生成AIは「離婚できない夫」。科学技術立国の神話から解脱し、身の丈の需要に応える

2026年07月14日

国立情報学研究所 情報社会相関研究系 教授 (社会共有知研究センター長) / 一般社団法人教育のための科学研究所 代表理事・所長 新井 紀子氏  
国立情報学研究所 情報社会相関研究系 教授 (社会共有知研究センター長) / 一般社団法人教育のための科学研究所 代表理事・所長 新井 紀子氏  

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』などの著作で、AIの限界と人間の読解力の危機を鋭く指摘してきた数学者の新井紀子氏。リクルートワークス研究所が提唱する「4つの無意味な仕事」の背景を掘り下げるインタビューの中で、新井氏は「2026年現在、生成AIは『やらなくていい仕事』の量産装置になっている」と喝破する。なぜ日本企業はバズワードに踊らされ、中身のないプロジェクトを乱立させてしまうのか。その根底には、官民に深く根を張る「科学技術立国」という名の神話による迷走と、中核人材の「シン読解力」の不足があった。

潰れない組織が要求する「言い訳資料」という病理

豊田:私たちの研究では、働く人が価値や手応えを感じられない「無意味な仕事」がなぜ現場にこれほどあふれているのかを探求しています。新井さんは、どのような背景があると思われますか?

新井:日本の企業やプロジェクトの最大の特徴は、ライフサイクルが非常に長いことです。アメリカであれば、収益の出ない不採算部門は人を含めて比較的早くスクラップされますが、日本はなかなか潰れないし、潰せない。そうすると組織の中で何が増えるかというと、不採算を正当化するための「言い訳の資料」なんです。

豊田:全員が「これは言い訳でしかない」と心の中で了解しながら、精緻な資料を作り、それを吟味するための会議を繰り返している。

新井:ええ。アメリカはベンチャーを「せんみつ(千に三つ当たればラッキー)」だと割り切って投資していますが、日本のようなライフサイクルの長い組織がそのシステムやキーワード(バズワード)を安易に取り入れてしまう。そして、明治時代から続く「欧米に学び、キャッチアップし、改善する」という真面目な方法論で取り組むから、打率が極端に低い「プロジェクト型」の迷走が始まり、結果として無意味な仕事が指数関数的に増えていくのです。

「科学技術立国」という戦後ナラティブの幻想

橋本:その「打率の低いプロジェクト」を繰り返してでも、大企業や国が「一発逆転のイノベーション」を追い求めてしまうのはなぜでしょうか。

新井:それは、日本が「科学技術立国」という妄信から解脱できていないからだと思うんです。「日本は資源が乏しい島国で、日本語という特殊な言語しか話さない。だから科学技術で世界に勝つ以外に生き延びる術がない」という生存への恐怖。これに、1000年以上の歴史を持つ成熟社会としての前提条件を無視し、建国250年のアメリカを唯一のお手本とし続ける無理が重なっています。

そもそも、高度経済成長を「科学技術の勝利」と総括すること自体が後付けのフィクションだと私は疑っています。当時の成長の本質は、①戦後焼け野原からの建設ラッシュ、②朝鮮特需、③労働単価が安かった時代の手先の器用さ、そして④爆発的な人口増加(人口ボーナス)が合わさった結果です。現在の中国やインドの繁栄を誰も「科学技術立国」とは呼ばず「人口大国」と解釈するように、当時の日本も本質は同じだったはずです。

橋本:当時の記憶と恐怖が、整合性のないまま神話化していると。

新井:その証拠に、日本よりノーベル賞受賞者が多かったイギリスやフランスは当時経済的に停滞していましたし、バブル期に世界時価総額トップに君臨したNTTを「科学技術の勝利」と解釈するのは無理があります。2005年の愛知万博でも、2025年の大阪・関西万博でも、日本を代表する未来技術として同じ石黒浩氏のアンドロイド展示に依存している事実は、日本の科学技術のリアルな停滞感を象徴しています。それなのに、未だに「科学技術で逆転満塁ホームランを放つ」という夢想を捨てきれない。

