極限のリーダーシップ巨大サーバー拠点地震停電時リーダー 前田章博氏

社員を安心させて、パフォーマンスを十分に発揮できる環境をつくる

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2018年9月6日午前3時7分、北海道の胆振(いぶり)地方東部を最大震度7の地震が襲った。北海道札幌市在住の前田章博氏は激しい揺れを感じて飛び起きた。前田氏は自身が経営するシステム会社のグループ会社である、クラウドサービスを提供するさくらインターネットの執行役員も務める。地震からほどなくして東京に住むさくらインターネットの担当役員から電話が入った。「石狩データセンターの様子を見に行ってくれないか」。
「石狩データセンター」(以下、石狩DC)は、2011年に北海道石狩市の工業団地につくられた同社の巨大サーバー拠点。北海道の冷涼な空気を利用したサーバーの熱対策が特徴だ。その面積は東京ドームの約1.1倍と日本最大級で、ECサイトや金融関連のサービス、官庁や研究機関など約3万8000(2018年当時)の顧客のITインフラを担う。

電話を受けた前田氏はすぐに車で石狩に向かった。札幌から石狩まで車で30分ほどの距離だ。到着まであと数分というところで、大地に響き渡るような爆音が聞こえてきた。近づくほどにその音が大きくなる。石狩DCの非常用電源設備12基の稼働音だった。
「停電が起きた場合、まずは一時的な電力供給装置が稼働する。その後、最終手段として非常用電源設備が起動します。ところが既にこの設備がフル稼働していたことがその爆音でわかりました。電源供給の最後の生命線が動いていたんです」

w167_kyokugen_01.jpgさくらインターネットの石狩データセンターは東京ドームの約1.1倍の敷地面積の巨大サーバー拠点。北海道の冷涼な空気を利用してサーバーの冷却を行っている。2018年の北海道胆振東部地震の道内全域停電時に、停止することなく運用され、多くのユーザーのサービスを守った。

最悪の事態も想定

午前4時40分、前田氏は石狩DCに到着。既にスタッフたちも集まっていたが、DC内の各所の点検と確認作業で散り散りとなっていた。前田氏はまずホワイトボードを設置した。
「最初にDC内の情報を整理していきました。誰が何時に来て、今何をやっているのか、何のトラブルと戦っているのか。これがあれば後から来た人も今の状況がすぐにわかる」

状況を把握した後、建屋全体の破損確認、防火扉の点検などやるべきことを洗い出して采配していった。

朝になり、前代未聞の道内全域停電が起きていると知ると同時に、前田氏は衝撃を受けた。「復電までに1週間かかるというニュースが入ってきたんです。石狩DCの非常用電源設備の備蓄燃料は48時間分。これはまずいことになったと思いました」

午前10時、現場と東京支社をウェブ会議で接続し、現場の状況を共有する態勢が整った。東京では給油と電力供給の手立てを模索し始めていた。前田氏は非常用電源設備の稼働台数を減らして電力供給時間を延ばすなど、現場で手を打ち続けた。「これでサーバーを落とす事態になったら、会社はまずいことになるな」。緊張しながらもこの状況を受け止めたとき、前田氏は「落ち着いて粛々と作業ができた」という。「その時点で本当に最悪の事態も想定し、サーバーを止めることになったときの手順や判断も東京のメンバーに依頼していました」。

同社はもともと会社の情報はすべて全社員にオープンにする社風と体制がある。石狩DCと東京支社で交わされたチャット内容もすべて全社員に公開されていた。同社のコールセンターには顧客からの問い合わせが殺到していたが、広報担当は現場の情報をもとに自社サイトやツイッターなどで現場の情報をこまめに発信した。情報共有という社風と体制が、全社で緊急事態に対応する仕組みとして昇華したのだ。

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ルールを壊す決断

石狩DCでは新たな問題も起こっていた。まず食料。備蓄は3日分のカンパンと水のみ。「これでみんなが何日も戦えるはずがない。備蓄燃料以前にスタッフの燃料が切れてしまう」。さらにスタッフは自宅に残した家族の心配をしていた。スタッフのパフォーマンスを引き出すためには食糧及び衛生用品と家族が大事だと判断した前田氏は東京支社に食料の供給を依頼。大型のバン2台分の食料がフェリーに載せられた。加えて前田氏は家族を石狩DCに連れてくることを提案。DCは基本的に「関係者以外立ち入り禁止」の場所だが独断で決めた。

「家族と仕事、守るものが2つあるのは大変。スタッフを安心させて仕事に集中してほしかった」。家族が集まった石狩DCは賑やかになり、食料を持ち寄った家族が作るあたたかい食事はスタッフの心の支えとなった。

そして2日目の午後、さくらインターネット代表の田中邦裕氏の折衝によって燃料補給が実現。さらに3日目の9月8日14時、予想より早く電力が復旧した。約60時間にわたる北海道全域のブラックアウトが終わり、石狩DCも復電。最悪の事態を免れることができた。

「極限状態では、時にはルールを壊すこと。社員一人ひとりがパフォーマンスを存分に発揮できる環境をつくること。これがリーダーシップで大事なことだと感じました。石狩DC、東京本社、みんなそれぞれの専門スキルがあり、それを発揮してくれたからこの状況を乗り越えられたのだと思います」

Text=木原昌子(ハイキックス)  Photo=さくらインターネット提供

前田章博氏
Maeda Akihiro 
2008年に北海道・札幌でWeb 制作・システム開発のビットスターを設立。2011年からさくらインターネットとの業務提携を開始、2017年にさくらインターネットのグループ会社になると同時にさくらインターネットの執行役員に就任。現在さくらインターネット取締役、ビットスター代表取締役CEO。