100年時代を彩る、AI時代の新たな視座

リンダ・グラットン(Lynda GRATTON)氏

2026年05月21日

プロフィール

ロンドン・ビジネス・スクール教授。未来の働き方および人材戦略の分野における世界的権威。著書『LIFE SHIFT』は100年時代の人生戦略として世界的ベストセラーに。HSM Advisory創業者としてグローバル企業の組織変革を支援し、Thinkers50では生涯功労賞を受賞した、世界で最も影響力のある経営思想家の一人。
生成AIと人生100年時代が交差する今、働き方は歴史的な転換点を迎えている。リンダ・グラットン氏が示したのは、AIを味方につけ、自律的にキャリアを築くための「学びと実験」である。

リンダ・グラットン氏が描くFuture of Work

  • 「教育→就労→引退」モデルの終焉
    100年時代では、年齢に関係なく学びと挑戦を繰り返す「マルチステージ」な生き方が標準となる。
  • AIは人間の能力を拡張する「知的な共創パートナー」
    AIに代替されるのではなく、テクノロジーを使いこなしながら、人間特有の「無形資産(判断力や共感など)」を磨く。
  • 未来は予測ではなく「実験」で創る
    変化の激しい時代、企業も個人も「小さく試し、学習し、改善し続ける」姿勢こそが最大の競争力となる。
  • 「エネルギー管理」を重視したワークデザイン
    場所の柔軟性だけでなく、個人の集中力や活力のリズムに合わせた「時間」の設計が不可欠である。

年齢の枠を超えて躍動する「マルチステージ」な生き方とは

リンダ・グラットン氏は、これまでの「20代まで教育を受け、60代まで雇用されて働き、その後に引退する」という、3つのステージの直線的なライフモデルの終焉を告げた。

医療技術の進歩や生活環境の劇的な改善により、人々は人生100年の時間を手にするようになった。これまで1つの基準であった60歳での引退は、人生の可能性を早く閉ざしてしまう時期尚早な選択肢となりつつある。私たちは今、かつてないほど長く働き、人生の途上で幾度も「学び直し」を行う必要性に直面している。

同氏が提唱するのは、固定化された年齢という枠組みを完全に取り払った「マルチステージ」という生き方である。これからの人生においては、エクスプローラー(探索者)として見知らぬ世界に飛び込み、インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)として自らのスキルを社会に問い、時にはポートフォリオ・ワーカーとして複数の役割を自在に掛け合わせる。こうした多様なステージが、年齢にかかわらず、人生のあらゆる局面で現れるようになる。

同氏は、この構造変化が私たちに「自由」という名の恩恵を与える一方で、自らの人生の航路を自律的に設計することを求めると語る。それは組織に身を委ねる生き方から、個の意思で歩む生き方への、本質的なパラダイムシフトである。

AIは人間の「物語」を豊かにするパートナー

生成AIが驚異的なスピードで社会に浸透するなか、多くの人々が「自分の仕事や価値が機械に奪われるのではないか」という不安に苛まれている。しかし、グラットン氏はこうした状況に対し、変革を「機械 vs 人間」という二項対立の構図で捉えるべきではないという。

同氏が定義するAIの本質的な役割は、私たちの「知的な共創パートナー(Intellectual Co-creation Partner)」である。AIが膨大なデータ解析や定型的な事務作業、あるいはパターン化された判断を代替することで、人間はより本質的で人間らしい活動、すなわち「創造性の発揮」「高度な倫理的判断」「他者との実直な対話」に、より多くの時間を割くことが可能になる。

ここで同氏が重要視しているのが、「人間の物語(Human Narrative)」という概念である。テクノロジーによる効率化の先に、私たちは「どのような物語を描き、どのような独自の価値を社会に提供していくのか」。その問いに答えることが、AI時代の仕事の本質となる。

「退屈で刺激のない仕事がAIに置き換わることは、人間が本来持っている知的な好奇心や情熱、すなわち人間としての輝きを再発見するための絶好の機会となる」と同氏は説く。AIは個人の能力を剥奪するものではなく、むしろ人間の潜在的な可能性を拡張し、次なるステージへと押し上げる「ブースター」になり得る。

20代から70代までが共生する職場のデザイン

現代の職場には、複数世代が同時に存在している。グラットン氏は、これを人類史上かつてない「多世代労働力」の特異な時代であると分析する。価値観もテクノロジーへの距離感も異なる労働者が1つの目的のために集う場所で、何が組織の成否を分けるのだろうか。

