HRテック活用の進化:導入から運用設計フェーズへの転換

2025年06月11日

米国企業における採用業務へのテクノロジーの導入は、もはや選択肢ではない。現在問われているのは、「テクノロジーをいかに活用し、人間がどの段階で判断や補完を行うべきか」という役割設計である。
2019年に実施した「Tech Stack(テックスタック)調査」では、企業が「どの製品をどのように組み合わせて使用しているか」「導入によって得られた成果」といった比較が主な焦点であった。これに対し、テクノロジー活用が前提となった2025年現在では、採用プロセスのなかで「どの工程にテクノロジーを組み込み、どの工程に人が介在するのか」といった運用設計そのものが企業の競争力を左右する重要な要素となっている。

HRテクノロジーの領域は、ATS(応募者追跡システム)やCRM(採用候補者管理システム)にとどまらず、AIによるスクリーニングや面接分析などより高度な機能へと拡大している。
特に近年は、LLM(大規模言語モデル)の登場により、HRテクノロジーの進化が一層加速している。これにより、求人票(ジョブディスクリプション)の作成や職務要件の抽出といった業務の自動化が可能となり、各ツールの機能も拡張されている。現在では、複数の工程を1つのプラットフォーム上で包括的に管理・運用する事例が増加している。このような状況下においては、企業が各製品の特性を正確に理解し、採用プロセスの各工程において最適な活用方法を見極めることが求められる。
本調査は、こうした変化を踏まえ、米国企業におけるテクノロジー活用の最新動向を明らかにし、日本企業が「人とテクノロジーの役割設計」を再考する契機とすることを目的としている。

テクノロジーをどう使い、人はどこで判断・補完するのか

米国企業のHRテック活用の「リアル」――オンラインフォーラムとインタビューから見えたこと

2025年2~4月に実施した本調査は、CareerXroads(以下、CXR)の共同代表であるジェリー・クリスピン氏とクリス・ホイト氏の協力の下、2段階に分けて実施した。
第1フェーズでは、米国企業12社の採用責任者、アナリスト、コンサルタントが参加するオンラインフォーラムを開催した。参加者は、「ソーシング(候補者の発掘)」「スクリーニング」「アセスメント」「候補者エンゲージメント(候補者体験の向上)」の4つのステージにおいて活用しているテクノロジー、直面している課題、戦略、AIの活用状況などに関する設問に対し、自由記述形式で回答した。加えて、具体的な実例を交えながらオンライン上で率直な意見交換が行われた。
第2フェーズでは、フォーラム参加企業を中心に、米国の大手企業7社へのインタビューを実施した。また、有識者としてクリスピン氏にも個別インタビューを行い、より深い知見を得ることを試みた。

ステージ別に見るテクノロジー活用と課題

ソーシング

「ソーシング」のステージでは、エンジニアやエグゼクティブなど、専門性が高く採用難度の高い職種に対して、AIによるスキルベースのマッチングや、過去の応募者データを活用して候補者を再発掘するツールが積極的に導入されていた。一方で、販売職など応募者数が多い職種においては、そもそもソーシングを行わないという対応も見られた。このように、職種やターゲットとなる候補者層に応じて戦略やツールの使い分けがなされている実態が明らかとなった。

スクリーニング

生成AIの普及と応募者数の増加を背景に、企業は初期選考の「効率化」だけでなく、「公平性」や「説明可能性」の確保も求められている。
現在では、AIが応募者の適合度をスコアで数値化するツールの活用が進む一方で、AIの意思決定プロセスにおけるバイアスや影響を可視化する取り組みも始まっている。具体的には、AI導入に先立ち、バイアス監査や影響分析(※1)を実施する企業が現れている。AIの活用を応募者に明示するルールを設ける動きも見られる。有識者もこうした透明性の確保が今後の採用において重要であると指摘している。
一方で、すべての応募に対し人の目を通すことを重視し、AIをあくまで補助的に活用する企業も存在しており、スクリーニングにおけるアプローチの多様性が浮き彫りとなった。

アセスメント

企業がAIを活用して選考を効率化する一方で、候補者も履歴書の作成や面接時において生成AIを活用するケースが増加している。多くの企業がこの動向に懸念を示しており、AI時代特有の新たな課題として認識されつつある。
こうした状況に対応するため、あるテクノロジー企業では、ペアプログラミング面接(※2)を導入し、問題解決力やチームワーク力といった実践的スキルの評価に重点を置いている。これにより、生成AIでは模倣が困難な選考プロセスを構築し、より信頼性の高いアセスメントを実現している。

