人事は映画が教えてくれる『42 世界を変えた男』に学ぶ パラダイム変革を実現するパワー

w179_movie_title.jpg黒人初のメジャーリーガーとして今も語り継がれるジャッキー・ロビンソン。その伝記映画『42 世界を変えた男』は、レイシズムが当たり前だった1940年代の米国において、黒人選手のメジャー参入がいかに苛酷で覚悟の必要な挑戦だったかを克明に描いている。球団オーナーのブランチ・リッキーとロビンソンが実現したパラダイム変革が、現在を生きる私たちに示唆するものとは何だろうか。

1947年4月15日、ジャッキー・ロビンソンは黒人初のメジャーリーガーとしてグラウンドに立ちました。メジャーではこの日を記念日に制定し、毎年選手全員がロビンソンの背番号「42」のユニフォームを着用します。それほど米国野球界にとってロビンソンは偉大な存在です。

1947年当時はまだまだ白人による黒人差別が当たり前に行われていました。そのような時代に、ブルックリン・ドジャースのオーナー、ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)は黒人選手をチームに入れることを決めます。この前例のないアイデアに側近たちは当然のように猛反対しますが、リッキーは、「黒人の野球ファンを取り込むためだ」と経済合理性を主張して強引に計画を実行します。そして、黒人リーグの選手だったジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)を選び、まずはマイナー契約します。

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そこで結果を出したロビンソンはすぐにドジャースに昇格。チームに合流しますが、ロビンソンへの逆風は苛烈でした。ファンやマスコミが反発したのはもちろん、チームメイトはロビンソン退団を要望する嘆願書を提出。相手チームの監督は対戦を拒否すると言い出し、遠征先のホテルはチームの宿泊を断ります。繰り返しますが、当時はその反応が当たり前だったのです。

この苛酷な状況で、差別が当たり前の世界から多様性を受容する世界へのパラダイム転換を図るために重要だったものは何でしょうか。善意だけでは世界は変わりません。必要なのはパワーです。

この映画では2つのパワーが描かれています。1つは、ロビンソン自身の圧倒的な野球の実力です。その俊足や巧打はズバ抜けていました。彼が凡庸な選手であったなら、早い段階で周囲の抵抗に潰されていたかもしれません。残念なことに、差別というパラダイムを変えるには、先行する当事者に圧倒的な実力が必要なのです。もちろんその裏には、差別の最前線に立つ者の、大変な苦悩と努力があったことは言うまでもありません。

そしてもう1つのパワーは、リッキーの球団オーナーとしてのリーダーシップです。物語の全編にわたって、リッキーは数々の抵抗に臆せず立ち向かい、ともに闘うロビンソンを時に厳しく、そして時に寄り添って叱咤します。このリッキーの決断と行動がなければ、野球界の常識が変わることはなかったでしょう。その意味では、リッキーこそが「世界を変えた男」とも言えます。

リッキーとロビンソン、この2つのパワーが合わさったことで、はじめて黒人初のメジャーリーガーは誕生しました。リーダーが本気で動くからこそ、当事者のマイノリティも本気で苦悩に耐え、結果を出そうと努力するのです。

では、なぜリッキーはこのようなリスクの高い挑戦に踏み切ったのでしょうか。そこにあったのは義憤です。かつて自分自身がプレーヤーだった時代に、同僚の優秀な黒人選手が差別によって排除され、リッキー自身が何もできなかった当時の悔悟が彼の行動の原点にあります。

前述のようにリッキーは当初ビジネスのために黒人選手を入団させると言っていましたが、これはビジネスパーソンとしての手練手管です。本質にこの義憤があったからこそ、周囲も次第にリッキーのプランに巻き込まれていきます。

私はかつて何人ものベンチャー企業経営者に取材をしたことがありますが、彼らに共通していた原点も義憤でした。「こんなのおかしいじゃないか!」という強い思いと、それに基づく行動が周囲を巻き込む力となり、世界を変えていきます。「正しい世界」への強い理想を抱くリーダーのパワーの行使がなければ、世の中の「当たり前」が変わることはありません。パラダイムの転換期においては、それだけリーダーの役割は重要なのです。

w179_movie_main.jpg観客からの差別的なヤジが飛ぶ試合前、ショートのリースは、ロビンソンに笑顔で歩み寄り、「気にするな。野球をやろうぜ」と肩を組んだ。リッキーの前代未聞のプランが1つの実を結んだシーンだ。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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