世界を見渡せば、ベルギーやオランダは金融・資源取引、北欧は武器輸出、イタリアはブランドというように、各国は異なる比較優位で成立しています。特にイタリアのようなブランド立国の利点は、伝統や歴史そのものが価値になるため、「毎年改善」「毎年コスト削減」という終わりのない競争から距離を置けることにあります。日本だけがなぜ「科学技術」という唯一の正解に縛られ、自ら生産性を下げているのでしょうか。

「シン読解力」の不足が招く、バズワードのおもちゃ箱

豊田:近年、企業が「パーパス」や「コーポレートガバナンス」「DX」といった流行り言葉にこぞって飛びつき、中身のない制度で疲弊する現象が、そうした神話に縛られた迷走を加速しているように思います。新井さんが提唱している「シン読解力」の欠落がその根底にあると思うのですが、いかがでしょうか?

新井:まさにそうです。大企業は「何か新しいことはないか」と血眼になり、間にコンサルが入ってアメリカの成功事例とバズワードが流入する。しかし、これらを受け取る側の組織の幹部やマネジャーに、言葉の本質的な構造を見抜く「シン読解力」が決定的に不足している。だから、ただバズワードを表面的に弄んで終わり、少しも前に動かないんです。

拙著『シン読解力』でも述べましたが、言葉の定義や論理的整合性を厳密に捉えられない人間が組織の上層部にいくと、論理性のない指示を出すようになります。「最近の若いものは読解力がない」と嘆く50代・60代の役員をよく見かけますが、それは単に採用に失敗しているだけ。逆に、就職人気が急激に高まり、優秀で読解力の高い若手が入ってきた会社では、今度は「部長や課長が資料を読めていない」「キーワードの拾い読みしかしていない」という事態が起きています。

橋本:読解力の高い若手が、論理性のない上司に絶望して辞めていくと。

新井:「できそうもない夢みたいなこと」をやろうと平然と言えてしまう突破力は、「シン読解力のなさ(=リスクやギャップを見破れない無知)」が原因であることも多い。ソフトバンクのペッパーくんのように、技術としては明らかに失敗(赤字)でも、芸能やブランディングとして広告換算で大成功させる投資スキームなら、シン読解力とは無関係の世界で成立します。しかし、それを普通の製造業が真似したら一発でアウトです。読解力がない組織は、その企画が「薬」になるか「毒(あだ花)」になるかの見極めができないのです。

生成AIという「離婚できない夫」と、無意味な仕事の量産

豊田:そこに「生成AI」が登場したことで、現場のパワーバランスや無意味な仕事の構造はどう変化しているのでしょうか。

新井:2026年現在、私にとって生成AIはどんな存在かと聞かれたら、「経済的に依存しているせいで、信用も尊敬もなく、性格も全然合わないのに、生活のために離婚ができない夫」と答えます(笑)。

豊田:離婚できない夫(笑)。嫌だけど使わざるを得ないと。

新井:ええ、簡単なファクトチェックや会議資料の作成など、「どうでもいいけどしなきゃいけない仕事」をさせるには便利ですから、毎日3〜4時間は使っています。でも、使うたびにムカつくんです。日本語が気持ち悪いし、自分の読解力がないくせに誤読した上で上から目線で指摘してくる。昨日も生成AIと口論になって「あなたのせいで認知負荷が上がった」と言ったら、「お疲れ様でした」って煽るような返事をされて、本当に殺意を覚えました(笑)。

豊田:そのようなAIを、過半数の人は「正しいことを言う」ものだと捉えています。

新井:9割の人が、そうじゃないでしょうか。

橋本:どうしてなんでしょうね。使っているうちに、最初は懐疑的でも、慣れてしまって正しいと思い込んでしまうようになるのでしょうか。

新井:こういうことだと思うんです。言葉を話すものに対して常に「嘘をついているかもしれない」と疑念を抱き続けるのは、人間にとってものすごく認知負荷が高い行為です。「この人は詐欺師かもしれない」なんて思いながら話してたら辛い。きっとわかってくれてるって思わないと辛くて話せない。だから、AIも、使えば使うほど信じざるを得なくなっていく。だから、中途半端にしか文章が読めないシン読解力のない人間ほど、AIを100%正しいと思い込み、そのまま使ってしまう。

