【開催報告】「能動的ポストオフを生む組織の条件」を一緒に考える会
本プロジェクトでは、課長・部長・役員などの管理職が、会社の判断または自らの意思によって役職を離れることを「ポストオフ」と定義している。
これまで日本企業では、一定年齢に達した管理職が役職を退く「役職定年」がポストオフの代表的な形態であった。しかし近年では、専門性の高度化やキャリア観の多様化、働く期間の長期化などを背景に、年齢にかかわらず役職や役割を移行する場面が増えつつある。管理職から専門職への転換、次世代へのポスト継承、ライフステージに応じた働き方の選択など、その形は多様である。
このような変化の中で重要になっているのが、「役職を外れた後」のキャリアである。しかしポストオフは依然として「降格」「左遷」「キャリアの終わり」といったネガティブなイメージを伴うことが少なくない。
そこで今回のHR未来会議では、「能動的ポストオフを生む組織の条件」をテーマに、ポストオフをキャリアの終わりではなく、新たな役割への移行として捉え直すために何が必要かを議論した。
ポストオフはシニアだけの課題ではない
日本企業では、ポストオフは主として役職定年や定年延長への対応といった文脈で語られてきた。一定年齢に達した管理職が役職を退き、そのポストを次世代へ引き継ぐ。企業にとっては人員構成を調整する仕組みであり、長年にわたり当然の慣行として受け入れられてきた。
しかし、その前提は大きく変わりつつある。少子高齢化による労働力不足の深刻化、定年延長や再雇用制度の拡大による就業期間の長期化、そして専門性の高度化によるキャリアの多様化である。かつてであれば、役職を退いた後の期間は比較的短かった。しかし現在では、ポストオフ後も10年、15年と働き続けることが珍しくない。
また、管理職として組織を率いることだけがキャリアの成功とは限らなくなっている。専門性を発揮し続ける道や、自らの価値観に合わせて働き方を見直す道など、多様なキャリアのあり方が広がり始めている。こうした変化の中で問われているのは、「いつ役職を降りるか」ではなく、「役職を降りた後にどのような役割を担い、どのように活躍し続けるか」である。
問題はポストオフではなく、その後の役割設計にある
2025年度にリクルートワークス研究所が実施した「ポストオフ」研究プロジェクトでは、ポストオフ経験者への調査やインタビューを通じて、その実態を分析した。
その結果、多くの企業に共通する課題として浮かび上がったのが、「ポストオフ後の設計不足」である。役職を外れた後、どのような役割を期待されているのかが十分に伝えられていない。これまで蓄積してきた経験やスキルがどのように活用されるのかも見えにくい。周囲もどのように接すればよいのかわからず、本人も組織内での立ち位置を見失いやすい。その結果、ポストオフは単なる役割変更ではなく、「あなたにはもう期待していない」というメッセージとして受け止められてしまう。
インタビューでは、「王道のキャリアから外れたように感じた」「急に組織との距離を感じるようになった」といった声も聞かれた。つまり、多くの企業で問題になっているのはポストオフそのものではない。ポストオフ後の役割や期待を十分に設計できていないことが、当事者の喪失感やモチベーション低下を生み出しているのである。
能動的ポストオフと受動的ポストオフの違い
研究の中で特に注目したのが、ポストオフを「自ら選んだのか」「会社によって決められたのか」という違いである。調査によると、ポストオフ経験者の約65%は会社主導による受動的ポストオフであり、自ら申し出て役職を離れた能動的ポストオフは約35%だった。
しかし、その後の状態には大きな違いが見られた。
能動的ポストオフを選択した人は、仕事に対する意欲や活力、将来のキャリア展望が比較的高い水準で維持されていた。また、「解放された」「安堵した」といったポジティブな感情を抱く割合も高かった。一方で、受動的ポストオフでは、「悔しい」「寂しい」「失望した」といった感情が多く見られた。将来の見通しを描きにくくなり、仕事への活力も低下しやすい傾向が確認された。興味深いのは、同じポストオフという出来事であっても、その意味づけが大きく異なることである。役職を外れたという事実よりも、「自ら選択した」という感覚の有無が、その後のキャリアやモチベーションに大きな影響を与えていることが示唆された。
能動的ポストオフを生む組織の条件
では、能動的ポストオフはどのようにして生まれるのだろうか。調査結果からは、いくつかの重要な示唆が得られた。第1に、ポストオフ前の十分な対話である。能動的ポストオフを経験した人ほど、役職を外れる前に上司や人事と相談する機会が多く、自らのキャリアについて考える機会を持っていた。ポストオフは突然の通告ではなく、将来のキャリアを見据えた選択として位置づけられていた。第2に、役職以外の価値が認められていることである。
管理職であることだけが評価される組織では、役職を降りることは価値の喪失を意味する。しかし、専門性や経験、人材育成など、多様な貢献のあり方が認められている組織では、役職を離れても自らの価値を見いだしやすい。第3に、次の役割が見えていることである。
役職を外れた後に何を担うのかが明確であれば、ポストオフは終着点ではなく新たなスタートになる。逆に、その役割が見えなければ、不安や喪失感が強まる。
今回の議論を通じて見えてきたのは、ポストオフの問題は役職の問題ではなく、役割の問題だということである。これからの企業に求められるのは、「役職にとどまること」を前提とした組織ではなく、「役割が循環すること」を前提とした組織への転換である。そのためには、役職と処遇を過度に結び付けないこと、役割移行を前提とした対話を制度化すること、そしてポストオフ後の役割を丁寧に設計することが求められる。
ポストオフを「降格」や「敗北」と捉えるのではなく、「役割更新」や「再挑戦」と捉えられる組織をいかに実現するか。能動的ポストオフを生む組織の条件とは、まさにその問いに向き合う組織の姿勢そのものなのかもしれない。
そもそもポストオフが存在しない!?
