Global View From Nordic
第17回 支援と保障が手厚いフレキシキュリティは解雇のリスクと向き合うシビアな世界
1923年創業のノボノルディスクは、デンマークを代表する企業の1つ。そこでの大胆なリストラは、デンマークでも「歴史的な規模のリストラ」として社会の注目を集めた。
Photo=井上陽子
デンマークの製薬大手「ノボノルディスク」は、2025年9月、全世界の従業員7万8400人の11.5%にあたる約9000人の人員削減を発表した。肥満症治療薬などのヒットで、一時は時価総額が欧州トップになるほど急成長したものの、ライバル社との競争激化にさらされており、大規模なリストラでコスト削減と事業再編を目指すという。リストラ対象者のうち、約5000人はデンマーク国内の社員ということもあり、大きく報じられていた。
北欧のデンマークは、一般的には福祉国家のイメージが強いと思うが、どんな大企業であっても、必要とあればかなり大胆なリストラを実行する側面もある。「フレキシキュリティ」と呼ばれるデンマークの労働政策の特徴の1つで、企業が必要に応じて従業員を採用・解雇しやすいのだ。その代わり、労働者の生活保障は手厚く、失業手当は最大2年間受けられる。その上限額は、平均月収を下回るとはいえ、月約2万1000デンマーク・クローネ(約49万2000円)に上る。また、求職活動や職業訓練への支援も充実している。こうした制度の後押しもあって、民間セクターでは1年に4人に1人が転職するという、流動性の高い労働市場ができあがっている。
今回のケースのように、会社の経営方針の変更などによって思いがけず解雇されることは、デンマークではさほど珍しくない。解雇になると、出社の義務はないものの、給与は支払われる、という期間が設けられるのが一般的だ。その長さは、勤続年数や業界にもよるが、数カ月から人によっては9カ月ほどにもなる。その間に次の仕事を見つけて、失業手当を受けることなく再就職しようとするわけだ。
業界大手とされる企業に勤めていても、解雇されない保証はない、というシビアな世界である一方で、解雇がさほどネガティブに取られるわけでもない。企業の需要やプロジェクトに応じて、随時採用が行われており、ある意味、いつでも就職のチャンスがある。転職を見据えて「コーヒーでもいかがですか?」と情報交換に誘うネットワーキングも盛んだ。ノボノルディスクに勤める知人は、「解雇になったら、またコーヒーネットワーキングを始めるよ」とさらりと話したが、フレキシキュリティの世界で生きるとは、そういうタフさが求められることでもあるのだ。
プロフィール
井上陽子氏
北欧デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞でワシントン支局特派員など。現在、デンマーク人の夫と長女、長男の4人暮らし。
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