【座談会・後編】「誰を規制するか」から「何を守るか」へ マッチングの「共通規範」が必要
「デジタル時・世代のマッチング」に係る研究会の委員である3人の有識者が、新しい時代のマッチングのあり方などを議論する座談会(前編はこちら)。後半は現行制度の限界や、民間と行政の役割分担などについて考えた。
【出席者】
学習院大学名誉教授 今野浩一郎氏(写真左から2人目)
東洋大学名誉教授 鎌田耕一氏(写真右から2人目)
全国社会保険労務士会連合会専務理事 鈴木英二郎氏(写真左)
聞き手・リクルートワークス研究所客員研究員 松原哲也(写真右)
(以下、敬称略)
労働市場は「何を守るか」の規範へ 求人企業の利益保護へも目配りを
松原:座談会の後半では、現行制度の到達点と限界を考えていきたいと思います。非仲介的なマッチングが主流化するなど時代の変化によって、職業紹介事業による仲介を前提として設計された今の法制度と現状の間には、乖離が生じています。また、これまで制度は求職者保護を中心に設計されてきましたが、デジタル化に伴い企業側にも名誉毀損や風評被害のリスクが生じています。ここはどのように考えますか。
鈴木:職業安定法の究極の目的は、労働市場の健全性の確保であり、従来はこの目的を実現するための最も効果的な手法が、職業紹介事業者を規制し求職者を虚偽の情報や搾取から守ることでした。目的自体は変わっていませんが、マッチングの方法が多様化する中で、職業紹介事業者を規制して労働市場の健全性を確保するという手法には限界が生じています。このため事業者規制から、「個人情報の適正管理」「差別禁止」「正確な情報提供」といった市場横断の規範を設ける形に変え、事業者以外のマッチングにも横ぐしを通すことを考えていくべきです。要は労働市場の健全性を守るという狙いは変えず、「誰か」を規制することから、「何を守るか」という規範を設けることへ、手法を変える必要があるということです。

鎌田:これまでの法制度は、中間搾取や強制労働の防止という観点で、求職者保護を重視してきました。しかし今は求人企業側にも、例えば求人サイトや掲示板に匿名で一方的なネガティブ評価が書かれ、それが募集・採用に影響するケースもあります。こうした中で求職者に加えて、求人者の利益を保護するという視点も求められるようになっていると感じています。
職業紹介事業者は職業安定法によって「あらゆる人に均等に職業機会を提供する」ことが求められています。事業者は求人・求職の申し込みを原則として全件受理するよう義務づけられていますが、これも収益性の低い求人・求職案件を排除することを禁じ、公益的な役割を果たすことを法的に課しているためです。
「均等な職業機会の提供」という目的を達成し、労働市場の健全性を確保するためには、求職者、求人企業双方が同じように、正しい情報を得ることが不可欠です。逆に言えば双方が正しい情報を得られ、かつどちらかが情報量の上で優位に立つという非対称性が解消されれば、市場原理に任せても自ずとマッチングは健全に機能するようになると言えます。
「説明責任」がAI活用のカギ ユーザーの安心感を高める
松原:AIはマッチングの非常に有効なツールであり、使わないという選択肢は存在しないと考えられます。研究会では、AIの安全性を「車検」のような形で簡潔にチェックできる「点検」の仕組みをつくる、という提案もありました。

鈴木:AIに関しては、匿名情報から個人を特定したり、10年前のネガティブ情報を出してきたりと、意図せず個人情報を使ってしまう懸念があります。今後さらに技術が進化すれば、ネット上の個人情報を学習して勝手に選考に使ってしまう、あるいは漏洩するといったリスクも考えられます。
また「年休取得数ゼロ」という前職のデータをAIマッチングに使われた結果、「転職後はきちんと休みを取りたい」と思っていても、休みづらい職場を紹介される可能性もあります。データの濫用や差別的な情報提供などは、人材業界に以前から存在しましたが、AIの登場でこうした行為のもたらす損害が、甚大化していく可能性もあります。AIの活用に関しても、本来は差別禁止や個人情報の適正管理、正確な情報提供といった市場共通の規範を当てはめていく必要があります。
鎌田:ただAIは、アルゴリズムが「ブラックボックス」化され、提案の理由を完全には説明できないという特性があり、ブラックボックスの中身を全て説明するよう求めるのは不可能に近いでしょう。基本的にはどのようなデータを学習させ、どのような価値基準でアルゴリズムを組んでいるか、そして結果にどのようなバイアスが存在し得るかを説明できるようにすることが大切です。こうしたことの説明責任を果たすことをもって「点検」と見なすべきだと思います。
今野:きちんと「点検」がなされていると確認できることで、ユーザーも安心してAIを利用できる。いわば「品質保証」になることが大切と考えます。それは民間が点検表にのっとって、自主的にする形でもよいわけです。
雇用弱者、中小支援を拡充 フリーランスにも機能拡大を
松原:最後に公的機能の役割について論じたいと思います。昨今はハローワークのマッチング率が民間に比べて低いことに対する批判もありますが、一方で雇用保険の受給手続きの窓口などを担う社会インフラでもありますし、失業者らに対する職業訓練のほか、求職者支援制度のような所得保障を含めたサポートも行っています。公的機能の役割について、どのように考えますか。
鈴木:ハローワークは前提として、労働市場で適正な能力を発揮できず就職が難しい、いわば「雇用弱者」と言える人たちの相談支援を中心に担っています。介護や建設など、労働者が集まりづらい業種と働き手のマッチングを進め、必要な産業へ労働者を移動させるという政策的な役割もあります。このため、民間の人材ビジネスを利用する求職者よりもマッチング率が低くなるのは当然で、数字だけを見て民間に劣っているという批判は的外れです。ハローワークが多すぎるという批判もあるようですが、一定の施設数が保たれ各地域に散在するからこそ、多くの人がアクセスしやすく、各施設に経験豊かな職員がいるからこそ、個別に寄り添った相談対応、サポートができるという側面もあります。

