
仕事と介護の両立が始まる前に親と話し合う——その難しさにどう向き合うか
「話し合いの大切さ」はわかっている、けれど…
「まだ元気だから」「縁起でもない」——。
親との会話で、介護の話題を切り出そうとすると、こんな言葉が返ってきたという経験を耳にする。介護は緩やかに進む場合もあれば、突然やってくることもある。けれど、どちらにしてもその前に“話し合っておけばよかった”という声は多い。
仕事と介護の両立においては、介護が始まる前から親と話し合い、親の生活や経済状況を始め、様々なことを把握しておくことが大切だとされる。厚生労働省も仕事と介護の両立を促すツールとして「親が元気なうちから把握しておくべきこと」のチェックリストを提供している。このリストでは、親の老後の生き方の希望、親の生活環境や経済状況、親の趣味・嗜好、親の周囲の環境・地域とのつながり、現在の親の行動面・健康面での状況をはじめ、把握しておきたいことが網羅的に示されており、事前に親と何を話しておくとよいのかの視界を得ることができる。
図表1 「親が元気なうちから把握しておくべきこと」(厚生労働省資料より抜粋)(出所)厚生労働省「『親が元気なうちから把握しておくべきこと』チェックリスト」に基づき、示されている項目のみ抜粋したもの。※印は例示されているもの
何を話せていないのか
しかし、介護が始まる前に、これらの点について親と話をしたり、把握したりしている人は少数派だ。リクルートワークス研究所「介護に直面した正社員の就業に関する調査」(2020年)(※1)によれば、介護を経験した正社員男女4233名(現在介護中の人が1711名、過去に介護をしていた人が2522名)のうち、介護が始まるまえに家族・親族の経済状況(銀行の通帳や印鑑の場所、生命保険への加入有無や加入証書の場所等)を確認していた人は22.2%、「家族・親族のかかりつけ医を知っていた、あるいは本人に聞いた」人は28.4%と全体の中で少数であった。
しかし、「もしも介護が必要になった時に、家族・親族がどのように過ごしたいかを知っていた、あるいは本人に聞いた」人は16.2%。「家族・親族が大事にしている時間や好きなことを知っていた、あるいは本人に聞いた」人は13.3%、「家族・親族のふだんの交友関係を知っていた、あるいは本人に聞いた」人は13.3%とさらに少数になる。つまり、介護が発生する前に親の経済的状況や通院・治療に関わる情報を得ていた人は少なめだが、それ以上に、「親が望む老後を過ごすために大切な情報」を得ていた人は少ないということになる。
図表2 介護が始まる前に必要な知識をえていた人の割合(%)
(出所)リクルートワークス研究所「介護に直面した正社員の就業に関する調査」(2020年)
なぜ、話しづらいのか
最近おこなわれた調査(※2)においても、親世代の53%、子ども世代の67%が家族で介護について事前に話し合うのは難しいと思う、と回答していることを踏まえると、親と話し合うことの難しさは、今も変わっていないと考えてよいだろう。
なぜ話し合うことがこれほど難しいのだろうか。
考えられることの一つは、介護に対するネガティブなイメージや「老い」を連想させる言葉を日常の中に持ち込むことへの抵抗感である。親自身が「自分はまだまだ大丈夫」と思っている場合もあるだろうし、子ども側にも「まだ考えたくない」という気持ちが先に立つことは容易に想像できる。
親子の関係性が変わることへの抵抗感もあるだろう。仕事と介護の両立を経験し、今は企業で仕事と介護の両立プロジェクトを推進する女性は「長年離れて暮らし、家計も別、考え方も別と言う関係性の中で、突然、ケアされる側とケアする側という関係性に転換した会話を始めることのハードルは非常に高い」と指摘する。介護についての親との話し合いには、そうした相手との関係そのものの変化を乗り越える難しさが伴う。
小さな会話から始めてみる
では、どうすれば「話」を始められるのか。
ここで参考にしたいのは、やはり仕事と介護を両立した、ある男性の経験だ。その男性は介護が始まる前から、目的地の一駅前で電車を降り、親と短時間の通話を日課にした、という。最初はぎこちなく、親も「なんで急にかけてきたのか?」という雰囲気だったが、しばらくするとちょっと会話することが当たり前になり、「夜中に目が覚める」など、身体や生活の小さな変化を自然と話せるようになった。その中で、親の生活の様子や健康状態などの課題なども少しずつ理解できるようになったという。
一歩を踏み出すための工夫
これから介護を担う可能性を感じている人は、まずは小さな会話から始めてもよいのではないだろうか。たとえば、他のことをしながらの「ながら電話」でもいい。そこで、日常の様子を定期的に聞いてみる。もちろん、こうした軽い会話ではどうしても聞けないことは残るだろう。しかし、生活の喜びや気になる変化、この先大切にしていきたいことなど、不足しがちな「親が望む老後を過ごすために大切な情報」のヒントはつかみやすくなるはずだ。
介護について話そうとすると、どうしても構えてしまいがちだ。いつか話さなければと思いながらためらうその前に、まずは小さくても会話の扉を開くことが、自分と親にとって「どんな暮らし方がよいか」を選び取るヒントをくれるのではないか。
(※1)インターネットモニター調査。65 歳以上の高齢者を介護した経験がある現在 45~64 歳の男女で、最初の介護が発生した時点で正社員であった者を対象に、介護離職の有無、介護発生前、介護発生時、介護発生後半年時点、現在の4時点における介護や働き方の状況を尋ねている。
(※2)ダスキン ヘルスレント「親子で向き合う介護レポート 2024」

大嶋 寧子
東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる成長調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。