「ゼロリスク思考」を排し、管理職は「即答力」を取り戻せ

2026年05月15日

プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役 秋山 進氏
プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役 秋山 進氏  

企業の不正や不祥事、そして組織に蔓延する「ブルシット・ジョブ(無意味な仕事)」。一見異なる問題に見えるこれらは、実は同じ根っこから生じているのではないか。数多くの企業再建やガバナンス改革に携わってきた秋山進氏(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役)は、組織が陥る「ギャップ」と「論理のすり替え」が、現場を疲弊させ、意味のない確認作業を増殖させていると指摘する。AI時代の到来を前に、私たちが決別すべき「昭和的マネジメント」の正体とは。

不祥事は、組織が抱える「ギャップ」という病から生じる

橋本:秋山さんのご著書『企業不祥事の真相』を拝読し、私たちが研究している「無意味な仕事」と、不祥事の発生メカニズムには非常に強い相関があると感じました。特に「撤退できない組織」が、無理に現状を維持しようとする過程でタガが外れていく。不祥事が生まれる根源的なトリガーはどこにあるとお考えですか。 

秋山:不祥事は「病気」と同じです。組織が健全に機能していれば起こりませんが、外部や自己が設定した「高すぎる期待値」と、それに対する「現状」の間に大きなギャップが生じた時などには、問題が発生します。

そのギャップを埋めるための適正な手立て(イノベーションや戦略的撤退)がないまま、過度なトレーニングやストレスを強いると、精神的な歪みが生じ、それが身体的な影響——つまり数値の改ざんや品質不正といった不祥事として噴出するのです。

橋本:現状を正しく把握し、ギャップを認識することが「自己診断」に当たりますが、大企業ほどそれが難しくなっているように見えます。

秋山:そうですね。規模が大きくなりすぎると、トップが顧客接点で何が起きているか、細部まで把握するのは不可能です。そのため経営管理者に任せるわけですが、彼らの中には「うまく行っていない状況」を隠したい、あるいは「将来の数値を先食い」してでも今の自分を良く見せたいという誘因が働きます。

コーポレートガバナンスや内部統制の世界では、一般的に統制可能なユニットに分けて管理することを求めていますが、現実には多くの会社が「状況捕捉不可能な状態」に陥っています。捕捉できないからこそ、不安に駆られて過剰なルールやチェックを増やしてしまう。これがブルシット・ジョブ増殖の第一歩です。

「ゼロリスク思考」が招く、責任の拡散と善悪へのすり替え

秋山:無意味な仕事を生む最大の要因の一つは、「ゼロリスク思考」です。チェックは2回より3回、3回より4回やるほうがリスクが下がると盲信している。しかし、これは合理性の罠です。

豊田:チェック回数に疲弊する話はよく聞きます。チェックリストの項目数が増えた、新しいチェックリストができた、という話も聞きます。

秋山:実はチェック回数を増やすほど、一人ひとりの当事者意識は希薄になります。「後で誰かが確認してくれる」と思えば、スルーするのが人間の心理です。ダブルチェックまでは精度が上がりますが、トリプルチェック以降はむしろ「誰も見ていない」状態に近づき、リスクは顕在化しやすくなる。

さらに深刻なのは、ビジネスの判断基準が「損得(コスト・リターン)」から絶対的な「善悪」へすり替わってしまうことです。

橋本:損得から善悪へ、ですか。その観点は興味深いです。

秋山:まずは「この確認作業にこれだけの時間をかけるコストに見合うか」という損得で考えるべきです。しかし、一度ルール化されると「決まりだからやるのが善、やらないのは悪」という論理のみに変わることがある。もちろん善悪基準は大事です。しかし役所などはその典型ですが、投入コストに対するリターンを誰も問わなくなると、“アホほどつまらん仕事”が際限なく増殖します。これこそがブルシット・ジョブの正体です。