候補者エンゲージメント

キャリアサイト訪問時から内定承諾に至るまでの採用プロセス全体を通じて、候補者体験の質を高めることは、多くの企業に共通するテーマである。その一環として、夜間や週末を含む時間帯においても、求職者からの問い合わせに自動対応できるチャットボットを導入する企業が増加している。
また、内定から入社日までの「プレボーディング」期間における内定者の離脱も課題として挙げられる。この課題に対しては、各種ツールを活用し、入社までの手続き案内や会社の最新情報の提供を行うほか、「軽い声かけ」などのコミュニケーションを通じて関係性を維持し、離脱を防ぐ取り組みが進められている。

「業務効率化」から「採用の質」重視へ

2019年に実施した「テックスタック調査」では、HRテクノロジーの活用目的は、応募者対応の迅速化やリクルーターの工数削減といった業務効率化に主眼が置かれていた。
しかし、2025年現在、テクノロジーは単なる効率化の手段にとどまらず、面接やアセスメントにおける公平性や一貫性の確保といった「採用の質の向上」を実現するための重要な手段へと進化している。たとえば、アセスメント結果と入社後の定着率や業績データとの相関を分析することで、採用時の評価基準と実際のパフォーマンスとの関連性を明らかにし、選考の精度向上を図る取り組みが進められている。

AI機能の標準化

2019年当時、AIはParadox(チャットボット)、HireVue(動画面接ツール)、HiredScore(ソーシングプラットフォーム)など一部のツールに限定的に搭載されていた。多くの企業では試験的な導入にとどまり、効果検証や倫理的な懸念から本格的な活用には至っていなかった。
一方、2025年の現在では、AIは多くのHRテクノロジーツールにおいて「標準機能」として実装されている。企業は、Findem、Eightfold、Sniper AIといった、求職者のスキルと職務要件の適合度をスコアで可視化するAIスコアリングツールを導入し、選考の客観性と効率性を高めている。

AI導入をめぐる組織文化と姿勢の違い

AI導入に対する企業の姿勢は、その理念、価値観、組織文化によって大きく異なる。
テクノロジーとの親和性が高く、データドリブンな意思決定を重視する企業では、AIの活用が既に広範に進んでいる。求職者のスキルや経験と職務要件とのマッチング、スコアリングの自動化に加え、面接プロセスの可視化やパフォーマンス予測といった、高度な活用も実現されている。
一方、社内の共通理解を重視する企業では、AIツールの導入自体は進めているものの、本格的な運用には慎重な姿勢をとる傾向が強い。
その背景には、コンプライアンスや社会的責任を重視する組織文化、AIに内在するバイアスが自社のDEI(多様性・公平性・包括性)推進に与える影響への懸念がある。さらに、部門間での合意形成に時間を要する複雑な組織構造も、迅速な展開を妨げる要因となっている。

なお、オンラインフォーラムおよび各社へのインタビューで得られた具体的な事例や知見は、今後のコラム連載にて紹介する。そこでは、単なるツールや製品の導入経緯だけでなく、なぜそのテクノロジーを選定し、どの工程でどう活用しているのか。そして、その選択がどのような組織的判断や価値観に基づいているのかといった、運用設計の背景や戦略にも焦点を当てている。
これらの実践的な取り組みは、日本企業が自社の採用活動においてテクノロジーをいかに効果的に活用し、人とテクノロジーの役割設計をどのように構築すべきかを考えるうえで、具体的なヒントや示唆を与える貴重な参考事例となるだろう。

TEXT=杉田真樹(リサーチャー)

調査概要

 Solution Stackオンラインフォーラム調査 
  • 目的:米国企業のHRテクノロジーの活用実態を明らかにする
  • 調査対象:企業の採用責任者・アナリスト・コンサルタント13人
    (EchoStar、KPMG、Generac Power Systems、Spectrum、Box、Land O’Lakes、Bayada Home Health Care、AdventHealth、Cielo Talent、Match2、Aptitude Research、Salary.com)
  • 調査期間:2025年2~3月
  • 調査方法:CXR独自のサイト上でのテキスト形式の定性調査
 Solution Stackオンラインインタビュー調査 
  • 目的:米国企業のHRテクノロジーの活用実態を明らかにする
  • 調査対象:企業の採用責任者・コンサルタント8人
  • 調査期間:2025年3~4月
  • 調査方法:オンラインインタビュー

(※1)AIの導入が、選考プロセス・応募者層・選考結果にどのような影響を及ぼすかを事前または導入後に検証する取り組み。
(※2)面接官と候補者が1つの課題に対して共同でコーディングを行う面接手法。

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