「稼げる仕事」の変化―二極化するブルーカラーの賃金上昇

主任研究員 古屋 星斗

2026年02月16日

近年、賃金を巡る報道や議論が活発となっている。その背景には、労働供給制約の顕在化がある。労働需給が逼迫した産業や職業では求人側が賃金を上昇させることで需給の均衡をはかろうとすることは、当然考えられることである。この動きについて、職種別に需給構造が異なると考えられるため、厚生労働省の賃金構造基本統計調査(賃金センサス)を用い、職種別(小分類)において検討する。同調査は2020年から職種分類が変わっていること、また、労働供給制約が顕在化したコロナ禍以降の変化が見られること(※1)もあり、2020年から2024年の足下5年の変化について見る(※2)。

なお、本稿では労働者の実際の収入変化を反映するため、賃金センサスを用いて年収額(残業代を含む月額給与+賞与等)を概算して分析に用いた(※3)。なお、この概算した年収額については調査のタイミングの都合上、当年6月支給額を12倍したものに前年賞与等額を加えており、月額支給額の月ごとの変化や賞与等の支給タイミングなどを加味できず、当年の実際の年収額ではなく、あくまで賃金水準の経年変化を分析するための“概算値”である点を注記する。

図表1に全体像を整理した。2020年以降、徐々に名目の賃金額は上昇しており、賃金センサスにおける年収額も、2020年の487万円から2024年には527万円に増加している。2020年から2024年への変化率は+8.1%である。

重要なことは2020年から2024年の物価が8.5%ほど上昇していたという点である(CPIベース(※4))。平均の年収額変化率とほぼ同水準にあり、平均年収額変化率を超えたかどうかは、実質賃金を考える際にも重要な要素である。

この変化率について、賃金センサスに統計のある145の職種別(※5)を分析した。その結果のうち、主要なポイントについて解説する。

図表1 年収額(概算)の推移(一般労働者(※6))図表1 年収額(概算)の推移(一般労働者)

年収上がるコンサル、情報セキュリティと「ドライバー」「建設現場」「検査」「整備」

まず、年収上昇率が高い職種である。上位15職種を挙げる。

ここ5年で最も年収額が上昇した職種は「タクシー運転者」(※7)である。一般的なタクシー運転者に加え、介護タクシーや乗合タクシー運転者も含まれる。年収額変化率は+38.3%である。ただし、基準年の2020年がコロナ禍によってタクシー需要が縮小した時期であり、この点に留意が必要である。

次いで、「歯科医師」が+38.0%と高い。合わせて「歯科技工士」も+18.1%と高い水準にあった。後述するが、医師を含む医療関係職種の変化率が低水準だったことと対照的である。ただし、歯科医師と歯科技工士はともに労働者数が1万人前後とされ、抽出率(※8)を鑑みれば200~300サンプルである可能性があり、結果解釈にはやや留保が必要だろう。

3番目に、「外勤事務従事者」(集金人、市場調査員、メーター検針員等)が+36.3%、4番目に「建設躯体工事従事者」(大工、とび職、組立工等(※9))が+31.7%であった。

統計に留意が必要な部分はあるものの、変化率が+30%以上であった1番目から4番目までの職種が実際に足を運んで手を動かして仕事をする「現業系職種」である。図表2からは、変化率上位に多くのホワイトカラーでない職業、「現業系職種」が見られることがわかるだろう。上位15職種のうち、いわゆるホワイトカラーは、6番目の「その他の経営・金融・保険専門職業従事者」(経営コンサルタントや証券アナリスト)及び12番目の個人教師(家庭教師やパーソナル・インストラクター)、15番目のその他の情報処理・通信技術者(システム技術者や情報セキュリティ技術者)である(※10)。

ドライバー、建設現場、ものづくり、検査・整備などの現業系職種は有効求人倍率が高い職種も多く(※11)、企業の人手不足感も高い(※12)。労働需給の逼迫が、一部の職種における大きな賃金上昇という現象として表れた可能性があるだろう。

図表2 年収額変化率が高い上位15職種(小分類)(一般労働者)
図表2 年収額変化率が高い上位15職種(小分類)(一般労働者)注:※は小サンプルの可能性があるもの。黄色は現業系職種。

平均的上昇率の事務職

次に、ホワイトカラー(事務職)の年収額変化についても見ておこう。ここでは労働者数が多い(30万人以上(※18))主要な事務職系職種を抜粋した。

結果は図表3である。おおむね全職種平均の+8.1%前後の水準にあると言える。やや高いのが、「営業・販売事務従事者」であり+12.5%。最も低いのは「総合事務員」であり+7.3%と平均(+8.1%)以下の上昇率である。なお、総合事務員は「事務の仕事全般について、特に行うべき仕事の内容が限定されず各種の事務の仕事に従事するもの」とされ、93万人と、職種別の労働者数が「介護職員」「販売店員」と並んで最も多い職種である。

