内部通報に対する属人的な事案対応をAIで改善――HRケースマネジメントプラットフォーム「HR Acuity」

2026年01月28日

企業経営において、ハラスメントやコンプライアンス違反への対応は、もはや単なる人事課題ではなく、経営基盤を揺るがすリスク管理事項である。エス・ピー・ネットワークの「内部通報制度の運営状況アンケート調査(2024年)」によると、通報の約6割を「ハラスメント等」が占める。一方、横領などの明確な不正は1割に満たない(※1)。事実関係の精査が難しい感情的・主観的情報が氾濫するなか、人力に頼るアナログな管理手法は既にその限界を迎えている。

属人化が招く「4つの構造的欠陥」

「受付」から「調査」「処分記録」「事後フォロー」に至るプロセスを、Excelやメールといった属人的な運用に依存し続けることは組織的に下記のような致命的なリスクをもたらす。

  1. 情報の断絶と記録の脆弱性:担当者の異動による経緯の喪失や不十分な記録による「言った・言わない」の紛争。
  2. 判断基準の不整合:担当者の経験値に依存した処分のばらつきが、従業員からの信頼と組織の公平性を損なう。
  3. セキュリティの脆弱性:誤送信やアクセス権限の不備による、高気密情報の流出リスク。
  4. トリアージ機能の麻痺:膨大な不平不満の中から真に重大な事案を識別する客観性がなく、リソースが浪費される。

グローバルスタンダードとしての「HRケースマネジメント」

欧米のフォーチュン500企業では、これら「ER(Employee Relations:従業員関係)」領域の実務を一元管理する「HRケースマネジメントプラットフォーム」の導入が不可欠なインフラとなっている。
HR Acuityの「Ninth Annual Employee Relations Benchmark Study」によると、回答企業(約7割が従業員数5000名以上)の約6割(58%)がER専用プラットフォームを利用していることが明らかとなった。

このプラットフォームの本質は、「リスクの可視化」と「不可逆な監査証跡の確保」にある。全プロセスを改ざん不可能な形で記録することは、経営層へのエビデンスに基づく報告を可能にするだけでなく、有事の際に「適切な是正措置を講じた」という法的抗弁を可能にする。
その先駆者的存在として、「HR Acuity」のAI機能を概観する。

HRケースマネジメントプラットフォームの「HR Acuity」の特徴

公正なプロセスをシステムで担保する「HR Acuity」

HR Acuityの真価は、ハラスメントやいじめといった重大な不正行為だけでなく、暴言や協調性の欠如といった判断の難しい「グレーゾーン」の事案管理において発揮する。数千件のデータに基づく「調査プロトコル(標準手順)」を内蔵し、AIが実務をナビゲートすることで、最新の法規制に準拠した一貫性のある対応を可能にする。

【受付】AIによる高精度なトリアージ

  • 匿名通報や相談「Speakfully」:56カ国語対応。従業員に「これはハラスメントか否か」という自己判断を強いることなく、シンプルな操作で相談や通報を促す。通報者は、匿名を維持したまま専用ポータルを通じて担当者と双方向コミュニケーションを行い、調査の進捗状況などをリアルタイムに確認できる。これにより、心理的安全性を確保した事実確認が可能となる。
  • AIトリアージ:AIが文面から、「いつ・誰が・何を」の事実要素を抽出。リスクレベルを解析し、「現場解決」か「本格調査」かを即座に提案する。

【事実調査】AIコンパニオン「olivER」による伴走

  • 調査計画の自動生成:経験の浅い担当者でも、AIのガイドに従うことで「誰に、どの順序で、何を質問すべきか」という法的不備のない調査を実行できる。
  • 矛盾の自動検知:収集した証言から時系列表を自動生成し、供述の矛盾を特定する。窓口のハードルを下げた際に混入しがちな「虚偽通報」の早期見極めを支援する。

【是正・処分の決定】AIによる文書作成の標準化

  • 報告書ドラフトの生成:蓄積データに基づき、「olivER」が調査報告書や懲戒通知書のドラフトを自動生成する。記載内容のばらつきを排除し、法的要件を網羅した文書作成を実現する。

【完了・事後フォロー】報復防止のしくみ化

  • 「ThroughCare」による監視:処分確定後、30日・60日・90日のサイクルで、システムが自動フォローアップをリマインドする。通報者への報復行為の有無を継続監視し、確認結果を入力しない限り案件を完了できないしくみにより、再発防止を徹底する。

「AI×ビッグデータ」が経営にもたらす洞察

HR Acuityは単なる管理ツールではない。フォーチュン100企業を含む膨大なベンチマークデータと比較し、「同業他社比での事案発生率」や「処分内容の妥当性」を客観視できる。また、「特定の部署で相談が急増している」といった予兆(ホットスポット)の検知や類似問題の「リピーター」特定の機能は、事態が深刻化する前の早期介入を可能にする。

導入企業

Salesforce、Waymo、Lyft、Sanofi、Vericastなど、フォーチュン100企業を含む大手企業がHR Acuityを導入している。米国の医療システム大手のIU Healthでは、事案の解決にかかる平均日数が一般平均(14~28日)を大幅に下回る「7.5日」に短縮。またエネルギー大手のCMS Energyでは通報件数が43%増加するなど、顕著な成果を上げている。

多様化するHRケースマネジメントプラットフォーム 

150カ国以上で導入実績を持つGRC(ガバナンス・リスク・コンプライアンス)プラットフォーム「NAVEX」や、調査実務の専門性が高い「Case IQ」、さらには多くの日本企業で基盤導入が進む「ServiceNow」のERモジュールなども同様に、AIによる通報要約機能や匿名ツールを提供する。NAVEXは2025年12月に日本市場へ本格参入しており、この分野の拡大が見込まれる。

日本企業への示唆

日本では、2026年12月に予定されている改正公益通報者保護法の施行(※2)により、実務への要求水準が劇的に高まる。特に「通報者探索の禁止」や「従事者の守秘義務」の厳格化、刑事罰や是正命令の新設(※3)は、担当者にとって極めて重い心理的・法的負担となる。
厳格な権限管理と操作ログを備えたシステムの導入は、物理的に情報漏洩を防ぐだけでなく、「適切な情報管理を行っていた」という客観的な証拠となり、担当者を守るための強力な盾となる。

テクノロジー活用は「会社を守る」ための必須投資

ツールの導入が全てを解決するわけではない。通報者が不利益を被らない組織文化の醸成や、適正な制度設計との相乗効果が必要不可欠である。しかし、高度化・複雑化する法的リスクに対し、人手だけで抗うのはもはや経営上の怠慢といえる。テクノロジー活用による「法的防壁」を築き、内部通報制度の実効性を高めることは、これからの日本企業が取り組むべき喫緊の経営課題といえるだろう。

TEXT=杉田真樹

(※1)https://www.sp-network.co.jp/column-report/report/spn-report/survey_whistleblowing_2024.html
(※2)https://www.gov-online.go.jp/article/202402/entry-5717.html
(※3)https://www.gov-online.go.jp/article/202601/entry-10821.html