
AIが社員のパフォーマンスデータを記録する──公平で納得感のある人事評価を実現するLattice
近年、国内外の大手グローバル企業を中心に、年1〜2回の評価面談を中心とした従来型の人事評価から脱却し、マネジャーとメンバーの継続的な対話やコーチングを重視する1on1や「チェックイン」形式の評価手法へと移行する動きが広がっている。米国では、定期的なチェックインと年次または半期ごとの評価を組み合わせたハイブリッド型の導入が進んでいる(HR.com “Future of Performance Management 2024-25”)。
このような評価手法の見直しが進む背景には、従来の評価運用に内在するさまざまな課題がある。2020年にLattice が Forrester Consulting に委託して実施した「The Total Economic Impact of Lattice(Latticeの総合的経済効果)」によると、米国企業では、人事評価に対しマネジャーは従業員1人当たり平均8時間、チーム全体の評価に平均40時間を費やしていた(※1)。さらに、マネジャーごとに評価基準が異なることから、同等のパフォーマンスを示す従業員であっても、結果にばらつきが生じるケースがある。このような課題を解決するしくみとして米国で登場したのが、パフォーマンスマネジメントプラットフォームの「Lattice」である。
日本企業においても、同様の課題が顕在化している。クラウド型人事労務システムを提供するjinjerが実施した「人事評価の実施状況と課題の実態調査」(2025年4月)によると、日本企業の人事担当者360名の回答では、「評価基準が不明確で、ブレが生じやすい」(50.3%)、「評価業務の負担が大きい(時間がかかる、ツールが使いにくい)」(48.6%)、「甘辛調整が必要になり、公平な評価が難しい」(35.6%)といった課題が挙げられている(※2)。
このような背景から、日々の業務記録やフィードバック、目標の進捗といった情報を記録し、継続的かつ一貫性のある評価運用を支援するツールへの注目が高まっている。その一例がLatticeである。
多様な評価制度に対応するLattice
Latticeは、人事評価の設計から入力、運用、分析に至るまでを一貫して管理できるプラットフォームである。360度評価、1on1ミーティング、目標進捗の可視化、ピアフィードバックなど、さまざまな機能を備えている。
従来のスコア型評価(例:5段階、A~C評価)に加え、マネジャーとメンバーの継続的な対話や同僚からの称賛コメントを基にした定性的なノーレイティング制度にも対応する。プロジェクトチーム単位でのレビューも行い、企業の制度や運用スタイルに応じた柔軟な設計が実現できる。
対応言語は15カ国語におよび、2025年3月以降は日本語にも対応している。
2024年には、ソフトウエアレビューサイトG2の「Best Software Awards」において、「ユーザーの満足度が高い製品」「人事向け製品」「最優秀ソフトウエア製品」の3部門に選出された実績を持つ。
Latticeの月間利用料金は、ユーザー1人当たり11ドルからとなっている。
1on1やフィードバック履歴を基にAIが評価文を生成
【評価文の入力画面】AIがLattice内のパフォーマンスデータを分析し、評価文のドラフトを生成する
出所:Lattice提供
Latticeには、1on1の記録やピアフィードバックなど、システム上に蓄積されたパフォーマンスデータを分析し、生成AIが評価のコメントのドラフトを自動生成する機能「Writing Assist」が搭載されている。
人事評価では、「ハロー効果」(※3)や「直近効果」(※4)といったバイアスが生じるリスクがあるが、Latticeでは過去の1on1記録、フィードバック、目標達成状況などがレビュー画面に自動で表示されるため、記憶や印象に頼らず、より客観性と公平性のある評価となる。
プロジェクト進捗や営業実績も評価に反映
Latticeは、JiraやSalesforceなどのプロジェクト管理・営業支援ツールと連携しており、タスク完了数や商談の進捗といった業績データをレビュー画面上で参照できる。毎回情報を収集・更新する手間を減らしつつ、具体的な数値や進捗を基に評価を行える。
従業員の自己評価も生成AIがアシスト
従業員が自己評価を入力する際にも、生成AIが過去の記録を基に評価文の作成を支援する。AIは過去3カ月から1年分のデータを分析し、働きぶりや成果を抽出してドラフトを作成するため、従業員はゼロから振り返る必要がない。特に実績や行動を言語化することが苦手な従業員にとって、Latticeは説得力のある自己アピールを行うための有効なツールとなる。
