国家公務員の人事制度改革なるか― 最終提言に盛り込まれた核心

橋本賢二

2025年06月19日

今度こそ本当に変われるか

国家公務員の人事管理には、制度改革を骨抜きにする仕掛けがある。国家公務員制度改革の議論は、1997年にまでさかのぼることができるが、問題とされる論点が変わることはなかった。2001年に内閣官房が決定した「公務員制度改革の大枠」では、年功序列的な人事管理からの脱却が目指され、人事評価制度の導入などが進んだ。しかし、四半世紀の時を経ても脱却には至れていない。今度こそ、こうした状況を打破できるのか。2025年3月に人事院の有識者会議「人事行政諮問会議(※1)」がまとめた最終提言を解き明かしていこう。

運用を変えるための2つのプログラム

最終提言には、国家公務員の給与決定における官民比較方法の見直しや年功序列からの脱却、政策の企画立案・調整などに関わる職員の待遇改善が盛り込まれた。報道機関はこれらの提言内容に着目した報道をしている(※2)。しかし、真に着目すべき点は、制度変更ではない。

最終提言が国家公務員の人事管理は年功的な色合いが濃いと指摘するように、制度を見直しても運用で骨抜きにして年功序列に回帰する強い力がある。そこで、最終提言には、長らく変わってこなかった人事運用を変えるために、2つのプログラムを組み込むように求めている。この点こそが、従来の議論とは一線を画す最大かつ核心的なポイントである。

① 評価運用の改善

最終提言は、既に導入されている人事評価の実効性を高めるための取り組みを、2025年度を目途に人事院で試行し、それを各府省に展開することを求めている。具体的には、以下の4つの取り組みによって、メリハリのある人事評価を行うことを提示している。

(a) 目標の明確化と評価事実の確認
評価期間の開始時に明確な目標を設定し、終了前に評価事実を再確認する。
(b)評価者会議の開催
同一部局の評価者同士で結果を共有・調整する会議を開催する。
(c)被評価者数を適正化
評価者1人あたりの被評価者数を制限する。
(d) 多面観察(マネジメントサーベイ)の活用
マネジメントサーベイの結果を可視化し、上司のマネジメントスキル向上に役立てる。

これらの取り組みは、評価者の評価スキルを高めるとともに、複数の評価者が関与することで公平性と透明性を補強するものだ。特に、被評価者とのコミュニケーションを充実させることで、不透明さがつきまとう人事評価の納得性を高めることを狙いとしている(※3)。これまでの国家公務員の人事評価は、年齢や採用試験種別、職能等級の在級年数などの測定しやすい指標を評価の代わりに用いて形骸化しがちだった。人事院で試験的に導入される予定の取り組みでは、目標のすり合わせや意見交換と調整に時間をかけて丁寧に向き合う仕組みを実装することで、骨抜きになっていた人事評価制度が実質を伴って機能することを目指している。

②    人事院の改組と支援

国家公務員の人事管理は、いくつかの構造的な課題がある。法令により一定の基準や標準が示されているものの、実際の運用は各府省や職場の管理者に委ねられている(※4)。このため、人事制度を運用している各府省は、基準や標準に照らしながら各組織の課題に応じた判断を求められる。ところが、その担当者は約2年の人事異動で代わってしまうために、人事の専門性を備えていないことも少なくない(※5)。組織や自分自身、自分の後任への負担や影響を意識して、前例に沿って運用しようとする圧力や軋轢が生じるような変化を望まない力学が発生しやすい。

こうした現状を踏まえて、最終提言では、人事院が各府省における戦略的人事や人事・給与業務の実行を支援する役割を担うべきだとしている。そのために、人事院自体の組織体制や職員の配置、業務の在り方の見直し、各府省に伴走して支援できる体制を構築することも求めている。 

制度改革の実現性は、制度として成立させるだけでなく、制度に魂を吹き込む運用に変えて、自ら実践できるかどうかにかかっている。人事院が自らできることを着実に進める努力は大切だ。しかし、真に改革を実現するためには、人事院だけの取り組みに留めるのではなく、人事管理に関わる当事者を巻き込んでいくことが必要である。

