人間化するロボット、ロボット化する人間
今、ヒューマノイドロボットが注目されている。ロボットが人間らしく進化する一方で、私たちの職場では、人間がひと昔前のロボットへと退化する現象が起きていないだろうか。その現象は何を意味し、私たちは何をするべきだろうか。ロボット開発の進化から、人と組織の未来を考える。
1.失敗を資産に変えるロボット
2026年4月に中国の北京で開催されたハーフマラソンには、ヒューマノイドロボットも出場していた。人間らしいフォームで走行するヒューマノイドロボットは、人類の世界記録を塗り替えた。このようなヒューマノイドロボットは、転倒せずに前進することを報酬として設定されている。シミュレーターのなかで何億回もの転倒を経験した上で、現実でも滑りやすい床の上や外部からの意地悪な妨害を受けながら動作を学習している。大小さまざまな失敗を何度も繰り返してきた結果、現実でしなやかに動くように訓練され、未知の環境でも適応できるように至った。
ヒューマノイドロボットの開発は今に始まったことではない。2000年代初頭に一世を風靡したヒューマノイドロボットとして本田技研工業のASIMOがある。ASIMOは、転倒しないようにコントロールしながら二足歩行をするため、あらかじめ設定された動き(モデル)を忠実に再現する。計測、計算、出力のプロセスを決まった順序で実行する直列的な設計(※1)になっていたため、現実で段差が現れたり床面が変化したりして状況が変わると、新たなモデルが必要になる。
現代のロボットは、様々な可能性が期待される一方で、モデル準拠の過去のロボットは開発が終了してしまった。この2つのロボットの明暗は、組織が抱える深刻な問題とその帰結を示唆している。その分岐点は、「失敗」に対する捉え方の違いにある。
2.モデルに閉じこもる人間
現代のヒューマノイドロボットが進化を遂げたのは、計算速度の向上だけでなく、センサーを通じて物理的な現実と何度も失敗しながら格闘したからである。一方で過去のロボットは、失敗を前提にしないため、モデルがなければ計算できず、予測不能な状況に対応できなかった。
この対比を現代の組織に当てはめると、残酷な逆転現象が浮かび上がる。ロボットが現実と格闘して進化する一方で、人間は抽象化されたモデルに閉じこもり、旧世代の設計思想のロボットへと退化しているのではないかという懸念だ。
2026年3月末に公表した報告書「“無意味な仕事”は、なぜ生まれ、増殖してしまうのか」(※2)では、計画や予測のための測りすぎといった管理や統制の過剰が、組織やそこで働く人々を閉塞させていることを指摘した。ロボット研究の文脈で読み解けば、まさに、モデルへの固執である。精緻な市場予測、完璧なリスク管理、失敗を許さないKPI。これらは、一見すると合理的に見える。しかし、その実態は複雑に動く現実を都合よく切り取った「静止画」に過ぎない。確かに予測可能性は高まるだろう。だが、変化し続けるビジネスの現場は「動画」であり、決して平坦な床ではない。管理や統制によってモデルを精緻化しようとする動きは、現実から目を逸らし、直列的な計算によって歩行しようとする過去のロボットが陥った隘路そのものである。
3.潤滑油が固着剤に変わるとき
モデルへの固執は、現場の活力に大きく影響する。現代のロボットは、転倒という失敗を資産に変える学習様式によって頑健性を手に入れた。しかし、多くの組織では、失敗をコストとみなして、可能な限り排除しようとしていないだろうか。
効率化や最適化の徹底は、失敗を避けて計算の精度を高めようとする過去のロボットが隘路に陥ったことの踏襲に等しい。回り道や現場の工夫が許されない組織では、環境の変化に柔軟に対応するための試行錯誤という学習機会が失われてしまう。かつて予測可能性を高めて効率化を促す潤滑油として取り入れられてきた管理や統制は、長年使ううちにいつしか固着剤へと変質し、現場の柔軟な判断や自発的な修正を阻害する要因となってしまっている。
このような組織が行きつく先は、「転ばないこと」が目的となり、マニュアルに書かれていない事態には逐次指示を仰ぐ現場である。不安定なビジネス環境において求められていることは、計算式の精度ではない。現代のロボット開発が示唆するように、現場や顧客といった現実の環境との相互作用のなかで、試行錯誤という「転ぶ練習」を積み重ねることである。
4.シンギュラリティの望まざる再定義
この人間がロボット化する果てに、何が待っているのか。私は、レイ・カーツワイル氏が提唱した「シンギュラリティ(技術的特異点)」(※3)の到来を前に直面するもう一つの危機を提起したい。
それは、AIなどの技術が人間に近づくことではない。むしろ、人間が技術に適合しようとして、自らの行動を狭めていく現象である。人間が「計算結果をなぞるだけの存在」に成り下がったとき、シンギュラリティの到来はさらに近くなる。今、私たちに必要なのは、直列的な計算の精度を高めることではなく、現代のロボットのように転びながら学ぶ機会を取り戻すことではないだろうか。
現代のロボットは、開発者が設定した報酬関数(※4)を最大化するために転びながら学ぶ。翻って私たちはどうだろうか。KPIやMBOといった外部から与えられた指標を最大化するだけの行為は、ロボットが最適化するアルゴリズムと何ら変わらない。試行錯誤のない最適化に、人間らしい創造性が宿る余地はない。
人間には、ロボットにない唯一の特権がある。それは、「何を喜びとし、何を価値とするのか」を自分自身で決められることだ。「なぜ、その仕事をするのか」を問い、意味を定義し続けられることが、AIには決して代替できない人間に特有の価値である。
前出の報告書で示した、管理を手放すこと、実験を許すことなどの提言は、効率化の否定ではない。管理の対象をモデルや数値から、プロセスや環境へとシフトさせることが、人間が旧世代のロボットへと退化することを防ぐAI時代の処方箋になるはずである。
(※1)ASIMOは、重心が生み出す慣性力と重力を合わせた力が地面に作用する点(Zero Moment Point)を制御することに加えて、予測に基づく制御を組み合わせていた。
(※2)報告書「“無意味な仕事”は、なぜ生まれ、増殖してしまうのか?」
(※3)レイ・カーツワイル氏は、2007年に出版された『ポスト・ヒューマン誕生』(NHK出版)のなかで、2045年に様々な技術が統合されて人類をまったく別のものに変えてしまう「シンギュラリティ」が到来すると提唱した。また、2024年に出版された『シンギュラリティはより近く』(NHK出版)では、様々な技術の進展状況からシンギュラリティがさらに近くなっていることを説いている。
(※4)報酬関数とは、AIが目指すべきゴールとして設定された関数である。二足歩行であれば、転倒せずに前進した距離やエネルギー効率の総和を最大化することがゴールとなる。
橋本 賢二
2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)
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