管理至上主義(マネジリアリズム)の正体は、人間の生存本能がもたらす「不確実性への恐れ」。顧客とつながる「直接経験」が、自己保身の連鎖を断ち切る
株式会社Momentor 代表 坂井 風太氏
現場を疲弊させ、組織の硬直化を招く「無意味な仕事」。なぜ私たちは、顧客の価値にも事業の成長にもつながらない形骸化した業務を、自ら増殖させてしまうのだろうか。DeNA子会社社長等の経験を経て独立し、産業組織心理学に基づいた科学的な組織開発で数々の企業を支援する坂井風太氏は、その根本要因を「人間の生存本能に根ざした『不確実性への恐れ』と、そこから生じる組織内の『共犯関係』にある」と解き明かす。過剰な資料作成や、本質を見失ったKPIの詰め。これら「マネジリアリズム」の暴走を止め、現場に健やかな自律性を取り戻すための「現実解」を伺った。
誰も悪気はない。組織を覆う「不安の共犯関係」
豊田:坂井さんは、今回のプロジェクトの報告書で扱っている「マネジリアリズム(管理至上主義)」や、そこから生まれる無意味な仕事について、ご自身のキャリアからも強く共感する部分があったと事前にお伺いしました。どのようなことを想起されましたか。
坂井:前職のDeNA時代を振り返っても、思い当たるシーンはたくさんあります。一番わかりやすい例で言うと、社内説得用の「過剰な資料作り」ですね。例えば、現場が新規事業の提案を経営会議に出そうとすると、経営企画部の方が善意で入ってきて「経営陣はこの観点を気にすると思うから、この資料を足したほうがいい」と次々に指摘を入れてくる。悪気はないのですが、それに応えようとして資料をバンバン追加していく。しかし、いざ本番を迎えると、経営陣からは「なんでこんなに資料が多いんだ、要点がわからない」と怒られてしまう(笑)。
経営企画の人は「経営陣の期待に沿わない内容だと自分が怒られそうだから」という恐怖心や忖度で資料を足し、現場もそれに巻き込まれる。しかし、究極的にいえば、「顧客の価値」や「事業の成長」に向かわない仕事はすべて、本質的には無意味な仕事なのだと思います。
橋本:誰も悪気はないのに、なぜ組織は、そのような無意味な仕事を自ら作り出してしまうのでしょうか。
坂井:そこには組織内の「共犯関係」があるからです。「本当はこれ意味がないだろうな」と半分は思いつつも、「自分が何も仕事をしていない」と思われることには耐えられない。だから無意味な仕事で自分の時間を埋め尽くしてしまうという、アンビバレントな(矛盾する)心理を持っています。
組織状態を測る「エンゲージメントサーベイ」でもそういう状況が生まれています。サーベイのレポートをまとめて施策を出したところで、本当に会社の業績やみんなのコンディションが良くなるかはわからない。それでも「何も施策を打っていない」と思われるのが怖いから、過剰に業務を作り出してしまう。マネジャーが部下のタスクを細かく管理したがるのも、「自分がマネジャーとして仕事を采配できていない」と思われる恐怖の裏返しであることが多い。こうした個々の不安が網の目のように絡み合った結果、ブルシット・ジョブが量産されているのです。
根本的な要因をたどると、人間が生存を第一とする生き物である以上、本能レベルで「不確実性」や「予測不可能性」を嫌い、すべてをコントロール(管理)したがるという脳の特性に行き着きます。特に日本人は文化的にも「不確実性回避」の傾向が強い。しかし、上司が自分の不安を解消するために「全部を把握したい、KPIを詰めたい」と躍起になればなるほど、メンバーの自己効力感は落ち、信頼関係は崩れます。つまり、「マネジャーが自分の不安を解消する動き」が、皮肉にも「事業成果を上げる」という上位目的を阻害するという『進化不適応のズレ』が起きているのです。
「間接経験」の呪縛を解き、「主観と現場」を信じる
豊田:その悪循環を断ち切るために、私たちはどのようなアプローチを取るべきでしょうか。
坂井:大前提として、常に「誰のためのマネジメントなのか?」を問い続けることが必要です。それが「自分の保身や不安を和らげるため」であれば、危険です。メンバーは上司の不安を解消するために存在しているのではありません。「一緒に成果を出すため」にいるのです。
そして、そのマネジメントのベクトルは、常に組織内ではなく組織外の「顧客」に向いていなければなりません。私は、ブルシット・ジョブが生まれる最大の構造的問題は、「誰も顧客にまともに会ったことがない」ことによる目的の空洞化だと考えています。
橋本:顧客に会っていないことが、無意味な仕事を加速させると。
坂井:哲学者エドワード・S・リードの概念を借りれば、今の現代社会は、五感で直接見たり触れたりする「直接経験」を、人から聞いた話やデータといった「間接経験」がはるかに凌駕している時代です。生成AIがもたらす情報なども最たるもので、直接経験はゼロの間接経験です。
マネジメントの現場も同じで、顧客に直接触れ合うことなく、経営会議で二、三十時間もかけて作った綺麗な資料(間接経験)だけで判断を下そうとする。そんな労力をかけるより、経営者も一度一緒に顧客の商談(直接経験)に出たほうが、新規事業の判断はよほど正確になります。
また、現代のビジネスシーンでは、数字で示せる「客観」が優位で、「主観や直感」が軽視されがちです。しかし、「何となく顧客の反応が良い」「いけそうな気がする」という主観は、直接経験からしか生まれません。データとして示しやすい間接経験ばかりを是とする世界観から脱却し、泥臭く「現場情報」に触れに行くことが、結果的に無意味な仕事を削ぎ落とす最大の武器になります。