本気で変えるために必要な世論の支持

最終提言では、人事院(企業人事における人事労務担当)と内閣人事局(企業人事における人事企画担当)がともにリーダーシップを発揮し、連携を強化して、各府省(事業部人事)の取り組みを支援することを求めている(※6)。人事管理の当事者同士が連携して支え合いながら運用を改めていくことは、変革の王道である。人事管理を担う当事者たちが運用を改めることに本気にならなければ、影響を受ける職員の納得も得られないだろう。

また、最終提言では触れられていないが、首相官邸(取締役会)や国会(株主総会)に対して問題意識を共有し、取り組みの必要性について理解と協力を得ることも不可欠である。国家公務員の人事管理は、法律事項も絡むことから、人事管理に関わる当事者には国会も含まれる。特に、法律で定められている国家公務員の給与に関しては、過去にも国会において、様々な論点が賛否を交えて政治的に議論されてきた経緯がある。人事院には、これまでの経緯を踏まえながら、国会も含めた関係者の理解を得るために、しっかりと説明責任を果たしていくことが期待される。

ここで、人事院の強力な援護となるのは、改革に対する世論の支持ではないだろうか。最終提言にも「職務基準の給与制度・運用は、職務分析・評価の研究に相応の時間を要する」とあるように、改革の結実には長い時間がかかる。しかし、時間がかかるからこそ、改革の方向性を支える“応援団”の存在が重要になる。この応援団をつくるために必要な取り組みが、国家公務員の人事管理が運用から実際に変化していることを公務内外に広く発信することである。そのようにして、世論からのフィードバックを得ていけば、改革はなるだろう。国会も関係するからこそ、国民からの支持や叱咤激励が重要になる。

制度改革という華々しさに目を奪われがちだが、実際に改革の成否を決めるカギとなるのは、運用である。人事院には、最終提言に示された運用を変えるためのプログラムを着実に実践するとともに、その進捗や成果を包み隠さずに潔く見せていく姿勢が必要だ。運用の改善と発信の積み重ねが、改革の持続性と信頼性の支えとなる。

参考文献
江夏幾多郎(2014)『人事評価の「曖昧」と「納得」』NHK出版
岡田真理子(2023)「国家公務員の職務概念」日本労働研究雑誌, No.759, pp.4-12

(※1)人事院に設置された「人事行政諮問会議」には、株式会社リクルートホールディングス代表取締役会長兼取締役会議長の峰岸真澄が委員として参加している。
https://www.jinji.go.jp/civilservicehrmadvisoryboard/index.html
(※2)例えば、日本経済新聞は2025年3月24日に「キャリア官僚の人材確保『危機的』 大企業並み報酬を提言」とのタイトルで、給与水準に着目して報道している。また、毎日新聞は同日に「国家公務員の人材確保『危機的状況』 人事院の有識者会議が提言」とのタイトルで、人材確保に着目した上で、給与、働き方および採用試験に関する提言を報道している。
(※3)江夏(2014)は、人事評価がそもそも曖昧なものであると指摘し、従業員は上司との関係性によって曖昧さを受け入れるようになっていくことを明らかにしている。
(※4)岡田(2023)は、国家公務員の職務は抽象度が高いため大括り化された概念に基づいて一定の評価基準が示されているが、各府省や各局課によって職務内容が異なることから、具体的な定義や運用は職場の管理者の考えに左右されてしまうことを課題として指摘している。
(※5)この点に関しては、研究所員の鳥瞰虫瞰Vol.4「国家公務員の働き方改革なるか―変革を妨げるシステムを乗り越えるポイント」で詳しく記している。
https://www.works-i.com/column/works04/detail074.html
(※6)最終提言においては、必要な改革を進めていくために「例えば、内閣人事局が本提言に沿って政府としての取組方針を『人事管理運営方針』に盛り込むなど、今後、人事院と内閣人事局がそれぞれの役割に基づき一層連携して人事行政施策を推進していくことを望む」とあり、人事院に設置された諮問会議でありながら、内閣人事局の所掌についても意見している。公務の外から眺めれば当然のことを指摘しただけに過ぎないが、所掌を超えた記述を最終提言に盛り込むためには、人事院と内閣人事局の担当者の間で、相当な調整が行われたものと推察される。

橋本 賢二

2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)