Global View From Nordic
第16回 この仕事を人がやる必要ある? 人海戦術ではいずれ限界がくる
日本に一時帰国中には、公的機関で事務手続きをこなすこともある。窓口対応の丁寧さにはいつも感心する一方で、人材がうまく活かされていないと感じることも多い。
Photo=井上陽子
海外から日本に一時帰国すると、多くの人が実感するのが、窓口対応の丁寧さではないだろうか。私はこの夏に一時帰国した際、運転免許を更新したのだが、職員がトレーから必要書類を千手観音のように素早く取り出し、蛍光ペンで記入箇所をマークしつつ説明する様子を、ほれぼれと見ていた。書類に記入し、証紙購入やら視力検査やらで6カ所を回るのに30分。このスピード感を保つため、次の窓口へと誘導する職員も所々に立っている。人海戦術、という言葉が浮かんできた。
その手際の良さには感心するのだが、デンマークではあり得ないな、とも思う。こういう人の使い方が、高い人件費に見合わないからだ。
そもそも、デンマークの行政手続きはデジタルのみが基本なので、人に対面で対応してもらえる機会がほとんどない。確定申告の時期に税務当局に問い合わせをしたくても、対応は電話のみで、その電話もなかなかつながらない。移民関係の行政サービスに至っては、電話の待ち時間が長すぎるため、ウェブサイトに「当局に電話をかける人は、1日に1500人います」という脅し文句すらある。そんな経験を積んでいるから、日本の窓口対応にぜいたくさを感じてしまうのだ。
ただ、サービスの利用者としてはありがたい一方で、その作業って、そもそもいる?と感じる場面も多々あった。証紙を貼るプロセスは、なぜ必要なのか? それが現金でないといけない理由は? そもそも、高齢者でもない人に5年に1度の頻度で免許の更新が必要なのだろうか(欧州では10〜15年の更新が一般的)。意地悪く言うなら、必要性がよく検証されていない作業を、優秀で従順な公務員が、ものすごく効率的にやっている喜劇にも見えるのである。
デンマークでは、対人の窓口対応がない不便さを時として感じるとはいえ、それはイレギュラーな事態の話。標準的な行政手続きは、デジタルでスムーズに完結するようにできている。プロセスを最適化することに力を入れ、機械にできる仕事は機械に任せて、人間はもっと、価値を生み出す業務に振り向けているのだ。
労働生産人口が急激に減る日本では、今のような膨大な手作業や人海戦術では立ち行かなくなる日がやって来るのだろう。その時はじめて、日本のデジタル化は本格的に加速するのかもしれない。
TEXT=井上陽子
プロフィール
井上陽子氏
北欧デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞でワシントン支局特派員など。現在、デンマーク人の夫と長女、長男の4人暮らし。
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