事務職に関しては、平均的な上昇水準となっていることがわかる。結果として、例えば「総合事務員」と「自動車整備・修理従事者」では年収額の逆転が起こった(「自動車整備・修理従事者」のほうが高くなった)。また、「建設躯体工事従事者」も「企画事務員」(企画職、商品開発、マーケティング・リサーチャー等)を除いた主要事務職の年収額を上回るようになっている。

“稼げる仕事”が徐々に変わってきているのだ。

なお、ホワイトカラーの代表的職種でもある管理的職業従事者(※19)(部長、課長、支店長等)は変化率+5.0%と平均より低かったことを付記しておく(※20)。 

図表3 事務職系職種の年収額変化率(小分類)(一般労働者)図表3 事務職系職種の年収額変化率(小分類)(一般労働者)

年収が上がらない、医療・介護・教員

最後に、職種別で年収額があまり上がっていない、あるいは下がった職種を見ていこう。“年収額が上がっていない”グループのなかに含まれるのが、医療・介護関連の職種である。

例えば、78万人の一般労働者が従事する「看護師」は+5.7%の変化率であり、平均の+8.1%に及んでいない。職種別で最多の一般労働者数(107万人)である「介護職員(医療・福祉施設等)」は+3.4%とさらに低い水準である。先述したが、物価が8.5%ほど上がっていることから、以下図表4に示した医療・介護従事者の実質賃金は低下している状況にある。「医師」に至っては-8.5%と大幅減少となっている。

また、あわせて「小・中学校教員」「高等学校教員」も+0.1%、-1.1%とほとんど増加していないかむしろ減少している。

こうした近年年収が増加していない現業系職種、医療・介護・学校教員に共通することは、言うまでもなく賃金水準が“公定価格”である点である。賃金が市場によって決定せず、公的な枠組みで決定する。その決定のメカニズムは需給(労働需給)ではなく、主として財政制約である。

もちろん財政制約は、政策の持続性や通貨の安定性等、ひいては国家機能の維持に影響を及ぼす、十分な考慮が必要な最重要要素である。この前提のうえ、近年の労働市場を分析した観点からなお指摘が必要なのは、現状が続いた場合の危機的状況の予見性が高まっていることである。

図表4 医療・介護・学校教員等職種の年収額変化率(小分類)(一般労働者)図表4 医療・介護・学校教員等職種の年収額変化率(小分類)(一般労働者)

エッセンシャルワークの賃金上昇速度の二極化がもたらす危機

現状、つまりエッセンシャルワーク・現業系職種における賃金上昇が二極化している状況が一層顕在化すれば、当然賃金上昇率が高い職種への入職の誘因が強くなる。それは、どこかの段階で“国家資格を取得までして入職した労働者”に対しても、職種転換により投じたコスト以上の利益を与える結果となり、別の現業系職種への労働移動を加速させる。これは医療・介護・学校教員といった社会機能維持の根幹に関わる仕事の従事者のうち、特に労働移動コストが相対的に安価な若手が急速に減少していく結果を引き起こす可能性が高い。

すでに、地域で話を聞くと、介護福祉士の資格を取得して入職したばかりの若手が短期間で転職し、同じ地域でホテルマンになったり、塾講師になったり(※25)、といった話を聞くことが多々ある。従前から指摘されていた事務系職と現業系職の賃金差だけでなく、現業系職間での賃金差が顕在化し始めたことは、労働移動の容易さという点で、公定価格分野の労働供給に著しい悪影響を与えるだろう。

インフレ下・労働供給制約下における現業系職種の賃金決定には、(職種間の賃金上昇率に大きな差異がなかった)デフレ下とは全く異質な難しさが存在する。財政制約だけで賃金水準を決定することは、地域における担い手減少による特定分野のサービス消滅のリスクが伴うことを認識する必要がある。

誰が、どうやって、現業系職種の働き手の仕事への対価を負担するのか。労働需給の変化によって引き起こされつつある職種別賃金変化の動向に留意のうえで、私たちは新たな仕組みの構築を迫られている。

