「働く」の論点自殺の影響は広範囲にわたる―新型コロナウイルスによる失業が健康や自殺に与える影響―(2) 茂木洋之

ポイント
✓失業率の上昇は自殺者を増加させる。2021年には自殺者は4万人以上となる可能性すらある。自殺は負の外部性があり、単にその人を失う以上の損失がある。

第1回では、雇用情勢はマインドを中心に、統計指標以上に悪化しつつあることを確認した。また失業は人々の健康を悪化させることを、先行研究を中心に説明した。失業は乳幼児に影響する可能性すらあり、長期的な医療費増加の懸念など、様々な弊害を生む。第2回では失業と自殺の関係についてみていく(※1)。

失業率が上昇すると、自殺は増加する

失業率が上昇すると、自殺が増加することが知られている。平成時代以降(1989年~)の自殺者数の推移を概観しよう(図表5)。バブルが崩壊して、自殺者数は2万人台前半を推移するが、1998年以降は急上昇する。1997年に山一證券が倒産し、1998年には日本長期信用銀行が経営破綻するなど、日本は金融危機の状態に陥る。1998年には自殺者が初めて3万人を上回る。以後日本は経済停滞の時代が続き、自殺者数は毎年3万人以上を記録する。中でも2003年は3万4427人となり統計を遡れる時代から今に至るまで最高を記録する。またこの時期は失業率も2002年が5.4%、2003年が5.3%と高い水準にある(図表6)。最近では2008年のリーマンショックの翌年の2009年が、自殺者数が増加した最後の年である。その後は緩やかな景気回復に人手不足も相俟って、10年連続で自殺者数は減少し、2019年は2万169人となり、2万人を割る目前まできた。図表6は自殺死亡率と失業率の関係をみたグラフだが、失業率が急上昇する1998年以降や2003年頃は自殺死亡率が高まっていることが観察できる。

自殺が増加する原因はなんだろうか。自殺者の動機の内訳をみると、健康問題の増加や経済・生活問題の増加によるところが大きい。例えば1997年から1998年にかけて自殺が急増するが、自殺者の増加人数のうち、37%が健康問題、30%が経済・生活問題によるものだ(※2)。上述の先行研究に従うと、健康問題については、失業したことによってメンタルヘルスが毀損され、うつ病などになり、それが自殺につながる可能性が考えられる。経済・生活問題の増加と合わせて考えると、適切な政策によって防げる自殺も多いことが示唆される。

図表5 自殺者数の推移
2-5.jpg出所:警察庁「自殺統計」、総務省「国勢調査」及び総務省「人口推計」より厚生労働省自殺対策推進室作成

図表6 失業率と自殺死亡率の推移
2-6.jpg出所:警察庁「自殺統計」、総務省「国勢調査」および総務省「人口推計」より厚生労働省自殺対策推進室作成、総務省「労働力調査」

自殺者数は再び3万人を超える可能性が高い

これらは日本全体の集計データの時系列推移をみたものだが、より詳細な研究でも、同じ現象が確認されている。例えばChen, Choi and Sawada (2009)では、OECD諸国の中で特に日本は失業や所得格差と自殺死亡率の相関が高いことを論じている。日本人は失業率が先進国の中で低く、失業に対する悪いイメージが、自殺を誘引していると考えられる。Chen, Choi and Sawada (2009)の分析によると、日本では完全失業率が1%ポイント上昇すると、男性は10万人あたり約25人の自殺者増加につながるという。女性についても、統計的に有意ではないが、10万人あたり約25人の自殺者増加につながる。特に女性については、2544歳への影響が極めて高く、10万人あたり52人の増加につながる(これは統計的にも有意である)

この結果に基づいて、将来の自殺者数を予測してみよう。山田(2020)によると、経済がいわゆるU字回復で2021年後半から回復すると仮定した場合、2020年の失業率は2.7%、2021年の失業率は3.8%となっている。Chen, Choi and Sawada (2009)の推計値を当てはめて計算すると、自殺者数は2020年と2021年でそれぞれ約2万5000人、4万7000人となる(※3)。いくつもの仮定が置かれており、粗い推計であることは否めないが、一つの参考値として計算した。2021年の自殺者数は、2003年の過去最高値となる自殺者数を約1万2000人上回るという計算になる。早急に対策をするべきだ(※4)。

自然災害と自殺の関係

コロナウイルスは不確実性を伴い、多くの人の命を危険にさらし、国の支援などが必要であるという意味では自然災害と言えよう(※5)。自然災害の直後は自殺が増加する。澤田・上田・松林(2013)によると、死者数が大きくなるような大規模な自然災害が起きた場合、災害発生の1年後・2年後に自殺死亡率が上昇するようだ。特に65歳未満の男性への影響が大きいという。一方で彼らは、大規模な災害を除けば、災害は社会的なつながりを強くし、自殺死亡率を低下させるといった結果も報告している。

澤田・上田・松林(2013)を含む多くの先行研究は、大地震や2005年のアメリカにおけるハリケーンカトリーナのような、いわゆる「自然災害」を分析している場合が多い。コロナウイルスのようなパンデミックが引き起こす自殺について分析したものは、筆者は寡聞にして知らない。よってこれらの研究をそのまま適用することは難しい。
日本は他国と比較すると、今回のコロナウイルスによる死者数が多くないことは救いだ。2020年4月28日時点で413人(人口100万人あたり2.97人)となっており、先進国の中ではかなり少ない方だ。澤田・上田・松林(2013)に従うと、死者数が多くないことから、それ自体が自殺を誘発する可能性は低そうだ。ただコロナウイルスは自宅待機を重視しており、直接人とコミュニケーションをとることが難しい。一方で現在はICTツールが非常に発達している。またtwitterのようなSNSも相当普及している。これらを駆使して社会とのつながりなどを深めることが重要だ。また収束時期が見通せないことや、例えば近所のスーパーに買い物に行くといった日常行動自体が、コロナウイルスに感染する危険を含むものであるため、やはりストレスなどによる健康悪化には留意するべきだ。

