裁判例から紐解くポストオフ【後編】 ―鍵は納得を生む運用―
企業がポストオフを行うとき、従業員からの納得が得られず、労働審判や裁判にまで発展するケースがある。一度、関係がこじれてしまうと、裁判費用や心労など、従業員と企業の双方にとって大きな負担となる。
本コラムでは、ポストオフの当事者が抱く「いつ、なぜ、これからどうなるか」という3つの分からなさ(不確実性)に着目する。これらがもたらす「従業員と企業のすれ違い」を裁判例から紐解き、「争点化を防ぐためのポイント」を2回に分けて解説したい。後編となる今回は、制度を実際に適用する「運用」の局面で生じる問題を整理する。
制度があっても「運用」で失敗する
前編では、ポストオフ制度の導入に際して、就業規則による根拠を整備することの重要性を説いた。しかし、制度を整えても、運用を誤ればすれ違いが生じてしまう。実際に裁判に至るケースの多くは、制度そのものよりも、その適用プロセスである「運用」の問題として現れる。運用こそが制度が機能するか否かの分かれ道であり、企業側が最も心を砕かなければならないポイントだ。
では、ポストオフ制度の運用にあたり、企業は具体的に何に注意を払うべきか。そのヒントを裁判例から解き明かす。
「いつ?」―不意打ちをしない
従業員にとって、ある日突然伝えられるポストオフは、「寝耳に水だ」「なぜ今なのか」「事前の注意もなかった」といった不信感を抱かせ、紛争の火種となる。裁判例では、従業員が置かれている具体的な個別の状況を踏まえながら、ポストオフの適法性を判断している。
たとえば、運用が否定された例として、短期間の異動を繰り返した上で降格を行った事例がある。55歳で役職定年を迎えて部長から部長待遇職に降格した従業員が、2年余りの間に4カ所への配転を経て、その結果、業務遂行が期待水準に達していないことを理由にさらに課長待遇職に降格させられたケースだ。裁判所は、部長として業績を上げてきた従業員に対して、企業は短期間での頻繁な配転や末席への配置などによって勤労意欲を失わせ、上司との人間関係を悪化させたと指摘し、人事権の裁量を逸脱したものと判断した(近鉄百貨店事件・大阪地判平成11・9・20)。
一方で、適正な運用が認められた例もある。複数の顧客から窓口対応の悪さに関する苦情が続出していた副課長について、上長からの再三の注意や文書による業務指示があったにもかかわらず、適切ではない対応が続いたことから、企業が係長に降格させたケースだ。裁判所は、窓口対応の責任者であり、他の職員への指導や模範になるべき立場にある副課長としての能力・適性を欠くと判断することについて合理性を認めている(東京都自動車整備振興会事件・東京高判平成21・11・4)。
2つの裁判例の結果が分かれたポイントは、従業員に対する企業の関わり方にある。具体的には、ポストオフを適用するまでに、従業員が活躍するための機会が与えられていたか、改善するための指導が十分に行われていたかが問われている。つまり、ポストオフは、ある時点で唐突に適用するものではなく、日常のマネジメントの延長線上で検討する必要がある。
「なぜ?」―具体的な事実に基づく対話
従業員にとって、理由が分からずに適用されるポストオフは、「上司に嫌われているだけではないか」「評価が不当だ」「退職させたいのか」といった不信感につながり、貢献意欲を大いに削いでしまう。「なぜ」を巡る問題は、特に降格において生じやすい。裁判例では、企業が降格を判断した理由だけでなく、そこに至るプロセスも含めて、以下の3つの観点等を総合的に考慮して適法性を判断すべきものとしている(広島精研工業事件・広島地判令和3・8・30)。
① 企業における業務上や組織上の必要性の有無と程度
② 本人の能力や適性の欠如の有無と程度
③ 本人が受ける不利益の性質と程度
これらを踏まえ、実務上は以下の2点に留意が必要となる。
① 基準と事実の整合性
就業規則等にポストオフの基準が設けられている場合、その基準に即した運用が行われていなければ、違法と判断される。たとえば、「著しい能力の低下・減退のような場合」に降級するとの基準が就業規則(賃金規程)に設けられていた事例では、具体的な事実の根拠なく降級を行ったと認定し、裁量権の逸脱とされた(マッキャンエリクソン事件・東京高判平成19・2・22)。つまり、企業の裁量権は、あくまで就業規則等に記した基準の範囲内で、かつ、その基準を満たす「具体的な事実」に基づいて行使されなければならない。
② 動機の正当性