(※1)同趣旨については、2019年を基準とすることが望ましいと考えるが、職種分類が変更された関係上、正確な分析のため2020年と2024年の比較を行った
(※2)2020年はコロナ禍のただ中にあり、その影響を大きく受けた職種(宿泊・飲食、移動に関する職種等)の解釈については留意を要する
(※3)賃金構造基本統計調査上の、「きまって支給する現金給与額」を12倍したものに、「年間賞与その他特別給与額」を加算したものを“年収額”とした。この際に統計上、「きまって支給する現金給与額」は当年6月分として支給された額であり、「年間賞与その他特別給与額」は前年の支給額である。後者については、前年の値となる制約があること、インフレ率の影響を受けることなどの点に留意の必要がある。なお、きまって支給する現金給与額は、手取り額でなく、所得税、社会保険料などを控除する前の額であり、基本給、職務手当、精皆勤手当、通勤手当、家族手当などが含まれるほか、超過労働給与額も含まれる。このため、労働者の実際の収入増減を見ることができる
(※4)総務省,2020年基準消費者物価指数。総合指数。なお、2025年は2020年比で+11.9%となっている
(※5)全職種ではなく、賃金構造基本統計調査の集計にあたって用いられた職種である
(※6)一般労働者とは、短時間労働者以外の労働者をいう。短時間労働者とは、1日の所定労働時間が一般の労働者よりも短い又は1日の所定労働時間が一般の労働者と同じでも1週の所定労働日数が一般の労働者よりも少ない労働者をいう。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/yougo-01.html より
本稿では、職種ごとの収入水準を比較するために、フルタイムワーカーやそれに近い働き方の者(一般労働者)の状況を検討した
(※7)(含まれる職種の例) 介護タクシー運転者、タクシー運転者、 タクシー乗務員、乗合タクシー運転者、ハイヤー運転者 (含まれない職種の例) 代行運転者(運転代行業)。 以下、職種分類については、賃金構造基本統計調査「役職及び職種解説」より
(※8)抽出労働者数は約170万人であり、およそ全労働者の40分の1程度と考えられる
(※9)型枠大工、型枠工、木製型枠工、型枠解体工、とび職、杭打工、建築とび工、鉄骨とび工、足場組み職、取り壊し作業者、鉄筋工、鉄筋切断工、鉄筋組立工、鉄筋成形工
(※10)「電気・電子・電気通信技術者(通信ネットワーク技術者を除く)」は電気工事施工管理技術者等が含まれるが、電気機械設計等に関する技術者も含まれ、デスクワーク職と現業職が混在すると考えられる
(※11)厚生労働省,一般職業紹介状況
(※12)日本銀行,短観 雇用人員判断D.I.
(※13)電気設計技術員、電気機械設計技術者、配電盤設計技術者、情報機器開発技術者、制御盤設計技術者、電子管製造技術者、半導体製品製造技術者、テレビジョン製造技術者、電気音響装置製造技術者、電気工事施工管理技術者、電気通信機器製造技術者
(※14)社会保険労務士、金融商品開発者、証券アナリスト、金融ストラテジスト、保険商品開発者、アクチュアリー、経営コンサルタント、中小企業診断士、経営指導員(商工会議所または商工会に属するもの)、品質システム審査員
(※15)不動産仲介人、不動産売買人、保険代理業務員、保険仲立人、株式売買人、証券売買人、証券仲買人、有価証券売買仲立人、金融仲立人、金融ブローカー、為替ディーラー、株式トレーダー、金貸人、商品仲立人、販売あっ(斡)旋人、乗車券販売人、プレイガイド窓口販売員、委託販売代理人、広告代理人、宝くじ販売人、クリーニング取次所従事者、自動車販売代理店主、DPE取次人、競売人
(※16)生花個人教授、囲碁指南、将棋指南、ピアノ個人教師、社交ダンス教師、英語個人教師、書道個人教師、塾講師(各種学校でないもの)、家庭教師、柔道師範、ゴルフレッスンプロ、ジム・インストラクター、きものコンサルタント(着付教室)、スキー・インストラクター、パソコン・インストラクター(教育施設以外)
(※17)ITサービスマネージャ、システム保守技術者、サーバー管理者、情報セキュリティ技術者、電気通信主任技術者、電気通信施設技術者、有線電気通信技術者、無線電気通信技術者
(※18)2024年調査における一般労働者数。以下、本稿で示す労働者数は同様
(※19)執行役員、部長、課長、部次長、営業 所長、支社長、支店長、工場長、駅長・区長、小売・卸売店長(主に経営管理の仕事に従事するもの)
(※20)ただし、賃金構造基本統計調査における労働者数が7.5万人から0.6万人に減じており、調査上不審な点が多いため図表からは除外した
(※21)営業事務員、販売事務員、販売伝票記録整理員、株式販売事務員、銀行貸付係事務員、旅行社カウンター係、営業管理事務員、人材派遣あっせん事務員
(※22)企画課長補佐、企画係長、企画係事務員、プランナー、マーケティング・リサーチャー、商品開発部員
(※23)広報係事務員、法務係事務員、調査票審査・集計事務員、資料保管事務員、編集事務員、保険契約事務員、クラーク(医療)、医療事務員、介護保険事務員、通信販売受付事務員(電話以外によるもの)
(※24)医師、大学附属病院長(医師)、病院長(医師)、診療所長(医師)
(※25)同じ教育・学習領域でも、公定価格の学校教員がほとんど上がっておらず、市場価格ベースの家庭教師やトレーナーは急速に上がっていることも極めて興味深い。同様の現象は、保育士とベビーシッターにも見られ、労働供給の構造をかなりいびつなものとしている(フルタイム週40時間働いた保育士の収入が、ベビーシッターであれば週10数時間で稼げるために、保育士からベビーシッターに転職するなど)

古屋 星斗

2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。
2017年より現職。労働市場について分析するとともに、若年人材研究を専門とし、次世代社会のキャリア形成を研究する。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。