さらに、入力画面には目標の達成状況も表示されるため、「予定どおり進んでいるか/前倒しか/遅れているか」といった進捗を一目で把握でき、これを自己評価に的確に反映させることができる。
複数の評価者で相対的に議論
【タレントレビューの画面】各従業員の氏名をマトリクス上に手動で配置しながら、従業員の評価について相対的に議論する
出所:Lattice提供
「タレントレビュー」機能では、マネジャーの主観を排除して、より公平な評価を行うために、複数での評価のすり合わせや育成方針の議論を行うキャリブレーション会議を実施できる。
具体的には、レビューサイクルで収集された評価結果を基に、複数のマネジャーや人事担当者がオンライン上の「評価マトリクス(Box View)」に従業員を配置しながら議論を進める。たとえば、「成果×ポテンシャル」といった評価軸に基づき従業員を9マスのマトリクスに分類することで、評価の偏りや昇進候補の妥当性を視覚的に確認し、評価コメントや昇進・推薦に関する記述、過去のフィードバック履歴などを基に、従業員を多面的に評価することができる。
評価にかかる時間が50%短縮
Duolingo、Asana、Anthropic、Figma、Slack、Webflow、Monzoなど、世界中の5000社以上がLatticeを導入している。
Monzoでは、かつてGoogle FormsやGoogle Sheetsといった汎用ツールを使用していたため、評価シートの作成・回収・集計に多大な時間と労力を要していた。さらに、従業員の異動時に過去の評価情報を引き継ぐことができず、履歴の確認が難しいという課題もあった。Latticeの導入で、評価データが一元管理されて、マネジャー間の情報共有が円滑になり判断の質も向上した。
またFigmaでは、マネジャーが評価コメントを作成する時間が従来の1時間以上から30分へと短縮され、評価のばらつきも大幅に軽減されたという。
今後搭載が期待される機能
LatticeのWriting Assistは、Lattice上にテキストで記録された情報を基に、評価コメントのドラフトを生成する。ただし、外部ツール(SlackやZoomなど)上のチャットや音声会議の内容は自動では取り込まれず、活用には文字起こしや手動での入力が必要となる。そのため、Writing Assistを十分に活用するには、外部ツールで行われた1on1やフィードバックなどの記録がLattice内に蓄積されている必要がある。
また、営業やエンジニアなど成果が数値で示されやすい職種に比べて、アシスタントやクリエイティブ職などでは、定性的なフィードバックが中心となるため、日々のフィードバックを残す運用設計がより重要となる。現時点では、JiraやSalesforceと連携して得られる業務データもレビュー画面に表示されるだけであり、AIが自動分析してコメント生成に活用することはできない。
Latticeは、音声データや外部ツール上の非構造データの分析には未対応だが、今後はこうした情報を自動で評価に活用できる機能や、定量化しにくい職種の貢献度合いを可視化するしくみが期待される。
断続的な評価から、継続的な対話と記録へ
米国では近年、Latticeをはじめ、15Five やConfirmなど、生成AIを活用して評価コメント文の作成をサポートするツールが相次いで登場している。
日本のタレントマネジメントシステムにおいても、評価データの集計、目標管理、360度評価、1on1の記録蓄積といった機能は拡充されつつある。また、HRvisなどのように、生成AIを活用して評価文を自動生成する機能を備えたシステムも登場している。しかし、Latticeのように、1on1の記録、ピアフィードバック、目標の進捗状況といった多様なデータを統合し、それらを基にAIが評価コメントを包括的に自動生成するシステムはまだ少ない。
従業員の日々の業務や行動を継続的に把握し、成長支援へとつなげていくためには、データと対話を一元的に管理できるシステムが有効である。AIや自動化の技術を取り入れることで、属人的で断続的になりがちな評価プロセスから脱却し、公平で納得感のある人事評価を実現できる。
(※1)https://lattice.com/forrester#download-the-study
(※2)https://jinjer.co.jp/news/post-12209/
(※3)評価を行う際、ある特定の事態や特徴に引きずられて他の評価が歪められる現象のこと https://jinjibu.jp/keyword/detl/200/
(※4)対象期間全体を通して評価するのではなく、直近の事柄に引っ張られて評価を歪めてしまうこと https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=212
TEXT=杉田真樹