の組織病理の正体や求められる「小さな変革」のビジョン、2年にわたる研究の裏側、執筆プロセスでの思い出深いエピソードや書けなかった裏話まで、対話形式で余すところなくお届けする。

    出版記念トークイベント 『なぜ、“無意味な仕事”は次から次へと生まれるのか』 ── 5000人調査と100人の本音から見えた「日本型ブルシット・ジョブ」の正体と、現場から始める“小さな変革”

    出版記念トークイベント 『なぜ、“無意味な仕事”は次から次へと生まれるのか』日時:2026年11月19日(木)18:30〜20:00(開場 18:00)、場所:WASEDA NEO(早稲田大学日本橋キャンパス)、登壇者:豊田義博、濱中淳子、橋本賢二 、安斎勇樹氏、主催:リクルートワークス研究所

    ※イベントの詳細・お申し込みはこちら

    この本が、日本のカイシャにはびこる“無意味な仕事”を少しでも減らしていく契機となれば、そして、一人でも多くの人が、人と人とのつながりを「つなぎ直す」主体者として行動を起こす契機となれば、と心から願っている。本イベントが、このテーマに想いや問題意識をお持ちの方々との新たなつながりと対話の機会となることを心より楽しみにしている。

    豊田 義博

    リクルートワークス研究所 特任研究員/ライフシフト・ジャパン 取締役CRO/一般社団法人エン・ジニアス 代表理事 1983年リクルート入社。数百社におよぶ企業の新卒採用戦略、広報計画業務に制作ディレクターとして長く従事。その後、『就職ジャーナル』『リクルートブック』『Works』編集長を歴任。1999年リクルートワークス研究所設立と同時に着任、人材マーケット予測、若年キャリアなどの研究活動に従事。現在は、個人の就業行動や志向・価値観の変化などを探索しつつ、若手からシニアに至るまでのキャリア支援に研究者 & 実践者として携わるパラレルワーカー。 著書に『実践! 50歳からのライフシフト術』(共著 NHK出版)、『なぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか?』(PHPビジネス新書)、『若手社員が育たない。』『就活エリートの迷走』(以上ちくま新書)、『「上司」不要論。』(東洋経済新報社)、『新卒無業。』(共著 東洋経済新報社)などがある。