イントロダクション
「テクノロジー」と「多世代」が共生する、欧州の未来から読み解く
私たちは今、歴史的な転換点の渦中にいます。かつて産業革命が「手」を機械に置き換え、インターネットが「情報」の伝達を加速させたように、現在の生成AIを中心としたテクノロジーの進化は、ホワイトカラーの「思考」そのものの在り方を根本から揺さぶっています。
パンデミックを経て定着したフレキシブルワークは、単なる場所の移動にとどまらず、労働者の価値観を劇的に変容させました。特に、英国、フランス、ベルギー、スイスといった欧州諸国は、伝統的な労働慣習と、最先端のAI倫理やウェルビーイングの思想が激しく交差する、いわば「働き方の実験場」となっています。
本コラムでは、これら欧州各国の企業、コンサルティングファーム、国際機関への取材を通じて、それぞれが描く「Future of Work(FoW)」を明らかにしていきます。それは、単なる効率化の予測ではありません。人間がテクノロジーといかに共生し、多世代が混在する職場でいかに自律性を発揮するかという、極めて「人間中心的な物語」です。
各国・各機関が描く「FoW」の座標軸
現在も取材は継続中ですが、インタビューの詳報に入る前に、それぞれが提示する近未来の働き方の視座を整理します。現代はテクノロジーの進化が速く、長期的な予測が困難な時代だからこそ、それぞれの哲学が重要になります。
国際機関:倫理とマクロの視点(ILO・WEF)
国際労働機関(ILO)は、「人間中心のアプローチ(Human-centered approach)」をその思想のアンカーとしています。AI時代においても、仕事の「量」ではなく「質(Decent Work)」をいかに担保し、学び直しや社会保障をどう再設計するかという、倫理的・包摂的な枠組みを提唱しています。
一方で、世界経済フォーラム(WEF)は、定量的なデータに基づき「スキルの再定義」を急務としています。「リスキリング革命(Reskilling Revolution)」を掲げ、どの職種が消失し、どの職種が生まれるのかという、リソースの最適配置を可視化しています。
有識者の提言:未来の実験(リンダ・グラットン氏)
ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏は、2011年の著書『The Shift』での予測を再検証し、現在は「未来を予測するのではなく、実験を通じて創るフェーズ」であると指摘します。20代から70代までが共存する「多世代労働力」の現実と、従来の「教育→就労→引退」という直線型モデルの崩壊に伴い、キャリア実験と心理的安全性の重要性を説いています。2026年に出版される『LIVING THE 100-YEAR LIFE』では、人生の後半で高等教育に戻る、あるいは仕事の合間にサバティカル(休暇期間)を設けるといった、多様な働き方を組み合わせる「マルチステージ」な生き方への変容が予測されていると伺いました。
各国の独自アプローチ
フランスでは、伝統的な学位を評価する社会から、AIを使いこなし未経験領域へ適応する「適応型アイデンティティ」を評価する社会への移行が始まっています。France Travail(公的な雇用サービス機関)では、AIを個人の潜在能力を導き出す「キャリア・ナビゲーター」へと進化させています。
英国では、採用雇用連盟(REC)などが、雇用の柔軟性と保護のバランス、すなわち「移行の設計」に注力しています。
また、国際的な人材ビジネスの視点では、RECは雇用以外の就業形態であるギグ・ワークやプラットフォーム労働を排除するのではなく、新しい社会保障のセーフティネットに取り込み、多様な働き方を融合させる動きを加速させています。
リソース概念の変容と「人間中心の自律性」
一連の取材を通じて確信したのは、企業が向き合うべき対象が、これまでの「人的資源(ヒューマン・リソース)」という単一の枠組みから、「テクノロジーと人との共存による複合型リソース」へと劇的に変化しているということです。
これまでは「ある業務に対して、どのような人を充てるか」を考えてきました。これからは、業務に必要な「スキル」を分解し、「AIやロボットが担うべきか、人間が担うべきか」を判断し、適材適所を再定義する時代になります。「人事」という概念そのものが、既に形を変え始めているのです。
この変革の中心にあるキーワードが、「人間中心の自律性(Human-Centric Autonomy)」です。テクノロジーが担える領域が拡大するほど、人間にしかできない創造性、倫理的判断、そして深い感性の価値が際立ちます。
具体的には、以下の3つのシフトが欧州で加速しています。
- 「適応型アイデンティティ」重視
「何を知っているか(学位)」よりも、いかに迅速に未経験の領域へ適応し、AIを相棒として使いこなせるか(Learnability)が重視されるようになりました。AIは脅威ではなく、人間の能力を拡張する「知的な共創パートナー(Intellectual Co-creation Partner)」となります。 - 「ハイパー・クラフトマンシップ」の誕生
LVMHに象徴される「手仕事」の世界や、ミシュランのような製造現場でも、AIで周辺業務を効率化し、人間は純粋な創造性を発揮することで、卓越した技能を使いこなす「自律的な職人(Autonomous Craftsman)」が誕生しています。 - 「共創のコミュニティ・ハブ」への進化と、新たな社会的つながり
企業は「場所」としての機能を失う代わりに、「目的を共有するコミュニティ」としての意味を強めています。同時に、組織の枠を超えて個人を支える「包括的なサポートの仕組み(Universal Support Ecosystem)」といった、新たな形の社会的なつながりが求められています。
未来は「創る」もの
未来は誰かによって決定されるものではなく、私たちの「実験」と「選択」の積み重ねによって創られるものです。欧州の知性が指し示す未来の姿が、日本の「働く」の近未来、次なる社会政策や組織のあり方、あるいは個人のキャリアを考える一助となれば幸いです。
また、対面やオンラインでのインタビューにご協力いただいた有識者の皆さまに、改めて深く感謝を申し上げます。
TEXT=村田弘美(リクルートワークス研究所グローバルセンター長)
FoWインタビュー 一覧(順不同・2026年4月時点、随時更新)
World Economic Forum(WEF)
Boston Consulting Group(BCG)
Change Factory
France Travail
Sciences Po
Tomorrow Theory
Staffing Industry Analysts(SIA)
Recruitment & Employment Confederation(REC)
Institute for the Future of Work
European AI Office
European Commission
International Labour Organization(ILO)
Lynda GRATTON氏
Samuel DURAND氏
Jean-Christophe GUÉRIN氏
David TIMIS氏
Denis PENNEL氏
Laetitia VITAUD氏
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