同氏は、「スキルの相互移転」が極めて重要な機能を果たすと語る。若手世代が持つ先鋭的なAIリテラシーやデジタルネイティブとしての感覚と、ベテラン世代が長年培ってきた深い洞察、組織内の複雑な人間関係の機微、および業界全体の文脈(コンテキスト)。これらを従来の上下関係ではなく、水平で対等な関係として掛け合わせる「リバース・メンタリング」のような仕組みこそが、これからの組織の生命線になるという。

AIという共通言語を介して、世代を超えて互いの強みを引き出し、高め合う文化をいかに構築するか。これは人事施策の域を超えた、企業が生き残るための最優先の戦略的課題である。

「無形資産」が個人の市場価値を決定付ける

AI時代では、「学位」や「肩書き」といった目に見える資産の優位性が低下していく。代わって個人の市場価値を真に決定付けるのは、健康、信頼に基づく人脈、変化に対応し続ける「学習能力(Learnability)」といった、目に見えない「無形資産」であるとグラットン氏は語る。

これからのワークデザインには、働く場所(Place)の柔軟性のみならず、個人の集中力や活力のリズムに最適化された時間の設計、すなわち「エネルギー管理」の実装が不可欠となる。長距離通勤でエネルギーを浪費させるのではなく、個人が最もクリエイティブになれる時間と場所を自律的に選択できる組織こそが、次世代の優秀な人材を引きつける「共創のコミュニティ・ハブ」へと進化していくという。

未来は「予測」するものではなく「実験」するもの

リンダ・グラットン氏リンダ・グラットン氏

グラットン氏は、15年前、世界的なベストセラーとなった著書『The Shift』(邦題『WORK SHIFT』)で未来の働き方を予測した。その多くは現実のものとなったが、パンデミックによる強制的なリモートワークの普及や、生成AIの急速な進化は、予測を超えるものであった。

「未来を正確に予測することは、もはや誰にも不可能である」というのは揺るぎない事実である。だからこそ、私たちは「実験(Experimentation)」を繰り返さなければならない。

新しいAIツールを小さなプロジェクトで試してみる。副業という形を通じて、自分のスキルが既存の組織外で通用するかテストしてみる。あるいは、数カ月のサバティカル(休暇)を取得し、未知の分野を学んでみる。これからの時代に成功する組織とは、完璧な長期計画を完遂する組織ではない。たとえ小さな失敗を繰り返したとしても、そこから高速で学習し、柔軟に自己を修正し続ける「実験文化」を、組織の遺伝子として持っている組織である。

日本への示唆

グラットン氏は、日本政府の「人生100年時代構想会議」の有識者議員を務めた経験もある。日本社会に造詣が深く、少子高齢化に伴う深刻な労働力不足、伝統的な雇用慣行、正規・非正規の格差、根強く残る性別役割分担といった、日本独特の複雑な事情も詳細に分析している。

しかし、同氏の視点は驚くほどポジティブであった。日本は歴史的にテクノロジーやロボットを、拒絶することなく極めてスムーズに受け入れてきた国として映っている。この「技術に対する受容性の高さ」こそが、AI共生時代において日本の強力なアドバンテージになると示唆した。もしAIを真の共創パートナーとして使いこなせれば、そこには世界が注目する「新しい働き方の先例」が生まれるはずである。

自律性が切り拓く「働く」の新しい風景

人生の航路を決定し、変化の主導権を維持するのは自分自身であるべきである。インタビューの終盤、過去50年の技術進化の軌跡を振り返った。手書きからタイプライター、ワープロ、PC、インターネット、そして現在の生成AIへと至る変化のスピードは、想像を超えている。しかし、グラットン氏が強調したのは、その加速に怯えることではなく、新しい環境への「能動的な適応」の重要性であった。

私たちは「人間中心の自律性(Autonomy)」を共通の座標軸として、特定の組織や固定観念という重力から自らを解き放ち、この変化を楽しんでいくべきである。それこそが、100年という長い人生を彩り豊かな自己実現の物語へと変貌させる道である。

同氏への取材を通じて、「自律性」の真の意味を再定義した。それは単に「自由に、好きなように働く」といった表層的な権利のことではない。変化し続ける予測不能な環境に対して、自らの意思で学び、実験を繰り返し、絶えず自分を更新し続けるという、いわば「自分自身の進化に対する能動的な責任」を伴うものである。
日本というコンテキストを深く理解するグラットン氏の言葉は、私たちの足元にある課題に即した切実な重みを持っている。AIという鏡に照らされることで、私たちは「人間にしかできないことは何か」という問いに向き合うことになる。同氏の説く「マルチステージ」や「無形資産」といった概念は、1つの回答であり、私たちが未来を悲観せず、むしろ未知なる可能性への探究心を携えて次の一歩を刻むための、確かな展望(パースペクティブ)となるだろう。

TEXT=村田弘美(グローバルセンター長)

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