今回のHR未来会議では、研究結果の共有に加え、参加企業によるグループディスカッションを実施した。参加企業は、製造業、IT、インフラ、住宅設備、人材サービスなど多岐にわたり、それぞれ異なる人事制度や組織課題を抱えている。しかし議論を進める中で、多くの企業に共通する悩みが浮かび上がった。
まず印象的だったのは、多くの企業で「能動的ポストオフ以前に、ポストオフそのものがほとんど存在しない」という実態である。
参加者からは、
「役職定年以外でポストオフが起きることはほとんどない」
「管理職不足の中で、むしろ降ろしたくても降ろせない」
「60歳を超えても管理職を続けるケースが増えている」
といった声が聞かれた。
かつては世代交代を前提としていた役職定年制度も、定年延長や人材不足を背景に見直しが進んでいる。その結果、役職を外す仕組みそのものが機能しにくくなっている企業も少なくない。また、ポストオフ後の受け皿として専門職や主幹職を設けている企業も多かったが、一方で「担当部長」「フェロー」などのポストが増え続けているという課題も共有された。
役職を外した後の役割をどのように設計するのか。これは研究結果だけでなく、参加企業にとっても共通の悩みであった。
「降りる」ではなく「譲る」という発想
一方で、能動的ポストオフを考える上で興味深い視点も共有された。それは、「ポストオフは降格ではなく、次世代へのバトンタッチではないか」という考え方である。
ある参加者は、
「自分がそのポジションに居続けるべきではないと感じることがある」
「次の世代に役割を渡すことも、自分の責任の一つだと思う」
と語った。
また別の参加者からは、
「会社が好きだからこそ、自分が降りるという選択ができるのではないか」
という意見も聞かれた。
従来、ポストオフは“降ろされるもの”として語られることが多かった。しかし、今回の議論では、“次の世代に役割を譲る行為”として捉える見方が複数の参加者から示された。そこには、自分自身の昇進や処遇だけではなく、組織全体の持続性や後継者育成を考える視点がある。能動的ポストオフとは、個人の選択であると同時に、組織への貢献行動といった側面もあるのかもしれない。
キャリア自律だけでは生まれない
近年、多くの企業でキャリア自律の重要性が叫ばれている。実際、今回参加した企業の中にも、社内公募制度やジョブポスティング制度を積極的に活用し、社員自身がキャリアを選択する仕組みを整備している企業があった。しかし議論では、「キャリア自律が進めば能動的ポストオフが増えるのか」という問いに対して、慎重な意見も多く聞かれた。
「自分のキャリアを主体的に考えることは大切だが、それだけでは組織への視点が抜け落ちてしまう」
「キャリア自律が進むほど、自分の希望だけを優先する人も増えるのではないか」
という指摘もあった。
つまり、能動的ポストオフは単なるキャリア自律の延長線上にあるわけではない。自分自身のキャリアだけでなく、組織や後継者のことも考えながら役割を選択する。そのような視点があって初めて成立する行動なのではないか、という認識が示された。
「役職を降りても価値がある」と思えるか
議論の終盤では、「なぜ人は役職を降りたがらないのか」という問いにも話が及んだ。
その背景には、依然として多くの企業で、「昇進=成功」「管理職=価値が高い」という価値観が存在していることがある。役職を降りることが敗北や後退として認識される限り、能動的ポストオフは広がりにくい。
一方で、専門職として活躍する道や、後進育成に注力する道、新たな領域に挑戦する道など、役職以外の価値が認められる組織では、役職を離れることへの心理的な抵抗も小さくなる。
今回の議論を通じて改めて感じられたのは、能動的ポストオフを生むためには制度設計だけでは不十分だということである。重要なのは、「役職を降りても価値がある」「役職を譲ることも組織への貢献である」という認識を組織全体で共有できるかどうかである。
今回のHR未来会議では、能動的ポストオフをテーマに研究結果と企業実務の双方の観点から議論を行った。その結果見えてきたのは、能動的ポストオフは単独の制度によって実現するものではないということである。ポストオフ後の役割設計、キャリア対話、後継者育成、キャリア自律、そして役職以外の価値を認める組織文化。これらが重なり合った先に、初めて「自ら役職を離れる」という選択肢が現れる。能動的ポストオフを生む組織とは、役職にしがみつく組織ではなく、役割が循環する組織である。今回の議論は、その実現に向けて企業が取り組むべき課題を改めて問い直す機会となった。
執筆・第5回HR未来会議オーナー:千野翔平
千野 翔平
大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。
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