管理職の「即答力の欠如」が、現場に「膨大な資料作成」を強いる

秋山:もう一つ、現場に無意味な仕事を発生させている元凶は、管理職の「即答力の欠如」です。上層部や社外取締役から「なぜ利益率が落ちたのか?」と問われた際、市場での競争環境やコスト構造がわかっていれば、その場で「人件費の上昇分が〇%です」「主力商品Aが競合の価格競争に巻き込まれて平均単価が〇%下落しました」と即答できるはずです。
ところが、多くの管理職が、全体感がないため「精査して報告します」と逃げてしまう。

豊田:それは、知り合いの社外取締役からもよく聞く話です。

秋山:即答できないのは、現場の業務遂行視点に固執し、経営的視点へジャンプできていないからです。管理職が「次回答えます」と言った瞬間、現場にはそのための膨大な分析資料作成が降ってくる。「あの課長が上から突っ込まれた時のためのペーパー」を作るために、部下が夜まで働く。

質問する側も、実はそこまで詳細な数字を求めていない場合が多い。大枠の相場観でパパッとさばいてくれれば済む話を、管理職の勉強不足や「正解を言わなければ」という気負いが、組織全体の生産性を著しく下げているのです。

「負け犬事業」からの撤退不能が、現場を不正へ追い込む

橋本:著書の中でも「撤退できない」ことの弊害を強調されていましたね。

秋山:設備更新すらままならない「負け犬事業」を、過去の慣性や創業の経緯(例えば祖業なのでやめられない)だけで持ち続けることは、現場への虐待です。償却済みの古い設備を使い続ければ、短期的に大きなコスト増は防げるかもしれませんが、競合に勝てるわけがない。

豊田:無理な戦略で「針の穴を通せ」と言われるようなものですね。

秋山:そうです。勝ち目のない戦いを強いられた現場は、生き残るために「少しの悪さ」——例えば検査データの書き換えなどに手を染めざるを得なくなる。

なぜ経営が撤退の判断を遅らせるかといえば、報酬体系の問題もあります。撤退して除却損を出せば、自分が事業責任者であった時の業績が下がり、その業績に連動している報酬が減る。結局、会社の長期的な価値よりも個人の最適化を優先してしまう。最近になってやっと、この「撤退と投資」のメカニズムを働かせようとしている企業が増えてきているように思います。

 AIが既存の秩序を破壊する。これからは「本質の力」が問われる

秋山:これからAIの進化によって、こうした既存の組織秩序は完全に崩れます。私がコンサルタントとして長年やってきた「全社リスク評価」や「関連業界の事例調査」のような業務は、これまでは数カ月かかっていましたが、それなりのレベルであれば、今やAIを使えば1日で、いや数十分で終わります。

豊田:人日(工数)ビジネスが死ぬ、ということですね。

秋山:完全に死にます。これまで「資料を綺麗にまとめること」や「既存の情報を整理すること」で価値を出していたホワイトカラーの仕事は、すべてリプレイスされるでしょう。若手はスキルが育つ前にAIに仕事を奪われるという、非常に厳しい過渡期に入ります。

しかし、これはチャンスでもあります。形式的な「管理のための管理」や、誰のためのものかわからない「報告資料作成」というブルシット・ジョブをAIに投げ、人間は「本当の付加価値はどこにあるのか」を問い直す時期に来ている。

これからのリーダーに求められるのは、AIが出した分析を「本質的にどう解釈するか」、そして「どのリスクを許容し、どこに張るか」という腹括りです。ゼロリスク思考という幻想を捨て、人間本来の「意思決定」に立ち戻ることが、無意味な仕事との戦いにおける最終的な解答になるのではないでしょうか。

秋山 進(あきやま すすむ)
プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営組織コンサルタントとして、主にリスク管理、コンプライアンス関連業務に従事する。産業再生機構下のカネボウ化粧品CCO代行など不正等で窮地に陥った企業の再建支援の経験多数。現在は、リスク管理委員会や危機管理委員会のアドバイザーやコンプライアンス研修などに従事している。著書に『企業不祥事の深層』(日本経済新聞出版)など。

聞き手:豊田義博橋本賢二
執筆:豊田義博