極限のリーダーシップITカンファレンスプロデューサー 奥田 浩美氏

危機的な状況でこそ社員個人の力を会社の力に

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2020年、コロナ禍により世界が止まり、人の動きが止まった。リアルに人を集めるあらゆるイベントが中止となるなか、IT系のカンファレンスやイベントを手掛ける奥田浩美氏が率いるウィズグループも例外ではなかった。2月時点で、予定されていたカンファレンスなどのイベントのうち約4割がキャンセルとなっていた。

災害や不況など危機的状況になると、イベントやマーケティング活動は真っ先に経費削減の対象になる。奥田氏は2008年のリーマンショックでそのことを痛感していただけに、日頃から世の中の動きには人一倍敏感になっていた。

「海外の情報のほうが早いので常にチェックしていて、新型コロナウイルスについても早い段階で大変なことになると感じていました。でも、『あ、危機的状況が来たな』と思うと、闘志が湧いてくるんですよ」

自分はピンチのときに活きる人間、という自覚がある。25歳のとき社会人3カ月目でいきなり大きなイベントのリーダーを任された。先輩2人が倒れてやむにやまれずだったが、周りに教えを受けながらピンチを乗り切った。以来培ってきた行動力と決断力で、感染爆発がまだ起きていない2月には既に対応に動き出していた。

まずは、イベントをオンラインに切り替えるに当たってのマニュアル作り。社員にZoomやTeams、Webexなどを試してもらい、各ツールの基本マニュアルを作成。どんなツールにも対応できる体制を整えた。配信用の動画制作のニーズが増えることも見据え、動画事業を会社の新しい柱に置いた。動画編集に関心の高い社員にはスクールで学んでもらい、自社内で制作ができるよう機材も揃えた。

さらに、新しく手掛けたのがメタバースだ。イベントの場で起こる人と人とのシナジーが好きだと語る奥田氏は、一方通行になりがちなオンライン配信ではリアルイベントと同じような集客は望めないと考えた。そこで着目したのが仮想空間のメタバースだ。2020年前半にはメタバースを運営する会社と提携し、2021年5月にメタバース上の実験的なコミュニティ「ウェルビーイング・メタヴァース」を始動させた。「メタバースの会社も私の会社もゼロからのスタート。『私と組めば失敗させません』ではなく、『もしも失敗するなら私としたほうが楽しいですよ』と口説きました(笑)。ゼロから何かをつくるときは、一緒にやるチームが楽しいほうがいいでしょ、と」

こうして新しい手を次々と打ちながら会社は危機を乗り越えていった。

176_kyokugen_01.jpg奥田氏が手掛けた「ウェルビーイング・メタヴァース」。リアルイベントに代わる人と人との交流の場として、実証実験的に6カ月限定で運営された。

常に片足をあげておく

奥田氏は1991年にITに特化したカンファレンス事業を立ち上げ、その後の日本のIT業界の発展に大きな影響を与えてきた人物の1人だ。Windows World、Google DeveloperDayといった巨大カンファレンスの日本での立ち上げに携わり、世界最先端のITイベントのスタイルを次々と日本に紹介した。その後はエンジェル投資家として、ITスタートアップの創出にも貢献している。

約30年間IT業界の第一線で活躍するなか、ITバブル崩壊など数々の予測不能な困難も経験した。それだけに危機に際しての動き方は論理的に会得してきた、という。その1つが「常に片足をあげておく」だ。

「私はいつも軸足と別の足はあげておいて、社会の変化や興味に合わせて、次にどこに足を置こうかと考えています。いろんなところに片足を置いてみて、すぐにひっこめることもあれば、しっかり足をついて新しい一歩になることもある。コロナ禍でこれから会社をどうしていくべきかと考えるのは、片足を次にどこに置くか、ということでした」

メタバースのプロジェクトは、まさに片足を置くべき場所だった。この状況が続いたら、人と人が会うこともままならない社会になっていくのではと危惧し、人が交流できるリアルイベントの代替となるものを考えることが本当の未来をつくることになると確信した。

片足をあげておくという感覚をつかんだのは、インドの大学に留学した経験が影響している。インドでは社会福祉を学んだ。日本に帰国後、イベント運営会社に就職。当時シリコンバレーでインド系の人材が活躍し始めているのを見て、イベント運営の軸足をITカンファレンスに移した。インド、イベント、IT、その後も数多くの場所に軸足を移しながら進んできたのだ。

社員個人の力に投資

今日の危機に直面して、奥田氏が実行したことがもう1つある。社員との対話だ。毎日一人ひとりとオンラインで話し、生活の変化でつらい思いをしている社員とのつながりを大切にした。コロナでどの会社も経費を削減しているなか、奥田氏は社員たちに「あなたは何が好き?」と聞き、会社で活かせると思えば、スキルアップに惜しみなく投資した。動画編集を事業の柱に置いたのも、「推しの動画を見たり、ショートムービーを作るのが好き」と話す若いメンバーがいたからだ。

「これまで社員は会社からいわれたことをやっていればよかったかもしれませんが、今は会社にいわれて培ってきた力が社会から求められなくなってきている。だからこそ会社は『所属する人たちの才能を引き出そう』という姿勢に変わってきています。大学の学びや趣味の知識など、その人がもともとできていたことや知っていることをシェアしてもらい、それと会社をつなげたら新しいこと
ができるかもしれない」

危機にはリーダーがスピード、決断力、胆力をもって目線をあげていくことが大事、と語る奥田氏。

「そういうときに希望を生み出すのがビジネスだと思っています」

Text=木原昌子(ハイキックス) Photo=大平晋也

奥田 浩美氏
Okuda Hiromi

ウィズグループ代表取締役。ムンバイ大学(在学時:インド国立ボンベイ大学)大学院社会福祉課程修了。1991年にIT特化のカンファレンス事業を起業。2001年にウィズグループを設立。2013年には過疎地に「たからのやま」を創業し、地域の社会課題に対しITで何ができるかを検証する事業を開始。環境省「環境スタートアップ大賞」審査委員長、経済産業省「未踏IT人材発掘・育成事業」審査委員、厚生労働省「医療系ベンチャー振興推進会議」委員など。著書に『ワクワクすることだけ、やればいい!』(PHP研究所)ほか。