今野:ご指摘の通り、パート・アルバイトなどマッチングが比較的容易な市場については、民間の事業者や、それこそAIマッチングに任せることもできます。一方、民間の職業紹介事業者を利用する金銭的な余裕に乏しい地方の中小企業などにとっては、無料で使えるハローワークは採用に不可欠なツールです。中小への支援を通じて地方経済を支えているという側面も、見逃してはいけないと思います。
鎌田:ハローワークを「民間の補完的存在」として、矮小化してはいけないと思います。雇用弱者の支援と中小企業のマッチング強化といった役割を今後も拡充すべきですし、それに加えてフリーランスなど雇用類似の働き方をする人たちにも、支援を拡大してはどうかと考えています。現在の職業安定法は雇用される労働者が対象なので、同法に基づいて設置されたハローワークも、フリーランスの情報を扱っていません。政府は副業・兼業の拡大を支援していますが、企業は、労働時間の通算管理が難しいなどといった制約があるために、実態は副業に従事する人を業務委託扱いにしていることが少なくありません。また労働者の採用では、性別や年齢による差別が禁じられていますが、フリーランスの場合はこうした差別を禁止する規定がないという問題も生じています。公的機能をフリーランスにも拡大するとともに、労働者とフリーランスの待遇の齟齬についても、何らかの対策を取るべきでしょう。
松原:最後に人材業界へのメッセージをお願いします。
今野:企業・働き手それぞれのニーズに応えるには、今まで以上にマッチングを高度化させる必要があります。研究会ではそのためには何が必要か、どのような法制度・規律が求められるかといった条件をある程度、整理できたと考えています。また今後は、高度化するマッチングのニーズに対応するためのツールとして、AIを上手に活用していくことも非常に大事なテーマになるでしょう。
鈴木:人材ビジネスは大きな市場に発展し、社会でも重要な役割を果たしています。しかしその実情、実態が国民に十分に届いていません。研究会の報告書を広く伝えるとともに、関係者が、積極的に労働市場の実態を発信していく必要があると考えています。
鎌田:人材業界は、AIの普及によって求人メディアと職業紹介、派遣などの境界線があいまいになり、迷走することも懸念されます。例えば募集情報の提供と職業紹介の区別、あるいはスポットワーク紹介と日雇い派遣の区別もつきづらくなっています。今は募集情報等提供事業、スポットワーク紹介事業と派遣事業が法律で縦割りにされ、バラバラに事業の効率化や利益拡大を追求している、といった状況もあります。人材業界に関わる全ての人が、労働市場全体を俯瞰した上で市場の健全化に向けて、制度のあり方を含めて自分たちのなすべきことは何かを考えるよう願っています。
執筆:有馬知子
撮影:刑部友康
関連する記事
-
CLIP
研究
労働市場の今とこれから――マッチングの前提と課題は何か
【座談会・前編】AI活用やマッチング形態の多様化 時代に合わせて法制度やビジネスも変化を
2026年03月16日
-
CLIP
研究
労働市場の今とこれから――マッチングの前提と課題は何か
【対談・前編】人口減少に高齢化、デジタル技術の進展 労働市場の変化に対応するマッチングの姿とは――宇佐川邦子×松原哲也
2026年03月10日
-
CLIP
研究
労働市場の今とこれから――マッチングの前提と課題は何か
【対談・後編】人気企業に希薄な危機意識 人材不足の産業は「過去の常識」を変えよ――宇佐川邦子×松原哲也
2026年03月10日
メールマガジン登録
各種お問い合わせ