マネジメント知識をマネジャーに閉じずに組織全体に普及させる
坂井:しかし、だからといって、現場の主観にすべてをゆだねていくようなアプローチには、大きな危惧を感じます。「計画・管理を手放そう」という考え方は行きすぎたアプローチであり、それ自体が一種の流行り言葉(トレンド)の罠だと感じています。管理の対極は放任ではありません。人間は全知全能ではないので、性善説に立って放っておけば、必ず目標や優先順位にズレが生じます。ですから、優先順位の調整やモニタリングを行う「ワークマネジメント(数値やスケジュールの管理)」は絶対に必要です。
大切なのは、それと対になる「ピープルマネジメント(人材開発・組織開発)」との両輪を回すことです。「計画通りにいかないから、さらに管理を強めて報告頻度を上げる。すると部下が萎縮してさらに動かなくなり、マネジャーの管理コストだけが上がる」という悪循環は、ピープルマネジメントが機能していないから起こります。人間は機械ではないので、指示を細かくしても出力が比例するわけではありません。「やりたい」「やれそう(自己効力感)」がセットになって初めて人は動くというレンズを持つことが必要です。
豊田:「ピープルマネジメント」の重要性を叫ぶ声は多いですが、現場ではうまく回っていないケースも散見されます。
坂井:ピープルマネジメントも含めたマネジメントの理論や技法を、マネジャー層だけに渡してもうまくいきません。それは新たなる「ホープレス・ワーク(報われない仕事)」を生み出すだけです。「なぜここまで部下のメンタルケアをしなければいけないんだ」と管理職が疲弊し、本来の上位目的である顧客への価値提供が疎かになってしまう。
ですから、ピープルマネジメントの理論や共通言語は、マネジャーだけでなく組織全体、メンバー層にも普及させるべきです。例えば、僕がご一緒している会社では、ピープルマネジメントの理論を整備し、マネジャー層だけでなく、新入社員の段階からインプットしています。受け手側も「人が育つメカニズム」を理解しているため、上司・部下の双方向の協力関係がスムーズになり、結果としてマネジメントの負荷が劇的に減っています。
何か問題が起きた時に「マネジャー個人の資質」や「経営層の戦略」など、誰か一人に問題の所在を落とし込むのは非常に危険です。メンバー側も含めた組織の「システム」の問題として捉える視点が必要不可欠です。
決断は「共通善」でシンプルに。勇気を持って「やめてみる」
橋本:変わることがなかなかできない状況を打開する上では、やり方を一新するのではなく、何かを小さく変えてみる「実験」が大切だと思っていますが、坂井さんはどうお考えですか。
坂井:サントリーの「やってみなはれ」のように実験を促すことは素晴らしいですが、一方で撤退基準が曖昧なままずるずると予算や工数を食いつぶすプロジェクトは非常に多いという現実があります。前職でも、事業としては意味が薄くなっているのに、「これを中止したら本人が反発するのではないか」「彼の次の仕事はどうするのか」という摩擦への不安から、ナタを振るえない光景を何度も見ました。
ここでご紹介したいのが、ある会社が社内の行動指針として掲げている「やってみよう、やめてみよう」という標語です。「やめる」ということは、決してその人のコミット力が低いわけでも、悪いことでもありません。「3年間ずるずる引きずるよりも、ここで一度切って別のプロジェクトをやったほうが、あなたの才能が解放される」と、マネジメントがビシッと言ってあげるべきなのです。
橋本:とはいえ、利害関係が絡む中で「やめる」という決断を下すのは容易ではありません。「やってみる」と「やめる」のバランスはどう取ればよいのでしょうか。
坂井:私の結論としては、「決断においてバランスを取ろうとしないこと」です。役所や大企業にありがちですが、「こっちの意見もあるし、あっちの事情もあるから……」と決断でバランスを取ろう(すり合わせよう)とするから、玉虫色の曖昧な結論になり、忖度を生む無駄な仕事が増えるのです。決断は常にトレードオフであり、バランスを取ることは不可能です。
決断そのものは、ぐうの音も出ないような「共通善・普遍善」の上位目的でバシッとシンプルに決めるしかありません。「お客様に持続的な価値を提供する」という普遍的な大義に照らし合わせて、「だからこのプロジェクトは停止します」と切り分ける。その代わり、決断後の「コミュニケーション」の局面では、バランスを取ることが必要です。
自己保身の連鎖を断ち切り、自走できる組織を作るためには、大義から決断するような「認知モデル」による自己制御が大切です。しかし、これだけで自己保身を断ち切れる人は少ないと思います。だから、「この組織に育ててもらったから、恩を返そう」という、組織の歴史や文脈の中に自分を位置付ける「感恩・恩送り」の感情ベースの好循環(感謝系モデル)を組織風土として育んでいくことが、長期的な持続性を考えられる最も現実的な解なのではないかと考えています。
坂井 風太(さかい ふうた)
株式会社Momentor 代表。1991年生まれ、早稲田大学法学部卒業。DeNAにて新規事業やゲーム事業の立ち上げ、子会社代表(M&A等の統括)を経て2022年に独立。産業組織心理学に基づく科学的な組織基盤構築・人材育成プログラムを、大手企業から急成長スタートアップまで幅広く提供している。
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