自殺は多大な社会的損失を生み出す

自殺は多くの損失を生み出す。まずはその人が失われることそのものによる損失である。その人が失われるために、今後その人が生きた場合に生み出す付加価値が失われる。特に上述の通り、失業は生産年齢人口の女性に与える影響が大きいため、この損失は無視できないだろう。また、自殺が発生した場合の医療費や警察関係者が負担する直接的費用も追加的に発生する。
さらには、自殺はその人が失われる以上の損失を生み出す。ここでは自殺がもたらす負の外部性について説明する。まずは遺族である。自死遺族は大きな負の影響にさらされる。配偶者はもちろんであるし、子どもなどがいる場合、将来的にも大きな影響を残すと考えられる。例えば、自殺者の遺族は精神的なストレスに悩まされる例などが報告されている(Cvinar, 2005)。

また自殺の影響は遺族以外の個人にも及ぶ。Phillips (1974)では、アメリカの新聞の一面に自殺報道が掲載された月と、そのような報道がなかった月を比較し、新聞報道がある場合自殺者数が多いことを発見している。これはゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』にちなんでウェルテル効果と呼ばれている。また同様の効果はUeda, Mori and Matsubayashi (2014)によって、日本でも確認されている。
自殺の方法によっても影響は増す。例えば鉄道自殺の影響である。鉄道自殺は、列車に長時間の運休・遅延を引き起こし、人々の経済活動を停滞させる。また、人をひいてしまった電車運転士の心理的ダメージや(Weiss and Farrell, 2006)、清掃業務を含む鉄道会社のコストも安くはないようだ。厚生労働省自殺対策推進室作成の資料によると、日本では、2018年の自殺者数全体の2.2%が鉄道自殺となっている。割合自体は少ないが、無視できるものではないだろう。また自宅などで自殺した場合は、自殺現場となった部屋の不動産価格が低下する、マンションの風評被害が起きるなどの負の外部性もある。このように自殺は、その人が亡くなった悲しみという以外にも様々な弊害を生むわけだ。
外部性がある市場では、何らかの政府の介入がなければ、供給量が社会的に望ましい水準よりも、過剰もしくは過少になってしまうことはミクロ経済学のテキストに必ず載っている(ここでは自殺者が増大してしまうことを指す)(※6)。これを防ぐには何らかの政策が必要となる。次回、どのような政策をとるか考えてみよう。

参考文献
Chen, J., Choi, Y. J., & Sawada, Y. (2009). How is suicide different in Japan?. Japan and the World Economy, 21(2), 140-150.
Chen, J., Choi, Y. C., Mori, K., Sawada, Y., & Sugano, S. (2012). Recession, unemployment, and suicide in Japan. Japan Labor Review, 9(2), 75-92.
Cvinar, J. G. (2005). Do suicide survivors suffer social stigma: a review of the literature. Perspectives in psychiatric care, 41(1), 14-21.
Guha-Sapir, D., Vos, F., Below, R., & Ponserre, S. (2012). Annual disaster statistical review 2011. Centre for Research on the Epidemiology of Disasters.
Phillips, D. P. (1974). The influence of suggestion on suicide: Substantive and theoretical implications of the Werther effect. American Sociological Review, 340-354.
Ueda, M., Mori, K., & Matsubayashi, T. (2014). The effects of media reports of suicides by well-known figures between 1989 and 2010 in Japan. International journal of epidemiology, 43(2), 623-629.
Weiss, K. J., & Farrell, J. M. (2006). PTSD in railroad drivers under the Federal employers' liability act. Journal of the American Academy of Psychiatry and the Law.
澤田康幸・上田路子・松林哲也(2013)『自殺のない社会へ―経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ』有斐閣
山田久(2020)「コロナショックをどう乗り切るか(3)増大する雇用調整圧力と求められる労働政策」ビューポイント No.2020-004


茂木洋之

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。
※本論は2020年4月28日時点の情報を使用して執筆されている。予測失業率については日本総合研究所山田久氏からデータ提供を受けた。また日本経済研究センター田原健吾氏からコメントを頂戴した。感謝を申し上げたい。ただし、本論に誤りがあった場合はすべて筆者に帰する。

(※1)ここからは自殺に関する統計に基づいて、澤田・上田・松林(2013)の内容を要約する形で議論している。この本は多くの査読付き論文での議論に基づいており、信頼性が高いと判断した。このような緊急時にこそ、半端な独自の見解に基づいた議論よりも、既存の良質な研究を参考に堅実な議論をすることが重要であると考えたためである。
(※2)厚生労働省「令和元年版自殺対策白書」より。
(※3)Chen, Choi and Sawada (2009)の論文では、失業率が1%ポイント上昇すると男性の自殺死亡率が有意に24.9高まると計算されている。一方で女性については有意ではない。2019年の人口の男女比でウェイト付けして、日本全体における失業率と自殺死亡率の関係を推計した後、予測失業率の値で外挿した。
(※4)Chen et al. (2012)では、企業の倒産件数の増加は自殺を増加させることも示されている。
(※5)Guha-Spair et al. (2012)によると、災害は「地域の力だけでは解決できず、国や国際社会からの支援が必要となるような、重大な損害・破壊・人的被害をもたらす予見不可能な出来事」とされている。この定義に従うと、コロナウイルスの感染拡大は自然災害と言っていいだろう。
(※6)もちろん社会的に望ましい水準は0人であることは言うまでもない。