極限のリーダーシッププロセーラー 西村一広氏

自国の文化と歴史に誇りを持てば相手を尊敬できる。その気持ちを持ったチームは強い

w168_kyokugen_main.jpg2020年2月、モナコヨットクラブで開催された世界選手権で
写真提供/一般社団法人日本オーシャンセーラー協会

セーリングヨットの世界で活躍する日本人の1人、西村一広氏。「海のF1」と呼ばれる国際ヨットレースの最高峰・アメリカズカップに日本代表として「ニッポン・チャレンジ」チームに参加した経験を持ち、2006年には太平洋横断最速記録を打ち立てた国際チームにも参加するなど、世界で活躍しているプロセーラーだ。

ヨットとは「生活の必需品ではなくレジャーとして使う船」として生まれた船のジャンルの1つである。そのなかでもモーターを使わず、帆で風を受けて速さを競うスポーツとしてのヨットがセーリングヨットと呼ばれる。
「セーリングヨット競技のアメリカズカップは近代オリンピックより前の1851年から開催されている、とても歴史のある大会です。当時は船の技術がその国の工業力を象徴していましたから国の威信をかけたレースでした。今でも国のプライドをかける舞台となっています」

競技には1日でタイムを競い合うレースもあれば、数日かけて決められた外洋コースを航海し、タイムを競うレースもある。船上では船長にあたるスキッパーを中心に、数人から十数人のチームで船を操縦する。海という自然に立ち向かうチームは運命共同体になる。

チームづくりでレースが決まる

船の上では船長という立場の権限は絶大だ。メンバーは船長の決めた方針に従って与えられた役割をこなして、船は進んでいく。
「外洋のコースでは高気圧の中心に入ってしまうと無風となりまったく走らなくなる。風が吹く低気圧の端を狙い、追い風をつかまえるようにコース取りしていくのですが、メンバーからの情報をもとに針路を決めるのも船長であるスキッパーの役割です」

しかし、西村氏は、その役割よりも重要なものがあるという。それは“準備”だ。海という自然を相手にするレースには想定外の事態も起こる。「あるレースでは目の前のヨットが偶然にもマンボウの群れと衝突して転覆してしまいました。また、竜巻に囲まれて身動きがとれなくなったヨットもありました。レースは命がけなのです」。そうした想定外の状況ではなすすべもないが、それでも、悪天候などの自然現象も含め、あらゆる起こり得る事象を想定してレース前に準備し、できるだけ想定外をなくし想定内の幅を広げていかなければならない。

そして、もう1つ、準備として欠かせないのが「信頼できる」メンバー選びだという。
「技術のあるメンバーでも、体調が悪いなどの理由で自分の力を100%出せない状況に陥ることがある。そんなときにも自分ができる範囲で全力を尽くす。そういう態度が周りの人間を勇気づけ、その人の分までカバーするプラスの力が自然に働きます。ところが、全力を尽くす態度が見られなければ、1人のパフォーマンスだけでなくチーム全体に影響が広がり、パフォーマンスはマイナスになってしまいます」

それだけに、チームメンバーは技術だけでなく人間性も見て選ぶという。「スタートする前に、レースがうまくいくかどうかが決まるのです」。
西村氏はある年のシドニー~ホバートレースに日本艇のスキッパーとして参加。シドニーからタスマニアまでの5日間のレースで、3位というこのレースの歴史の中で日本としての最高成績をとった。
「このときは大きなトラブルはなかったし、やはりいいチームを組成できたことがカギだったと思います」

w168_kyokugen_02.jpg日本を代表する全長12mのレース艇の一番前で舵を取る西村氏。乗員12名のチームプレーによってヨットの性能を最大限まで絞り出す。
写真撮影・提供=山岸重彦/舵社

世界のプロセーラーからの学び

w168_kyokugen_01.jpg2006年、太平洋横断スピード記録を打ち立てたときにフランス艇スキッパー、オリヴィエ・ドケルソン(左から2人目)とともに横浜で撮影された1枚(西村氏は左から3人目)。フランスではドケルソンは最も偉大なセーラーの1人。当時のフランス大統領から個々のクルー宛に祝福のメッセージが送られた。

西村氏は30年を超えるプロセーラーの経験のなかで、多くの海外のプロセーラーとチームを組んだ経験を持つ。そこで学んだことは、自国の文化に誇りを持つ姿勢だ。

「フランス人もニュージーランド人も、強い国のメンバーはみな自分の先祖や国のセーリング文化の成り立ちに誇りを持っています。その誇りは、相手の国が持つ文化へのリスペクトにもつながる。こういった相手への敬意がお互いにあれば、多様な国の人が集まっても、必ずいいチームになり、そして強くなれる。文化を背景としたそれぞれの個性をいかんなく発揮できるからです」

西村氏は今、日本のセーリング文化を次世代に伝える活動をしている。
「セーリングヨットの海外チームでの経験を通じて日本の文化について深く知ろうとするようになりました。日本でも縄文時代から帆によって航海していた状況証拠もあり、セーリング文化の長い歴史があったことがわかっています。子どもたちにこの文化を伝え、彼らが誇りを持つようになってくれることを目標にしています」

Text=木原昌子(ハイキックス)

西村一広氏
Nishimura Kazuhiro
東京商船大学(現・東京海洋大学)航海科卒業。ヨット専門誌月刊『Kazi』(舵社)編集部、ノース・セールセール・デザイナーなどを経て、プロのセーラーとして独立。国内のレースだけでなく、トランスパシフィック・レース、シドニー~ホバート・レース、アドミラルズカップなどの国際外洋ヨットレースに多数参戦して好成績を収める。アメリカズカップにも、日本代表チームのメンバーとして挑戦。
現在、セーリングスクールなどを行うコンパスコース代表取締役。レースで得たスキルと経験を活かし、企業やビジネスパーソンに向けたセーリング体験型のリーダーシップ研修『SAILORS』なども手掛ける。東京海洋大学海洋工学部 非常勤講師。一般社団法人うみすばる代表理事。また、『Kazi』誌にて連載記事を執筆している。