極限のリーダーシップ経営者 小川 亮氏

キーパーソンが辞めていく。感情を抑えてとことん考えることで会社の危機を乗り越えた

「社長、ちょっといいですか」
会社のナンバー2であり、事業の中核を担うデザイナーの言葉に、プラグの小川亮社長は嫌な予感を覚えた。予感は当たり、突然の退職・独立の話。「『今度会社を辞めて、独立したいと思います』。そこまではよかった。『ついてはナンバー3、4も連れていく』という話になって、え?と耳を疑いました」

小川氏が率いるのは、父親から引き継いだデザイン会社だ。デザインの可能性を広げるビジネスをしたいと、2001年に父親のデザイン会社に入り、パッケージデザインに特化した会社として事業を成長させてきた。最初は5名ほどだった社員も10年で約30名に増え、業界でも一定のポジションを確立しつつあるころだった。

「今思うと私はそのころ安心しきっていました。自分のビジネスを必死で育て、クライアントも社員も増え、結構いい感じになってきた。そのため、現場を見なくなっていました。でも経営者仲間に話を聞くと、そういうときこそ危険で、“淀む”という状態なんだそうです。社長は常に挑戦を続け、“池の水をかき回して”いないといけなかったのです」

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リスクへの対応を考え抜く

デザイナー部門のリーダーとその次のディレクター、営業のリーダーの3人の退職は、事業の存続にも関わる。

退職の話を切り出されて、とっさに小川氏の頭はフル回転した。売り上げへの影響は計算してなんとか回避できそうだ。だが、先を見通せないリスクもある。彼らに仕事まで奪われてしまうのではないか。会社のデザイン力が低下するのではないか。取引先からマネジメント能力を疑われるのではないか。この3つのリスクをどうにかしなければ、と考えた。

「極限まで切羽詰まると不思議と頭が回る。生きるか死ぬかの状況に立たされたときの本能みたいなものかもしれません。当然、胸の内にはさまざまな感情も噴き出してきましたが、それを抑えて合理的に考えることはとても大事でした」

そこから1週間、このリスクにどう対処するか、思考を巡らせた。
「ひたすら考えてシミュレーションをして、自信のある答えを合理的に出せるまで誰にも話しませんでした。そして、対処方法を自分のなかで整理できたとき、行動に移していきました」

まず3人が一度に退職するのはダメージが大きい。そこで、段階的な退職を打診し了承してもらうことで、引き継ぎの時間を確保した。それから、残されたメンバー一人ひとりと直接話をしていった。辞めていく彼らを慕っていた社員たちのなかでも、次の中核になりそうなメンバーから声をかけ、3人が退職したあとの会社の運営体制を説明し、「大丈夫だ」と、不安を払拭するように努めた。ショックを受け、「今日は早退してもいいですか」と言い出すメンバーもいて、対応を間違えたかとひやひやすることもあった。

「その後、社員全員を集めて、みんなで一緒にこれからもやっていこう、辞めていく彼らを責めたり悪く言ったりすることはやめよう、と伝えました。メンバーは、私が辞めていく彼らにどういう対応をするのかを見ている。もしかしたら自分もいつか独立する日がくるかもしれない。そのとき社長は、今まで一緒にやってきた仲間に対してどういう態度をとるのか、と。そう考えると、メンバーたちの気持ちを大事にすることがいちばん大切なことだと思ったんです」

だが、本当にこの危機を乗り越えられるのか。不安のなかで頼りになったのが大学時代の仲間の言葉だった。「アメフト部の後輩の経営者に相談したら、『小川さん大丈夫ですよ。こういうときって残されたメンバーがめちゃくちゃ伸びますから』と言われたのです。それを信じてみようと。というか、信じたいことを一生懸命信じてみようと思いましたね」

みんなで乗り越えた危機

会社の主要メンバー3人が抜けたあと、クライアントが減ることを危惧していたが、思いのほか減ることはなかった。

「取引先の多くが『うちはあなたの会社とお付き合いをしているんです』と言ってくださった。デザイナーの属人的な技量も大切ですが、仕事は法人対法人の付き合いなのだということをあらためて実感しました」

逆に、仕事が減らない分、残ったメンバーの仕事量は膨大になった。

「量も質も担保しなければいけない。みんな必死でした。1年ほどたったとき、夜中の23時にふと会社を見回すとみんな残って仕事をしている。頑張ってくれている社員を見て、ああ彼らを幸せにしなきゃいけない、それが経営者として僕が絶対にやらなければいけない仕事だ、と気づきました。その瞬間、自分に欠けていたピースが1つはまり、ちゃんとした経営者に一歩近づいたように感じました」

それから約10年。そのとき残ったメンバーは中核メンバーとして今も活躍している。

w169_kyokugen_01.jpg東日本大震災で被災した気仙沼の漁師さんの、わかめのパッケージデザイン開発を手掛けたときのミーティング。属人的な組織ではなく、チームとして働くことが楽しい会社を目指し始めたころ。

Text=木原昌子(ハイキックス) Photo= 松谷靖之

小川 亮氏
Ogawa Makoto
パッケージデザイン開発とマーケティングリサーチを手掛ける、プラグ代表取締役社長。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、キッコーマン、慶應ビジネススクールを経て、2006 年に父・小川紘氏が経営するアイ・コーポレーションの2 代目社長に就任。2014 年に調査会社と合併しプラグを設立、現職に就任。これまでに蓄積したマーケティングのデータを活用し、AIを使ったパッケージデザイン作成を東京大学と開発するなど、デザイナー・リサーチャーの社員とともにマーケティングの新しいサービスを開発している。