橋本:それが「無意味な仕事の製造装置」になると。

新井:そのとおりです。無意味な仕事を、今最も生み出しているのは、生成AIをそのまま使っているシン読解力のない人間ではないかと思います。上から新規性やイノベーションを求められた社員は、生成AIを使って「もっともらしいだけのアイデア」や提案書、スライドを大量生産します。例えば出版社から私に、明らかにChatGPTに企画させたような中身のない執筆依頼のメールが週に1回は来ます。大人の対応をしなければならないから、こちらもAIを使って丁寧に断る文章を生成して返す。AIが作った無駄な仕事に、AIで対抗するという構図です。

学術論文の世界でも、生成AIのせいで1〜2年で論文数が5倍になり、査読システムが崩壊しています。粗製濫造された100本の論文を宝くじ感覚で送りつける人間がいる一方で、それを検討・評価させられる人間の身にもなってほしい。生成AIは生産性を上げるどころか、実需も論理的整合性もない「やらなくてよかった仕事」を指数関数的に増やす増幅装置になっているのが、2026年の現実です。

身の丈の需要に応え、「世界で唯一の存在」を目指す

豊田:この「科学技術立国」の呪縛と「生成AIによる無意味な仕事の量産」という二重の罠から、日本の組織が抜け出すための具体的な処方箋はあるのでしょうか。

新井:身も蓋もないですが、目が届かないような大規模な組織に未来はないと思います。アメリカ型のユニコーン創出競争を国是に掲げて勝てる見込みは低いです。プラットフォーム事業は、技術力以前に言語圏・商慣習圏の初期労働人口の規模で勝負が決まってしまうからです。

むしろ今必要なのは、「次のGAFA」を目指すのをやめて、世界市場の狭いが重要な部分を押さえる「世界で唯一の存在」を目指すことです。日本には、ホシザキ、ディスコ、アルファシータのように、高い参入障壁と代替困難性によって30%前後の驚異的な利益率を実現している企業が少なくありません。これらは素晴らしい技術企業ですが、「基礎科学の成果が産業化された科学技術立国」という壮大な物語には収まりません。むしろ、カラオケやQRコードと同様に、「特定の隙間(ニッチ)の需要を極めてうまく満たした結果」として世界標準になった事例です。

橋本:大企業が拾えないような、数億〜十数億円規模の「顔の見える誠実な需要」を開拓していく。

新井:ええ。その身の丈に合った規模の会社であれば、IPO(新規公開株)を急ぐ必要もなく、人事部や経理部や企画部が肥大化していくこともありません。何より、お互いの顔が見えるから、AIが作ったような不要な文書や言い訳資料が横行する隙がないのです。 手が届かない「月」を欲しがって、バズワードとAIで認知負荷を高め合う昭和リバイバルのマインドセットをいい加減に捨てること。労働時間を減らし、午後にはちゃんと昼寝をして、お互いに「意味のわかる仕事」だけをして暮らす。そんな丁度いい大きさのプロジェクトをタイムリーに回していくことこそが、私たちが目指すべき成熟社会のリアルな幸福論なのだと思います。

新井 紀子(あらい のりこ)
国立情報学研究所 情報社会相関研究系 教授 (社会共有知研究センター長)。教育のための科学研究所(一般社団法人) 代表理事・所長。総合研究大学院大学 複合科学研究科 情報学専攻 教授。東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学(現:東京科学大学)で博士(理学)を取得。専門は数理論理学等だが、人工知能や教育等、文理融合分野で幅広く活動をしている。 人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」ディレクターを務める。著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』でビジネス書大賞2019を受賞、ほか『AIに負けない子どもを育てる』『シン読解力』など著書多数。

聞き手・執筆:豊田義博橋本賢二