「定期異動で育てる」は今なお健在か —データで検証する入社後の育成(前編)
3年後にはどこで何をしているか分からない——。入社後のキャリアを企業側にゆだね、定期異動によって幅広い職務経験を持つジェネラリスト人材に育成される。この日本型雇用の典型的な育成システムは、企業主導の職種ならびに勤務地の変更を厭わない労働者(かつての、新卒入社の男性正社員)に依存した仕組みである。しかし近年は、人手不足が深刻化し、多様な人材の活用が求められる中で、時代に合わないシステムだと批判されるようになっている。
では、実際に、新卒採用者を「定期異動で育てる」仕組みに変化は見られるのだろうか。本コラムでは、「定期異動」に関して同じ設問を個人に聞いた十数年前の「ワーキングパーソン調査」と最新の「全国就業実態パネル調査」を活用して実態に迫りたい。両調査とも、公的統計に基づいて調査回答者の偏りを補正し、就業者の実態を捉えられるように設計されている。詳細の設計に異なる部分はあるが(注1)、集計対象者を首都圏在住の20~59歳の大学・大学院卒の正社員に揃えることで、変化の傾向を読み解いていく。
以下では、「ワーキングパーソン調査2012、2014」を「2012年調査」「2014年調査」と表記し、「全国就業実態パネル調査2026追加調査」を2025年時点の実態を聴取していることから「2025年調査」と表記する。
制度上の定期異動があるのは半数超、10年で「男女差」が解消
まず、職場の定期的な人事異動が「ある」と回答した割合を男女別に確認する(図表1)。2012年調査を見ると、男性の56.1%が「ある」と回答しているのに比べ、女性は46.0%と10ポイント以上の開きがある。一方、2025年調査では、男性は55.0%に対して女性は53.9%であり、ほとんど差が見られない。制度上の職場の定期異動の機会については、男女差が解消されているといえる。
ただし、そもそも2012年調査の時点で男性正社員の43.9%の職場には定期的な人事異動がないことは、注目したいポイントだ。全国に比べて規模が大きい企業が集まる首都圏においても、「定期的な人事異動」という日本型の典型的な育成システムが職場にあるのは、10年前も今も半数超にすぎない。
図表1 職場の定期的な人事異動の有無
2012年調査は「ワーキングパーソン調査2012」、2025年調査は「全国就業実態パネル調査2026追加調査」の集計。
集計対象は首都圏在住の20~59歳で大学・大学院卒の正社員
では、定期異動のサイクルについてはどうか。2014年調査を見ると、男女ともに「3年ごと」が最も高く(男性36.1%、女性32.1%)、「1年ごと」「5年ごと」が続いている(図表2)。それが、2025年調査では長期化傾向が見られる。男女ともに「3年ごと」が最も高いのは変わらないが、「5年ごと」(男性30.0%、女性25.3%)の割合も高い。一方で、「1年ごと」といった短いサイクルは男性7.0%、女性10.1%程度と低くなっている。
図表2 定期的な人事異動の期間
2014年調査は「ワーキングパーソン調査2014」、2025年調査は「全国就業実態パネル調査2026追加調査」の集計。
集計対象は首都圏在住の20~59歳で大学・大学院卒の正社員で定期的な人事異動がある者
実際には、入社後にどれくらいの異動を経験することになるのか。一つの企業で働き続け、かつ、定期的な異動の制度があると回答した正社員について、これまでの異動回数を男女別・年代ごとに集計した(図表3)。なお、女性についてはサンプルサイズが小さい40代以降の集計は、結果の信頼性の観点から掲載を割愛する。
男女ともに異動の年代は先送り、回数も減少傾向
まず、2014年調査を見ると、男性より女性の異動回数が少ないことが分かる。女性の場合、そもそも職場に定期異動の制度がある割合が低かったが、制度があったとしても、実際の異動回数は男性より少ない。年代別に見ると、20代ですでに男女ともに半数近くが異動を経験している。さらに、30代では異動経験者の割合は大きく高まり、男性の94.1%、女性の85.7%を占め、3回以上の異動経験者は、男性で58.9(30.7+18.1+10.1)%、女性で53.0(30.6+12.2+10.2)%と、ともに半数を超える。男性の場合、50代までで7回以上異動した人が57.5%に達している。
次に2025年調査に目を移すと、男性に比べて女性の異動回数が少ない傾向は、とくに20代で残っている。職場に定期異動の制度がある割合については、前述のとおり男女差がなくなったものの、実際の異動回数は依然として女性の方が少ない。
興味深いのは、全体的に異動を経験する年代が先送りになっていることだ。30代でも異動を経験していない男性正社員は17.3%存在し、女性の14.4%に近づいている。40代、50代になっても、異動回数は2014年に比べて少なく、男性でも経験する異動回数に減少傾向が見られる。とはいえ、年齢を重ねると、異動回数が増えていく傾向自体は変わりない。男性の場合、50代までで7回以上異動した人は50.1%と、以前よりは低いものの、依然として過半数に達している。
図表3 これまでの異動回数
2014年調査は「ワーキングパーソン調査2014」、2025年調査は「全国就業実態パネル調査2026追加調査」の集計。
集計対象は首都圏在住の20~59歳で大学・大学院卒の正社員で定期的な異動制度があり転職経験なしの者
ここまでの検証をまとめよう。まず、定期異動の制度が職場にあるのは、10年前も今も、正社員の半数強にすぎない。この10年で制度の対象者の男女差は解消されたが、実際の異動回数は女性の方が少なめだ。また、男女ともに、異動のサイクルが長期化し、回数も減少傾向にある。
多様な人材の活用が求められる中で、定期異動の制度の対象者は広がった。しかし、実際の運用は、個人の事情や志向を踏まえつつ、異動自体の必要性を見極めながら行われている可能性がある。「定期異動で育てる」仕組みは今なお健在ではあるが、その形は時代の変化を反映している。
長期雇用を前提とする日本の企業にとって、入社後の人材に継続的に活躍してもらうために、育成手法の構築は喫緊の課題だろう。かつてのような一律の企業主導の異動が難しくなる中で、個人にキャリアの主体性を求め、異動先や学ぶ機会の選択肢を個人側に渡す動きも出てきた。次のコラムでは「個人主体の異動や学びの選択」がどれだけ広がっているのかを検証していく。
萩原 牧子
調査設計・解析センター長/主幹研究員/主幹アナリスト。大阪大学大学院博士課程(国際公共政策博士)修了。株式会社リクルートに入社後、企業の人材採用・育成、組織活性の営業に従事。2006年にリクルートワークス研究所に参画。首都圏で働くひとを対象にした「ワーキングパーソン調査」の設計や、全国の約5万人を対象にした「全国就業実態パネル調査」の立ち上げを経て、2019年から調査設計・解析センター長を務める。個人の就業選択や多様な働き方について、データに基づいた研究、政策提言を行う。公共経済学・労働経済学専攻。専門社会調査士。
メールマガジン登録
各種お問い合わせ