企業における業務上や組織上の必要性や本人の能力や適性の欠如といった観点を満たしていると認められても、その裏にある動機が不当と見なされれば、違法になる。たとえば、管理職からの降格後の処遇が争点となった事例において、裁判所は、経験や知識にふさわしくない業務に就かせて働きがいを失わせ、衆目にさらして職場にいたたまれなくさせ、自ら退職の決意をさせる意図のもとにとられた措置ではないかと推知されると述べ、降格後の処遇が「退職に追いやる意図」をもってなされたものとして違法と判断している(バンクオブアメリカイリノイ事件・東京地判平成7・12・4)。
ポストオフは、日常のマネジメントで積み重ねた「具体的な事実」に基づいて検討しなければならない。そして、その目的は、あくまで個人の最適な配置であり、ポストオフ後も本人にふさわしい活躍を支援していく必要がある。
「これからどうなるか?」―関係の継続に向けて
ポストオフとなる従業員にとって、給与や居場所が「これからどうなるのか」といった不安は、生活やキャリアに影響する切実な問題である。ポストオフ後も、従業員に引き続き企業で活躍してもらうためには、これらの不安の解消に努めなければならない。
① 給与の減額
多くの場合、ポストオフは給与の減額を伴うため、従業員の生活に及ぼす影響が大きい。裁判例においても、給与の減額幅が争点になることが多い。しかし、裁判所の判断は諸事情を総合的に考慮して行われるため、明確な判断基準があるわけではない。
たとえば、一段階の降格で職能給や役職手当と合わせて約9万円を減額した事例では、不利益は小さくないものの、本人の勤務態度に照らしてやむを得ないとし有効とされた(上州屋事件・東京地判平成11・10・29)。一方で、減額の目安を示唆した裁判例もある。人事評価の結果を踏まえて行われた降格に伴う減額が争点となった事例では、1回の減額が10%を超えない運用については、減給の制裁の程度を定める労働基準法第91条に照らして、一定の合理性を有するとの判断を示している(マーベラス事件・東京地判令和4・2・28)。
実務的には、ポストオフに伴う給与の減額幅は、この「10%以内」という水準を一つの目安として意識することが望ましい。仮に、規程に即した降格であっても10%を超える減額が生じる場合には、激変緩和措置を設けるなど、従業員の生活への影響を和らげる配慮も検討に値する。
② ポストオフ後の活躍や再起
ポストオフとなった従業員に活躍できる場が用意されていなければ、本人が貢献意欲を失うだけでなく、周囲の従業員もポストオフ制度に対してネガティブな感情を抱いてしまう。ポストオフは、その後の配置まで含めて検討しなければならない。
裁判例でも、ポストオフ後の状況を違法性の判断要素としているものがある。降格の主たる目的が給与減額にあると認定して無効とした事例では、その判断に至る要素の一つとして、再起の可能性を与えていない点にも着目している(日本ガイダント仙台営業所事件・仙台地判平成14・11・14)。また、前述の約2年間で4回の異動を経た後に降格となった事例では、それぞれの業務への従事期間が短いにもかかわらず業績を期待することは過大だとしている(近鉄百貨店事件・大阪地判平成11・9・20)。
これらの裁判例からは、裁判所も「ポストオフ後の従業員が活躍できる環境にあったのか」に着目していることが分かる。ポストオフは「役割の変更」である。従業員に適したポジションに配置した上で、新たな期待や役割を明確に伝えることや再チャレンジを支援する姿勢が必要である。
「納得」により不確実性を乗り越える
ポストオフに際して従業員が抱く「分からなさ」の正体は、企業と従業員の間の認識のズレやその溝を埋めるコミュニケーションの不足にある。就業規則の変更を検討するタイミングは、なぜその制度が必要なのか、それによって従業員と企業の関係がどう変わるのかなどについて本質的な議論を通じて、双方のコミュニケーションを充実させる好機と捉えるべきだ。また、ポストオフの適用を検討するタイミングは、本人にどのような問題があり、どうすればその問題を解決できるのかなどについて、当事者同士が真剣に向き合うことにより、あらたな関係を共につくる好機となる。
ポストオフは、本コラムの前編で示した制度というハードと、後編で示した運用というソフトの両輪が揃って初めて機能する。企業が向き合うべきことは、ポストオフを巡る法的なリスクを低減させることだけではない。企業がこの両輪を整備し、誠実に向き合うことで、従業員に生じる「分からなさ」が「分かる」という納得に変わり、個人がキャリアを再構築する機会となる。
法律監修:弁護士 白石紘一(東京八丁堀法律事務所)
橋本 賢二
2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)
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